■曹丕の肉親より肉親
曹操の後継者争いは、曹丕と曹植の間で行われた。
曹丕が五官中郎将として後継の立場を確立したのは、217年。曹操の死の3年前だ。これは、遅いよ。曹丕は身内への警戒心が強かった。弟達の地位を下げたり、理由をつけて殺したりした。曹彰も曹植も、後半生は不遇だった。
この曹氏いびりが、一族の力を削り、魏王朝の基盤を脆弱にしたんだね。
皇帝として「火の上に座ってる」んだから、曹丕は気持ちが休まる隙がない。司馬懿とか陳羣とか、信頼できる家臣はいっぱいいる。いわゆる四友。だけど、血の交わりでしか共有できないことってある。依存したいときもある。祖父は徐州で死んだ。叔父も戦乱でポツポツと死んだ。どうしよ?
肉親の愛に接したいとき、曹真が頼られたんだと思う。
曹真は、もうほぼ血縁者。でも曹操の血は引いてないから、皇帝にはなれない。曹丕の立場を脅かすものではない。曹丕が求めているのは、まさに曹真との交流なんだ。
夏侯淵の死後、曹真は征蜀護軍となった。曹操が漢中から撤退した後は、陳倉で蜀に備えた。
曹丕と曹真は、手紙を頻繁にやりあっていたはずだ(妄想)。「天とは何か」「皇帝とは」「曹操とは何者か」「劉備とは」みたいな話を、密かに何往復も意見交換したと思う。そうやって曹丕は、曹操の後継者&新王朝の初代皇帝としての覚悟を固めていったんだ。
222年、曹真は洛陽に帰還して、軍権を与えられた。これは劉備が、夷陵の戦いを起こしたタイミングだ。蜀はすぐには北上してこないね、という読みだろう。だから曹真は離れることが出来た。
ついに皇帝になっちゃった曹丕と対面して、どんな話をしたんだろうね。曹丕が、禅譲に到るまでの逡巡をグチったと思う。皇帝ってすごいストレスなんだ、と曹真にだけは全部打ち明けたに違いない。
このとき曹真が『演義』で初登場する、孫権攻めを行う。夷陵の戦後に漬け込む戦いだね。まあミスるんだけど。牽制みたいなもんか。
■曹丕の死
曹丕は226年に死んだ。曹真がお祝いに戻ってから、たった4年後だね。早いよ。やっぱり皇帝であることは(天災を含めて)全部に責任を取らなきゃいけない。ストレスだったんだ。
死に際して、3人が後事を託された。司馬懿と陳羣と曹真。姓で分かるけど、血縁者は曹真のみ。
厳密には血縁はない。だが、曹丕と曹真は一心同体みたいな存在だ。おそらく曹叡には叔父、もしくは父として映ったんだろう。
曹丕は若死にするに当って、曹真に父役を望んだんだと思う。20歳をちょい越えた若者に、人の世の全ての責任を取れ!というのは、重すぎるもん。父に先立たれるだけでも、ダメージでかいのにさ。
いくらか、皇帝であることの重圧を肩代わりして欲しい、と個人的に伝えたんだと思う。
帝位は血縁で継承される。心理的にでも負担を肩代わりできるのは、同じ曹氏でしか出来ないんだ。異姓の能臣には、出来ないことなんだ。※約1名の子孫が、肩代わりどころか、乗っ取ってしまいますが笑
曹真は大将軍に昇進した。軍事のトップです。
■出師の表
翌年の春から、諸葛亮の北伐が始まった。
北伐に先立って、劉禅に出師の表が提出された。これを見て涙を流さなければ、○○ではない、という大喜利が昔から盛んだ。
初めは「忠臣ではない」、次に「臣ではない」、エスカレートして「男ではない」、極めつけは「人ではない」と。平家物語の平時忠かよ?と突っ込みたくなる。でも、それくらいの魂がこもった上表だ。
ぼくは、つい悲壮感を読み取ってしまうのだが。あれは遺書だもんね。
魏の間者は、成都にも潜っていたはずだ。即位まもない曹叡に、古今随一の名文、出師の表が届いていてもおかしくない。
出師の表を見て、涙を流す曹叡(妄想)。怖くて泣いているんだ。
頭脳明晰で神算鬼謀な諸葛孔明が、目の下に隈を作って、青い顔で秦嶺山脈を越えてくるんだ。四輪車上で白羽扇を振るって、生命を燃やし尽くして自分の首を狙ってくる。少ない国土を絞りつくして、桟道の転落者をたびたび出しながら、兵士と物資をどんどん補給してるんだよ。
ゾクッ!とする。
■曹真の「親心」
不安そうな顔で震える曹叡を、曹真が壇の下から必死に慰める。
怖くないです。諸葛亮などという辺境の逆臣は、私が一手に食い止めます。兵の侵攻も、心の侵食も、私が一人で受け止めます。それが、亡き文帝(曹丕)と一体であった私の役目です。臣として、義理の叔父として、これはお願いでございます。陛下はご安心を。くれぐれも、心を休めてください。
曹真は(平伏しながらだけど)優しく語りかけたんだと思う。
曹真にとって蜀は、義父の曹操が除去しそこねた、癌細胞なんだ。
曹操は劉備をいつでも殺すことが出来た。しかし成り行きが祟って、ついに割拠を許してしまった。曹氏を脅かす存在が、天下に残ってしまったんだ。劉備の亡霊(諸葛亮)は、また曹氏を窮地に陥れるかも知れない不安要素なんだ。
子供の頃のトラウマが消えない。
実父が首を奪われた。実父の死体に取りすがる、小柄な男がいた。自分は、訳も分からずに泣き続けていた。小柄な男は、必死に自分を抱き竦めてくれた。あの場面が、曹真はどうしてもフラッシュバックする。
曹魏がどれだけ強大になっても、あの惨めな曹操が、忘れられないんだ。すぐに、またあそこに戻ってしまうんじゃないか。蜀の恐ろしさは、曹真にとってはそこにあるんだ。
軍事的には明らかに曹魏が優勢だ。地政学的にも、ほぼ勝っている。しかしトラウマは、理屈をすっ飛ばして襲ってくるんだ。
曹真は、劉備に殺された夏侯淵を継いだ。曹操の漢中撤退の後、ずっと蜀を押さえている。
蜀が「漢室復興」を唱えて攻め上ってくる。そのプレッシャーが、決して曹叡には及ばないように。曹叡には、真の帝王として雄大に振舞ってほしい。曹丕と一緒に育った曹真は、「親心」にそう思っていた。
曹氏の血を引いていないからこそ、曹氏より曹氏であることを意識した。農民出身の新撰組が、本物の武士よりも武士らしかったことに通じるのかな。
次回最終回。曹真が諸葛亮を滅ぼすか?