■三国志キャラ伝>偽りの投降は、恋愛と同じ。周魴伝(1)
228年、石亭ノ戦。魏の大司馬・曹休は、呉の周魴の偽投降のワナにまんまと嵌められて、大敗を喫した。 このサイト内で「曹休伝」を更新したので、今度は「周魴伝」の側から、かの石亭の謀略を見てみます。ちなみに、曹休が騙された理由は、周魴からストーカー並に筆まめに送られた、7通のお手紙を信じたからです。   坂口和澄『正史三國志群雄銘銘傳』には、以下のようにある。 陳寿は必ずしも周魴に好感を持っていなかったようで、(曹休に送った手紙の)全文を載せたもう1つの狙いは、この文章から後世の読史家が、彼の為人(ひととなり)をどう見るか、意地悪い仕掛けを施したように思われる。 ※1つ目の狙いは、もちろん投降成功について記録すること。   これによれば、「周魴伝」を読むと、いかに周魴がイケ好かない人物かどうかが分かる!というシナリオのようです。本当なのか? 「周魴伝」の、はじまりはじまり。
  ■鄱陽郡の太守が限界 周魴、あざなは子魚。こざかな=ザコ笑 呉郡の陽羨県の人。若いときから学問を好み、孝廉に挙げられる。っていうか、そんな経歴、なんのアイデンティティにもならん!寧国県・懐安県の長を務めたが、小役人の領域だ(失礼)   ここから、孫呉の部将の全員が通る、国内の異民族・異分子の討伐をして、ちくちく出世をしていく。 銭唐侯の相として、彭式を討ち、丹楊西部都尉。 220年代、鄱陽の彭綺が叛乱を起こすと、鄱陽太守。胡綜とタイアップして、彭綺を生け捕った。これにより、昭義校尉を加官。   せっかく陳寿を引用してきたけど、本当につまらん。それなりに優れた武将だったんだろうが、歴史家が列伝を立て、後世のぼくたちが好き嫌いを論じるには、あまりに地味だ。それなりの年齢だろうに。(年齢不詳)
  ■攻めの孫権 228年。孫権から、国を救えとの通達が出た。 「地方役人ニ告グ。魏の大司馬・曹休が寿春に陣取って、我が国は、ぶっちゃけピンチだ。身の回りに、魏にも知れ渡った、旧山越の有名人はいないか。彼らに頼んで、偽って魏と内通してもらい、曹休をおびき寄せろ」   7年前、禅譲を受けたのをいいことに、魏が3方面から揚州を攻めた。 洞浦には、曹休・張遼・臧覇。濡須には、曹仁・曹泰・王双。江陵には、曹真・徐晃・張郃・夏侯尚。 さらに近年、江陵への曹丕親征×2があった。 辛うじて追い返し、曹丕が病没したから九死に一生を得たものの、次回も勝てるとは限らない。 曹叡の治世が軌道に乗る前に、魏を挫いておこうという国策だろう。   ■泥酔の孫権のたわ言か? せっかくの国策を遂行するためのアイディアだが、この作戦はリスクが高すぎる。実行者は、魏呉2国を敵に回すからだ。   1)内通工作をしているときは、呉国内が敵になる。 漏れたら、単なる謀反だ。 だから孫権は、死んでも構わない「旧山越」を指定したんだ。ちょっとでも下手こいたら「内政安定のため」とか言って、粛清してしまえばいい。「やっぱり山越は、裏切る人種だぜ」と。※えげつない。 曹休をハメ損ねた恥ずかしさも、露呈しない。   2)曹休が本当に騙されてくれるか。 もし曹休に「降伏を認める」なんて言って呼びつけられ、その場で「信じるわけねーだろ!バーカ!」と殺されるかも。 投降作戦は、黄蓋が一瞬だけ成功させることが出来たが、すぐに放火して誤魔化した。それ以外に、成功した例を聞かないじゃないか笑   以上から分かるが、穴だらけの、孫権の単なる思い付きなんだ。 志願してくる旧山越の将があれば、やらせてみたら良し。誰も申し出てこなければ、言わなかったことにすれば良し。誰も実行しなければ、責任問題を被る人もいないから、江東はそれなりに平和のままだ。 もしかしたら、孫権が酔っ払って、言い出したことかも知れない!   ■周魴、飛躍のとき 孫権の通達を聞いた周魴は、「これはオレにお命じになったに違いない」と勘違いして、奮起する。 「そのへんの小悪人が内応しても、曹休は動かない。まして、荷が重過ぎて、謀略の秘密が漏れてしまうに違いない。この子魚に、内通の役をやらせて下さい」おおっと!   もともと無視OKの「誰が本気にするものか」という確信犯な布令だったが、周子魚さんは、一世一代の大舞台だと自ら思い定め、作戦を開始した。その方法は、お手紙作戦。 若いときから学問を修めたのに、全く役立てる機会がなかったもんだから、ここぞ!と気合が入ったのだろう。
  次回、周魴の7通のお手紙を読みます。
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