雑感 > もしも袁紹が官渡で勝ったらというイフ物語

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発端:もしも袁紹が官渡で勝ったら?

『魏の武帝 曹操』を読みながら

石井仁『魏の武帝 曹操』を読んでいます。カゲの主人公は袁紹だと思います。「曹操の庇護者を自認」する袁紹は、「曹操の十歳くらい年長」という設定を付与され「光武帝の戦略」を分析された。多数の戦争で、官渡だけが詳説され、官渡が終われば残ページ数は僅か。消化試合。
熟読した者が、袁紹の話を書きたくなるのは不可避です。

官渡の戦いで、袁紹が汝南の奪還を真剣に考えるのなら、息子の誰かに汝南・潁川出身の士大夫を参謀としてつけ、投入すべきではなかったか。…袁紹陣営は、誰も気づかなかったのだろうか。石井『曹操』p234

ぼくは思う。これは、袁紹が勝つイフ設定じゃないか!原稿用紙300枚くらいの中編を作りたくなる!

袁紹の勝つイフは、史料にも見える。沮授・田豊「黎陽に本陣を置いて持久戦せよ」、「官渡を抜いてから袁紹が黄河を渡れ」、許攸「許都を襲って献帝を奪取せよ」。光武帝の戦略という軸もある。

おもしろ三国志(@omosan)さんも、袁紹が勝つイフを考えていらっしゃる。
官渡で袁紹が勝つ。曹操は敗れ討たれる。袁紹が王となる。荀彧や郭嘉は曹操に連座。田豊や沮授は冷遇され、賈詡が袁紹の補佐として暗躍。天下統一にのりだし孫呉を攻めるが、袁紹は劉備をコントロール出来ず、絶妙に袁紹を裏切った劉備と孫権の連合軍に赤壁で敗れる。

ぼくは思う。けっきょく赤壁で敗れるという、史実への揺り戻しが起きていますが、赤壁よりも5年以上、早いのです。孫権は、若いを通り越して、まだ幼い。黄祖も健在。赤壁と同じになるはずがないと思います。

はじめての三国志の記事にもある。

【三国志if】もし袁紹が官渡の戦いで曹操に勝ってたらどうなってたの?
http://hajimete-sangokushi.com/2015/10/01/post-6202/
曰く、漢王朝は形骸化したが「威厳」が残っている。袁紹は、袁術を反面教師にして、禅譲・簒奪を迫ったりしない。50歳台に差し掛かっているので(要出典)やる気が起きず、積極策に出ない。孫権は、北方の脅威がなくなるので、荊州を攻撃。劉表は劉備をつかって防御。劉備・孫権のうち、勝ったほうが荊州・揚州を支配する。劉璋は覇気がないから、勝者にくだる。南北朝時代となる。
ぼくは思う。その他、いろいろ前提をいじっていますが(官渡が引き分け、袁紹が献帝から停戦命令を引き出す)、イフ展開に責任を取る気がないようで、あまり真剣に考えたように見えません。初心者向け・個人の見解、というのは、いずれもザツな文章のエクスキューズには、ならないと思います。初心者に向けて、個人が責任を引き取って配信するからこそ、自己ベストを尽くすべきではなかろうかと。


『官渡城陥落』という、袁紹が勝つイフ物語(原稿用紙500枚、印刷したら1000円)の中編を書こうと思いました。ゴロが悪くない、しっくりくるタイトルが決まったので、話の筋を考えられそう。公孫瓚の滅亡までは史実、そこから官渡城を陥落させ、袁紹が死ぬまで2年+α。

タグ「#袁紹勝利」

#袁紹勝利 のタグで、袁紹が曹操に勝つイフのシナリオを教えてください。石井仁先生は「袁紹の子に、潁川・汝南の士大夫を参謀としてつけ、汝南に派遣すれば、袁紹が勝っただろう」と想定されていました。

@osacchi_basstrb さんはいう。ベタで恐縮ですが許攸による許都奇襲策を袁紹が容れて、許都陥落により曹操軍から袁紹軍への寝返りが相次ぎ曹操軍崩壊。ただし旧曹操領は徐州に劉備、長安に鍾繇、宛に張繍などが割拠して戦乱は続く…。曹操が死んでしまったとすると残存勢力を糾合して袁紹に対抗できる能力ろ器量がありそうなのは曹仁かなと妄想します。
劉虞の息子の劉和は麹義らと共に公孫瓚と戦っているので袁紹が担ぐ候補になるのではと思います。もしくは伏皇后が生んでいる二人の皇子も。

ぼくはいう。劉和はありそうですね。でも献帝の子を立てては、献帝(董卓の遺産)を否定したことにならないので、ちょっと怪しいような気がします。長安から着いてきた廷臣(伏氏を含む)を掣肘するためにも、別系統を立てるような気がします。
袁紹は、董卓を否定することで権力を持ち始めた人(対抗政権)で、董卓と同じことをしそう。ただ、涼州兵が烏桓や鮮卑に入れ替わりますが。廃立をして、種々の特権と称号を得て、遷都。「反袁紹同盟」を作らせなければ、董卓の政敵としてのリベンジと、董卓の後継者としてのリベンジを両方やれそう。

ぼくは思う。曹操というフタを外して、曹操政権の人々がどのように別々の道を歩むのか(もしくは結束するのか)を描くことで、逆に曹操政権の本質が見えそうな気がします。曹操が強いから従ってただけのひと、曹操のどこかに共感のあったひと、その他……など。

大学生のとき、日本史の近世の先生に、「政権の本質が見えるチャンスは2回あって、成立するときと崩壊するとき」と言われた。どのように崩壊するか。史実の魏晋革命のように、穏便?に滅亡せず、派手に分解してくれたら、曹操政権のことがよく分かる。


@Golden_hamster さんはいう。仮に曹操が討たれたり献帝を失って弱体化したら、曹操についていた勢力の多くは離反するように思いますね。劉備、張繍、臧覇あたりは割拠どころか袁紹の傘下に入る可能性が高いのではないかと。史実では曹操の功臣でも、曹操が早々に負けてたとしてもなお従うという人物ばかりなはずがないでしょうし。袁紹の先兵となる張遼や徐晃、袁紹のために策をめぐらす荀彧・荀攸というのも十分ありうると思います。

ぼくはいう。袁紹の勝利は(史実に反しますが)既定路線という気がします。汝南袁氏の影響力が、正当に作用して戦乱を終息(献帝をどうするかは分かりませんが)。この予定調和的な世界を、いかに曹操が歪めたか=奇跡的に勝ったかという分析に繋がりそうです。

ぼくは、イフを楽しむためにイフをやるのではなく、史実では表れなかった、史実の本質を探りたくて、イフの妄想をします。袁紹の勝利するイフは、曹操を知ることにつながる。石井先生の本から、この設定が始まっているのは、その裏づけでもあります。

荀彧・荀攸も、曹操を「唯才」で買ったふしがあります。荀諶をツテを頼り、袁紹に乗り換えることはありそう。史料の編者は、官渡の勝敗に理由づけするために、彼らに袁紹をけなさせ、曹操をほめさせますが、期せずして臣からの「唯才」を暴露します。

ぼくは思う。#袁紹勝利 は、公孫瓚を破るところまでは史実ベースで(公孫瓚を片づけないと、どうにも動けない)そのあとの政策や戦略を、徐々に軌道修正してゆき、沮授・田豊が水をやって、曹操を撃破するという花を咲かせ、漢王朝をどうにかする(未定)という果実がみのるという感じの話かな。
#袁紹勝利 したら、河南四州は一時的にゴチャッとするが、数年で制圧。史実と異なり、荊州政権の底力を見せる劉表と、成長が間に合わなかった孫権を見ることができそう。史実では、曹操が勝ったせいで、河北統一に時間が掛かり、三国鼎立を招いた。余計なことをした、という読後感になれば成功か。
曹操が勝たねば、後漢末はスムーズに次の時代に移行できた。袁紹が劉氏をどうするのか、メドがないけど。あと、袁紹の死期もあるから、あまり長い話にできない。

@okakiyo92 さんはいう。強弩の卒を率いる麹義が袁紹から重宝されている前提が欲しいです。

ぼくは思う。麹義のことは、下の@baisetusai さんも期待しておられる。麹義の行く末から、史実と分岐させる、という展開もアリかも知れません。


@baisetusai さんの考察

◆公孫瓚・劉虞から取り込んだ人材に注目
@baisetusai さんはいう。旧公孫サン組を袁譚が劉備にまとめさせて一軍を編成する、なんて路線はいかがでしょうか。
袁譚の幕僚の郭図・辛評は、後々親族が曹操陣営で重用されるけど、袁譚自身は評価されていたのだろうか。張コウ・顔良・文醜といった武官勢は袁紹の後継者に関しては、特に発言が見られないけど、想像してみるにそれぞれ派閥に属してて、推しメンがいたはずなんだよな。
趙雲は、袁紹陣営では冷や飯食わされてたっぽい。袁譚は長子なんだから、旧公孫勢に頼らずとも勢力を成していたはず。公孫勢は、末っ子の袁尚に近づいて逆転を図るのが自然。そこを袁譚と劉備の人脈で引き寄せねばなるまい。

@baisetusai さんはいう。旧劉虞勢力の人材って官渡前後だと何してたんだろ。鮮于輔を首魁として、閻柔とか田豫が袁紹に身を寄せてるんだけど、官渡前後の挙動がまったくわからないのは、おそらく烏桓に備えて北辺を守っていたのだろう。
鮮于輔って史書読むと「めちゃめちゃ大物じゃん!」って感じるんだけど、雑魚武将のまんまで、なんか悲しいんだよな。袁譚が劉備に公孫勢を集めさせて、田豫とのコネで劉虞勢も集まってきたら、めちゃくちゃ分厚い人材揃うな

どうも劉虞勢は、麴義と共同戦線を張ってたらしいんだけど(麴義軍に属してたのか、劉虞勢の目付けとして麴義が付けられたのかは不明)、麴義が戦功を誇って粛清されたらとばっちりで劉虞勢も左遷されてる印象。
麴義がもし生存したとしたら、ってずっと考えてたんだけど、北辺の勇者、異民族対策のプロ集団、鮮于輔、閻柔、田豫との関係を、今発見してしまってビビッてる。ifだからできる話だけど、劉虞勢と公孫勢ってめちゃめちゃ仲悪いだろうから、間に入って治める潤滑油みたいな人材をチョイスしないと説得力がないよね。

@baisetusai さんはいう。劉禅が魏の鄧艾に降伏したとき、「鮮于輔将軍から昔降伏を打診されたけど愚かなので時勢が読めませんでした」って言ってて、なんで鮮于輔なんだろうと思ってたけど、袁紹陣営で劉備と鮮于輔が仲良かったりしたのだろうか?文帝「お前ちょっと劉禅に密書送ってくれね?」、鮮于輔「えー?劉虞陣営にいた時、あいつの親父に散々悩まされたのに、今度は息子かよー」


◆郭図・沮授のこと
@baisetusai さんはいう。郭図が献帝迎えましょうって進言した話は、別の伝だと沮授になってて、郭図はむしろ反対していた、と矛盾してるんだけど、宮城谷三国志だと最初反対してた郭図が、都に使者に行ったら献帝に同情して一転 招請側に、とうまく矛盾を折衷してたのが面白かったな。
沮授は士大夫なので、当然長子相続を支持しただろう、という印象だけど、彼の息子は末っ子の袁尚に属してるし。袁譚の幕僚は郭図、辛評!ってのが逆説的に、沮授とか田豊といった有力者は袁譚から遠かった、と物語ってる気がする。

@baisetusai さんはいう。袁紹の陣営の人材って、①元々いた中原(兗州・豫州?)の人材、②旧韓馥陣営(冀州)の人材、③旧劉虞陣営の人材、④旧公孫瓚陣営(幽州・青州)の人材、⑤張楊その他(并州・涼州?)の人材、といった感じだけど、側近として活用されてるのは①②だけじゃないか?

という話を読みながら、最近のツイッターで、選択肢が4つに増えたアンケート機能で、遊んでみようと思いました。151210

以下、ツイッターのアンケート結果と、関連する(と思われる)コメントを引用しています。問題がございましたら、アカウント @Hiro_Satoh にご連絡を頂けましたら、すぐに訂正をさせて頂きます。宜しくお願いします。

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アンケート1:官渡に勝ったら皇帝の位は?

アンケート1回目

もしも袁紹が官渡で曹操に勝ったら、皇帝の位をどうする?
 ・献帝を奉戴(史実の曹操)
 ・董卓が立てた献帝を廃し、有徳の劉氏を擁立
 ・自ら即位(袁術が作った革命の根拠を転用)
 ・その他

結果は、こちら。


劉虞を立てるというご意見がありましたが、劉虞は、官渡のとき、もう死んでいます…。劉虞がもういないので、「有徳の劉氏を立てる」と、あいまいな書き方にしてみました。この選択肢が勝ち残ったら、「袁紹が立てる皇帝」の候補を募集してみたいと思っています。
複数の選択肢の合体(まず…して、天下統一が近づいてから…)という意見もありますが、袁紹は寿命が少ないので難しいと思います。史実の敗戦のショックがないから、数年は生き延びるかも知れませんが。ぼくが回答するなら「自ら皇帝となる」でした。多数派ではなさそう。

‏@Vitalize3K さんはいう。袁紹は劉備や劉曄を擁立しそうです。劉備は曹操暗殺に加担し反曹の意識を持っていたことに加えて、劉姓の劉備を擁立すれば大義名分を掲げやすい。彼の人徳(好交結豪俠,年少爭附之。『先主伝』)で民衆を集め、また彼が持つ知識人(盧植や鄭玄グループなど)へのツテを利用して、〝人〟の吸収を図りそうだな…と。
@dayomonsan さんはいう。2番(献皇以外を擁立)を選びましたが最終的に帝位を狙うかは選んだ皇帝次第かなと、積極的に狙うとは私は思いませんが、状況によっては絶対拒む、というわけでもないかなと……
@toshizoaraki さんはいう。生かしても殺してもめんどくさそうな献帝は放置して、天下統一優先。また放浪皇帝に逆戻りするかも。献帝の価値は、「忠臣」曹操が必死こいて膨らませたもので、官渡の時はまだ微妙な存在か。

ぼくはいう。途中経過、「有徳の劉氏を擁立」が約半分を得て優勢です。/劉備を代わりの皇帝に立てるというご意見が多いです。劉虞のことに鑑みると、人望と血筋、中央の官歴、地方で州牧であることが必要条件になりそう。清流派の劉表は、有力な選択肢のような気がします。

ぼくのこの見通しは、つぎのアンケートで少数派でした……。


@Golden_hamster さんはいう。天下の大半を統一するまでは献帝を生かしておくように思います。ほぼ統一をした段階で禅譲の形式を取るという曹氏形式では。
ぼくはいう。曹氏のやったことの独創性(曹氏だからこそ史実の展開となった)を、どれくらい重視するかで決まりそうです。ぼくは曹氏の独創性を、大きめに見積りたいので、袁紹は違うことをやりそう(やってほしい)と思ってしまいます。
@Golden_hamster さんはいう。私はその点はほとんど真逆で、曹操は独創性が強いと思っていないので、袁紹も同じようなルートを志向し、曹操に勝てば同じように動いたのではないかと考えますね。ただ、そこまでにかかる時間が段違いになることでしょうけれど。

ぼくはいう。結論が違っても、論点はズレてなさそうなので、嬉しいです。袁紹のパクリだけでは対応できなくなった時期が、赤壁後だと思います。袁紹は、劉虞を立てることと、革命をすることはトライしましたが、その間の埋め方に、曹氏の工夫の後をぼくは見出したいです。


@sweets_street さんの考察

@sweets_street さんはいう。献帝奉戴に投票したんですけど、詳しく言うと「献帝を奉戴し、天下を統一した後に禅譲を受ける」だと思います。光武帝の時と比べると、長年続いた後漢王朝の権威は強いんで、天下統一の功績でもない限りは、さすがの袁紹も称帝できないのではないかと。

ぼくはいう。お菓子っ子さんのなかで、史実の曹操の政治目標は、「献帝を奉戴し、天下を統一して漢を復興する」と、「献帝を奉戴し、天下を統一した後に禅譲を受ける」のどちらですか?時系列による変化があれば、それも知りたいです。
@sweets_street さんはいう。曹操陣営の方針は、袁氏陣営を滅ぼして功臣を封侯してからは「天下を統一した後に献帝から禅譲を受ける」だと考えます。曹操個人の意思とは関係なく組織の論理です。天下統一の英雄が何ら功績のない皇帝の風下にいたら、政権が安定しません。


@sweets_street さんはいう。袁紹が勝つシナリオを考えてみましょうか。身もふたもないことを言えば、曹操の主人公補正を解除するだけで済むんですけど。
200年10月、烏巣奇襲に向かった曹操は、淳于瓊と袁紹軍軽騎兵隊の挟撃にあって敗北。曹操本隊の敗北を知った官渡城の曹洪軍は戦意を喪失し、張郃軍に敗れる。曹操は身一つで逃げ延びるも、虎士(旗本歩兵)と虎騎(旗本騎兵)が致命的損害を蒙り、直轄軍団は事実上壊滅する。
官渡での敗北により、曹操軍の外様諸将は袁紹軍になびき、滎陽の夏侯惇軍、鄄城の程昱軍など黄河流域の曹操軍は壊滅。袁紹軍は黄河の制河権を握り、兵站面の不安がなくなる。北方の鮮于輔、西方の馬騰・韓遂ら関中軍閥、東南方の孫氏軍閥など親曹操の軍閥は一斉に袁紹になびく。
曹操は許都に戻ったものの、豫州で唯一親曹操でまとまっていた潁川郡も曹操派と袁紹派に分裂。曹操側に残ったのは夏侯淵や曹仁など豫州方面にいた譜代諸将、そして荀彧や郭嘉のように反袁紹を推進しすぎて引くに引けなくなった人物のみ。張遼や徐晃や泰山諸将など外様は袁紹に降伏。
袁紹本軍は河南方面と陳留方面から南下し、劉備軍が汝南方面から北上し、南北から許昌を目指す。西方の張繍勢力は官渡に従軍していた張繍が生き残ったにせよ死んだにせよ袁紹に降伏。東方の豫州東部・徐州方面も袁紹陣営についており、曹操は完全に包囲された。

@sweets_street さんはいう。曹操は夏侯淵や曹仁ら譜代諸将、荀彧や郭嘉など反袁紹派豪族を結集して最後の決戦を挑む。袁紹は配下の潁川人士を使い、「荀彧や郭嘉は許さないが、荀氏や郭氏は許す」と言って、豪族当人ではなく宗族や部曲を切り崩しにかかる。これによって反袁紹派豪族の戦力は半減した。
曹操は機動戦に活路を見出した。少数精鋭をもって南方の劉備軍を撃破した後、北方の袁紹本軍を迎え撃とうとしたのである。許都の近郊で曹操は劉備と戦ったが、用兵上手の劉備は手堅く戦って退ける。敗れた曹操は許都に籠城することとなった。やがて袁紹本軍も許都に到着する。
袁紹本軍と劉備軍が許都を囲んでいる間、袁紹軍別働隊が未だ曹操に忠誠を誓うわずかな者を平定して回る。その一方で外交攻勢も行われた。劉表は親曹操の張羨を破るため、劉璋は趙韙との内戦に専念するために袁紹支持を表明。主要な群雄はことごとく袁紹を支持するに至った。
許都に立てこもった曹操軍は善戦した。功臣ですらあっさり殺す袁紹が、徹底的に楯突いた荀彧ら反袁紹派を生かしておくはずがない。韓馥恩顧の冀州従事を粛清した袁紹が、曹仁ら曹操譜代を生かしておくはずがない。恐怖が徹底抗戦を招いた。しかし、最終的には兵糧が尽きて降伏した。
許都を攻略した袁紹は、曹操や荀彧らを大逆の罪人として処刑すると、献帝を鄴に迎え入れた。旧曹操勢力を併呑し、皇帝まで手に入れた袁紹に対抗できる者はもはやいない。各地で抵抗を続ける親曹操派もしくは反袁紹派の抵抗も一年程度で終わる。群雄たちは袁紹に皇帝即位を求めた。

@sweets_street さんはいう。203年春、袁紹は献帝より禅譲を受けて皇帝に即位した。もっともこれで終わりではない。王朝の支配力が行き届いているのは河北と山東に限られる。劉表や孫権などの大軍を擁する地方軍閥への対処は難しい。新王朝の制度作り、中原及び関中の復興、食糧問題や流民問題も大きな課題だ。
シミュレーションしてみたところ、皇帝即位まではさくっといけます。むしろ、本当の戦いは天下統一後に始まるんじゃないでしょうか。袁紹の寿命次第では、袁紹譜代の分裂、軍閥の反乱、異民族の蜂起などが連鎖的に発生し、王莽政権どころか更始政権並みの短命王朝に終わるでしょう。

◆質疑応答
@Golden_hamster さんはいう。この場合、劉備は荊州か関中の平定に駆り出されそうですね。
@sweets_street さんはいう。劉備は豫州・徐州方面に顔が利くんで、東方に派遣されて泰山諸将ら東方諸将の鎮撫にあたる可能性が高そうです。あるいは警戒されて袁紹の手元に置かれるかも。
@Golden_hamster さんはいう。なるほど、豫州牧ですしね。

@sweets_street さんはいう。袁紹死後のIFの場合、劉備の最大のネックは袁紹と同じで「頭が良すぎる」「一人で何でもできてしまう」ってところですかね。簡雍や諸葛亮や法正のように「機嫌を損ねずに助言する」スキルがあるブレーンじゃないとうまくいかないんです。ただ頭がいいだけでは劉備のブレーンは務まらないです。


@bakagane さんはいう。実際の袁紹死後もそうでしたが、権力は獲得よりも継承が難しいものですね。
@sweets_street さんはいう。袁紹の寿命がある間に後継者の一本化に成功すれば、分裂はないでしょう。劉邦にとっての豊沛集団みたいに強力な政権支持勢力を確立させるか、劉秀がやったように抵抗勢力を骨抜きにするかのどちらかが必要でしょう。

廃立しない派

@Rieg__Goh さんはいう。禅譲を受ける段階まで廃さないと考えます。袁紹は廃位原理主義者ではなく、董卓やその残党の影響を脱した献帝を保護しようとしたり、大将軍となって許の政権に遠くから関与し、鄄に献帝を移させようとするなど、献帝の権威そのものを否定しません。劉虞の件は非常手段だと思います。
また、劉備や劉表は絶対に操作できないばかりか、関係が悪化する可能性もあります。劉和はそれはありませんが、前二者同様皇帝にするのは血縁的に無理筋です。劉虞が非常手段と言ったのもそういう事で。献帝ならば、主催者が曹操から入れ替わるだけで波風が立ちにくいです。
また、操作できないとは、継続して朝廷を主催するだろう袁紹と、自身の権威を確立しようとするに違いない新皇帝は必ず衝突するという意味で言いました。衝突の結果、立てた皇帝を殺せば、自分の権威にも大きな傷がつく袁紹は政権返上しかありませんが、いずれ謀殺されそうです。
後漢末の群雄はみんな都合に応じて臨機応変に動いたと思われ、一貫性があったとすると考えが硬直してしまうと思う。袁紹の皇帝への態度を考えてみると、劉虞の擁立は朝廷との対立という前提のためで、193年以降朝廷と和解した袁紹は献帝容認に転じたと考えた方が、その後の行動に説明がつきやすい。

‏@Golden_hamster さんはいう。そもそも廃位しない、に1票。混乱の中で死んでしまうとかしない限り、献帝のままにすると思います。袁紹は明らかに当初の献帝否定路線から転換していますので。
私は当初の献帝を否定し劉虞を立てようとするまでの袁紹は本気で「青雲の志」実現のために一貫した信念のもと動いていたんじゃないかと思っていますが、それ以降は天下のためか自分のためかはともかく臨機応変になっていたと思いますね。
@Rieg__Goh さんはいう。冀州を取った後は現実的な路線を歩んだと思いますが、河内で苦労を重ねていたのはまさにそういった事のためかもしれませんね。

廃立しないという意見もありつつ、1つめのアンケートで、廃立することになったので(多数派に従って、つぎの設問をつくる方式でした)、献帝を廃して誰を立てるか、土曜の午後に聞きました。151212

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アンケート2:袁紹が立てる皇帝

アンケート2つめ

1つめのアンケートの結果を受けて、2つめ。
もしも袁紹が、官渡で曹操を破って献帝を廃し、代わりに劉氏の皇帝を擁立するとしたら誰?
 ・劉備(汝南に派遣した部将)
 ・劉表(荊州牧にして同盟者)
 ・劉和(かつて推戴した亡き劉虞の子)
 ・その他(リプライください)

結果は、こちら。


ぼくは思う。初動は劉表でしたが、劉和が逆転。統治の実績・士大夫としての名声を重んじるなら、劉虞を推戴したのと同じ理由で、袁紹は劉表を担ぐでしょう。しかし劉虞の徳を忘れず、戦略に一貫性を持たせるなら、劉虞の血統を重んじて劉和。ふたりはいい勝負。劉備は意外に伸びません。
開始2時間も経たず、劉和の勝ちのようです。ぼくは劉表だと思ってました。推戴を条件に、劉表を河北に招き、袁紹軍を荊州に送る。司馬昭が諸葛誕を司空にして寿春から剥がそうとした手法。劉表を河北に連れ出せば、天下統一はほぼ終わり。でも劉表には禅譲を迫りにくいか。

もしも袁紹が官渡で勝てば、ぼくは袁紹が皇帝になると思ったが、アンケート結果を受け、劉氏の廃立で再アンケート。ぼくは劉表を立てると思ったが、劉和が有力。イフの分岐の甲論乙駁は、まさに袁紹陣営のお家芸!同人誌の小説に活かします。ぼくは少数派の政治的敗者。

@xy00cmcm さんはいう。アンケート機能が実装されて以降こういう使い方がされてて面白い。わたしはひとつ前のアンケートで自らが皇帝と名乗るって考えてそう答えたので、この流れはあんまり考えたことのない感じだったので面白いな。今回も劉表かなあと思ったので違う意見が見られるのは面白いな。ひとつのアンケートとはいえ、妥当じゃない?と思うことがことごとく多数派でないとなると、わたしはこういう立場では上手く立ちまわれないんだろうなという感じ。きっと部下たちにそれは違うよ!とやいやい言われてそ、そう?そうかな?じゃあやめよっかな?って戸惑うのだろう…袁紹かな…??

ぼくはいう。ぼくが劉表推戴を唱えたからか(きっと関係ない)、劉表が追い上げ。約20票の差。劉表が勝つ可能性がゼロじゃないか。劉表派が多数派工作をしたら覆ります。内部抗争がお家芸の袁紹陣営らしくなってきた!劉和の推戴の前提で、次の質問も作りましたが、投下は見合わせます。
袁紹が官渡で勝てば、献帝を廃して劉和を立てる。これで決まりそう。廃立をすることは数日前のアンケートで多数派でしたが、なお「そもそも袁紹は廃立をしない」というご意見を、有識者から頂戴します。意見の割れ方が、袁紹陣営らしくて楽しいです(笑)

袁紹の官位・爵位について

@baisetusai さんはいう。四世三公の家柄から一段上の相国あたりで満足しそうなきがするんですよね袁紹さん。
ぼくはいう。董卓は、相国・太師・尚父、賛拝不名・入朝不趨・剣履上殿までいきました。董卓と同じでは満足ではないと思います。袁紹は、董卓と悔しいと思うので(大将軍の官職をめぐって曹操に反発するようなひとです)もうちょい殊礼を演出するかも知れません。
@baisetusai さんはいう。霍光でも大司馬だし相国くらいが秩序好きの袁紹さんにはふさわしいと思いましたが、董卓という近例は無視できないかもしれません。

劉虞のときとの違い

@sweets_street さんはいう。袁紹は献帝廃立はしないけど、するとしたら領内の諸侯王の誰かを立てると思います。劉備・劉表は人間的に危険だし、家臣団が強力な朝臣団に転じて袁紹と張り合う可能性があります。劉和は旧劉虞の家臣団が朝臣団になる可能性があるのでやはり危険です。
劉虞擁立をやろうとした時点の袁紹は、勢力基盤が弱体でした。同格の群雄もたくさんいました。だから、何進を担いだ時のように劉虞派ナンバーツーを目指したんじゃないかと思います。袁紹が第一人者になった後は、大物を担ぐ必要はないし、強力な朝臣団を形成されるリスクを避けると思います。

ぼくはいう。劉和が優勢ですが @sweets_street さんが仰るように、「劉和は旧劉虞の家臣団が朝臣団になる可能性があるので危険」かも知れません。曹操が董承を粛清したように、旧劉虞から転じた朝臣を大規模に粛清するかも。袁紹は反対派にたいして、対応はどうだろう。

@sweets_street さんはいう。袁紹は功臣をさくっと処刑し、韓馥を失脚させるとすぐに韓馥家臣団に刺客を放つような人なんで、何の躊躇もなくぶっ殺すのでは。殺す手間が面倒だから担がないというのが一番現実的でしょうけど。

ぼくは思う。袁紹は、張邈を殺せと曹操に命じてました。


劉表の野心

@toshizoaraki さんはいう。劉表の志が、袁紹に担がれることを良しとするか。協力関係にはあったが、間に曹操という難敵が挟まっていたから。遠交近攻。袁紹と直接領土が接すれば、もめる。劉表は献帝も認めてない人だから。最初にもめそうなのが、劉表の動座。袁紹「皇帝にしてあげるから、荊州捨ててこっち来て(お飾りの皇帝に実権や地盤なんかやらねーよ)」/劉表「それはちょっと・・・(騙されるかバカ)」で、袁紹側も「劉表に遠慮なんかするな」と強硬派が策動。

@munedaosamu さんはいう。劉表は史実で官渡の戦いの時に曹操の背後を突くだけの野心が無かったのでしょうが、ここで劉表が野心を見せたりすると物語としてかなり燃えますと自分は思います。

廃立しない派_再び

@occhan201010 さんはいう。献帝を廃する理由が思いつかない。劉虞が存命であれば多少話は違うと思いますが、その子を推してまで献帝を廃するメリットが袁紹に果たしてあるかどうか・・・。
特に袁術が皇帝を詐称してどういう結末をたどったか記憶に新しい時期ですし、無理に誰かを推すよりも献帝への忠義を全面に押し出して、袁家はあくまで忠義の臣であるという宣伝をするんじゃないかな?

@occhan201010 さんはいう。漢の名家として群を抜いている袁家ですから、下手に皇帝という立場を欲するよりも地盤固めが実にやりやすい。また、周りも理由をつけてその状況を受け入れやすい。この辺のメリットを捨ててまで自尊心を満たしたいだけで献帝を廃するほど袁紹は矮小ではないと思うんだよね。実際この形なら劉備一党は義を持って立つとは絶対に言えない。曹操ならまだしも、袁家が漢を取り仕切るのは何もおかしい事ではないからねw

@occhan201010 さんはいう。選択肢にあがっている3人では、絶対に治まらないんだよね。そこがわからない袁紹ではないと思うって話をしていたわけです。最初は袁紹も献帝排斥を考えていたっぽいですけど、途中から変わっているんですよね。だから官渡の戦いは献帝を補佐する立場を決める戦いであるというのが私見ですわ。
曹操配下にいた参謀たちをどこまで受け入れて政権運営を円滑にできるか、それ次第で政権の命数の長さが決まるとは思います。ただ、とりあえず曹操よりも序盤は安定した政権にはなるでしょう。
荀彧が袁紹をダメだと思ったのは多分乱世における戦における機微でしょう。内政面は曹操を上回っていたと思われる話も結構あるので。
官渡の戦いは、荀彧、荀攸の二荀がいなかったら曹操負けてますからね。まあ、この二人を手放した次点で袁紹の負けだったんでしょう。

劉和のこと

ぼくはいう。史実の劉和(劉虞の子)は、袁紹とともに公孫瓚を攻め滅ぼした後、おそらく曹操に殺されたのだろう。記述がないのは、それを暗示すると思います。官渡の戦いのとき、「袁紹に従軍する劉和」を想定しても、史料から逸脱しない。曹操は、献帝の子すら殺すから、全然あり得る。乱戦のなかで早めに落命したか、204年に曹操が鄴城を得たときに捕らわれたか、劉虞が恩徳をほどこした北方異民族を頼り、袁尚らとともに遼東方面を目指したか。いずれにせよ、曹操軍が殺していそうです。敢えて曹操が「殺せ」と判断したのか知ることはできませんが…。
@naniujip さんはいう。確かに劉和のその後の足跡がありませんよね。誰かに殺害されていたら史実として残りそうですが、皇族(?)なのに音沙汰がないとは・・・。あえて触れていないとしては、時の権力者(曹家?)に除かれたとも言えますか。経緯を考えれば、袁家に殉じそうですね。カタチはどうあれ曹家に仕えることは考えにくいかあ。

@mamesiba195 さんはいう。劉和に投票。劉和は光武帝の長男の末裔なので儒教でもある程度の正当化は可能。袁紹が献帝を廃立すると思った理由は、①献帝は袁氏を皆殺しにした片棒を担いでいる、②袁紹は何進とともに劉弁を推したことがあり、恨まれる要素あり。

その他:劉岱か劉繇

‏@asukayusa3594 さんはいう。劉表も劉和も有り得ないと思う。名声はあくまで劉虞に帰するのであって劉和個人の名声はほぼ無いし、皇統という意味では劉岱・劉繇兄弟や劉璋、劉燁などもいて和に拘る必要もない。名声や関係性の点で最有力は岱か繇。

……と、収拾がつきませんが、劉和が多数派になりました。151213★

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アンケート3:許都を取ったあとの戦略

3つめのアンケート

もしも袁紹が官渡で勝って許都を得たら、つぎの戦略は?
 ・荊州 攻略:劉表を、召致・降伏勧告・攻撃
 ・関中 攻略:并州の高幹が馬騰・韓遂を討伐
 ・揚州 攻略:孫策を失ったばかりの地を平定
 ・内政 優先:河北・河南に割拠、外征を停止

結果は、こちら。


開始15分で10票。荊州4票、関中3票、揚州1票、内政2票。まじで分裂して、袁紹の経営がほんとうに難しかったことが分かる。皇帝の位のことを以前のアンケートで聞きましたが、それとは独立して回答をしてください(独立して回答をして頂けるように設問を作りました)
開始30分。荊州が10票、関中と揚州が3票、内政が9票。きっと河南の士大夫は「袁紹が生きているうちに荊州を攻め、天下統一を」と考え、河北の士大夫は「いい加減に内政しろ、公孫瓚・曹操を滅ぼして疲弊してるから」と唱える。もっとモメてください(笑)/ 初動では荊州が多かったのに、荊州と内政が、13票ずつで並びました。これで逆転したら、さすが袁紹陣営!/50票を越えて、内政が荊州を逆転。袁紹の軍議を見ている気分!/内政が逃げきるかと思ったら、荊州が3票差まで追い上げ。今日も、袁紹軍はモメモメです。/84票もあって、まだ荊州と内政が、2票か3票差で競ってます。劉表陣営の動きもシミュレーションして、動的にダイナミックに物語を進めたい。

@sanbun_chan さんはいう。最近の袁紹軍勝利IFTLが面白くて仕方ない…

ぼくはいう。袁紹軍勝利のイフで、アンケートにご回答を頂いたり、「袁紹軍の参謀の士大夫の方ですか」と見まがうほど、興味ぶかい意見を聞かせて頂いたりする。おもしろい話を書かねばと思う。この勘違いした「責任感」は、創作の能力を底上げしてくれるはず。袁紹の勝利するイフは、ツイッターの反応、アンケート機能で、『曹丕八十歳』みたいにおもしろくなりそう。原稿用紙1000枚で2000円の同人誌を作りたくなるが、原稿用紙500枚で1000円が良い気がします。袁紹に勝利補正をしても、208年ぐらいが最大限の寿命。
袁紹が曹操の10歳くらい年長なら、曹操の死ぬ12年前まで生きても不自然じゃない。史実で曹操が丞相となり、赤壁にゆく208年はキリがいい。清流や党錮で経歴が似ている劉表は、208年に死ぬ。やっぱり、エンディングは208年です。
@Golden_hamster さんはいう。官渡に勝ち、さらに7,8年生きたとしたら即位していても不思議ではないですね。劉邦は秦王子嬰を降伏させてから6年で項羽を倒し皇帝になっていますし。


揚州のこと

@Rieg__Goh さんはいう。江東は曹操の南征の時と違って実質的な当主である呉夫人次第。後に曹操への帰順を唱えた張昭は生前補佐した呉夫人の遺志を継いでいたものと考えられ、独立とか考えないと思う。朝廷の主催者が変わった所でそれは変わらないのではないかな。

@Golden_hamster さんはいう。孫氏はこの時点で、あえて逆らうと思わないし、そういう勢力を先に討つ利益も無い。与しやすい上に味方に付けやすい方から片付けるのは長期戦の発想で、短期で一気にケリを付けたい時の戦略じゃない。

関中攻略

@rerasiu さんはいう。私は関中攻略にしました これまで敵対行為に及ばなかった江東と、曹操に協力した関中、どちらが目障りか、です。
ぼくはいう。少数派ですが、ぼくも関中だと思います。放置することの脅威が後漢の歴史を通じて顕在化している関中。脅威が未知数なのが、荊州(劉表の政治目標が分かりにくい)と、揚州(小勢力の叩き合いに終始)。関中を抑えるかな…と思いました。

@baisetusai さんはいう。袁紹と劉表の同盟はそれなりに強固であると思われるので、劉表が旧袁術領攻略を要請するなら徐州・楊州に兵を送ると思うし、自力で楊州とるから北辺の攻略を要請されれば、并州・司隷を経て、涼州に向かうのではないか。
後漢王朝における涼州の安定は優先度の高い政策だと思う。馬騰がとりあえず抑えている状況は次善であるにせよ最善とはいえない。朝廷を重んじる袁紹・劉表は余力があれば、まず涼州の安定を図る方向で一致できるのではないだろうか。
鍾繇は曹操の指導力を評価する一方、それなりの独立性を維持していたと思われるので、許都を失い朝廷が袁紹の庇護下に置かれたならば、うまく説得することで曹操を離反し、中立もしくは傘下の方向へ導けると思う。その程度の策謀は袁紹配下の智謀の士にもたやすく行えよう。

荊州の討伐

@mamesiba195 さんはいう。内政と思ったが、官渡で袁紹がすでに病気である可能性もあるので(負傷したという記述があれば、寿命をもっと延ばしたけど)、天下取りのため荊州。劉備が袁紹の先鋒となり、諸葛亮が博望坂で火計で破るという想像は面白い。

@Rieg__Goh さんはいう。旧軍閥をそのままにしておくわけにはいかない。参考になる対処の例は、208年頃に曹操が関中・涼州の人間を中央に呼んで高位で遇したこと。袁紹自身漢王朝は終わりって思ってるわけだから、旧軍閥を解体したら禅譲かな。/袁紹の寿命忘れてた。多分202年に死んだのは精神的なものが大きい。勝てば袁紹自身の出馬がほぼ不要なので、休めるしもっと長く生きられる。それでも孫権・劉璋・馬騰らはともかく、帝位への野心がある劉表が袁紹の即位を認めるわけがないので、やっぱり戦乱かね。雌伏してた劉備もその後立つか。

やがて劉表と衝突する

@Rieg__Goh さんはいう。袁紹と劉表は同盟相手と思われてるけど、彼らが結んだのは献帝を上に置く体制ができかけた196年頃と、曹操が敵となった199年以降。官渡の戦いに勝てば後者を理由にする必要がなく、袁紹が禅譲を目指せば前者の条件が成立しない。袁紹と劉表が結ぶ理由がない。

‏@Golden_hamster さんはいう。残る勢力のうち一番(袁紹と)対立しそうなのは荊州でしょうね。ただ、どこまで(劉表が)荊州を掌握できているかという部分には問題も無くはないですね。長沙の方に抵抗勢力がありますし。短期に統一まで持っていきたいなら、比較的大きい勢力から討っていくべきでしょうね。

劉表としては暫く恭順の態度を見せて荊州を安定させ、チャンスを伺う感じですかね。いくら何でも、献帝を奉じる袁紹が恭順を拒否することはないでしょうし、まさか帰順を呼びかけずに討ちに行くこともないでしょう。

@Golden_hamster さんはいう。もし形だけでも恭順の意を示したら、袁紹としては三輔を安定化させ、漢中・蜀を平らげるということになるのでしょう。ここまで強く拒む勢力が無かったら即位までは割と近そう。犯しっ子先生もおっしゃっていたように勝負は即位後なのかも。曹操が張絋や孫賁、韓嵩あたりにやったように各勢力を次第に朝廷(袁紹)側に染めていくようにして、気づいたときには抵抗力が落ちている、というようにしていく一方で、ガチに抵抗するヤツに全力傾けるという形になるのでしょう。

@Rieg__Goh さんはいう。恭順したから終わりではなく、お互い潜在的な敵と見て切り崩しを続けていくわけですな。袁紹もいずれ即位しようとすれば敵になるのはわかっているわけですし。

@Golden_hamster さんはいう。それを数年くらった状態から盛り返した孫権・劉備はやっぱ凄いな、って思います(小並感


@baisetusai さんはいう。袁紹と劉表の同盟はどちらが破るのか。弱いほうが乾坤一擲、最悪のタイミングで破るのが盛り上がる。武将の一人も討ち取られるくらいが良いのではないか。案外、劉表が電撃的に楊州を抑えて、袁紹を圧倒する可能性も無いではない。
孫呉が独立を保持しえたのは劉表が曹操に備えて兵力を分散したせいで、袁紹との同盟を維持した場合、孫呉の勢力は著しく抑え込まれると見るべきであろう。創作的にも袁紹と劉表の宿命の対決はラストまで取っておくべきw
劉和が即位して鮮于輔・閻柔・田豫などが直臣となれば、袁紹配下の不満分子(麹義・許攸など)を取り込めばワンチャン。麹義「俺多分もう死んでるから」

帝位を奪いあう劉表・袁紹

@sweets_street さんはいう。袁紹が官渡で勝った後の、最大の障害は劉表だと思いますね。天下への野心とまとまった戦力の両方を併せ持った唯一の群雄ですし。史実では張羨との抗争があったし、曹操との南陽争奪戦もあって動けませんでしたけど。

@Golden_hamster さんはいう。曹操が滅ぶまでに漁夫の利を得て勢力拡大していると想定できるかもしれませんね。

天下を取る前にせよ後にせよ、袁紹はいずれ劉表と劉備は殺さないといけないと思いますよ。皇帝にするなんて天下を献上してやるようなもんだから論外、大軍と野心を持った外藩なんて危険過ぎるし、中央に置いたら置いたで反袁紹官僚に担がれかねないし、実権を剥奪して隠居させても復権狙いそうだし。
あと、袁紹天下統一IFで重要なのは家臣団。官渡陥落から許都攻略までの間で最も戦功を立てるのは誰か?誰が作戦を立てるのか?西方や東方や南方を攻める場合、誰が本軍を統率し、誰が支軍を指揮するのか?これでだいぶ展開が変わりますかね。
沮授や田豊のグループが功績を立てたら「河北は疲弊しております。連戦は避けましょう」ってなりそうだし、郭図のグループが功績を立てたら「今がチャンスです。ガンガン行きましょう!」ってなりそう。郭図のグループは河南に基盤があるので、許都陥落後は慎重論に転じる可能性もあるかも。官渡戦役の前は河南の基盤奪還を優先し、許都陥落後は河南経営を言い出すってのも自然。
強硬に反対されたら粛清する手間がかかるので。沮授グループが河北の疲弊を理由に反対したら粛清しないと進軍できないし。

内政を優先する

@occhan201010 さんはいう。官渡の戦いで勝った場合、その後の選択肢は献帝の扱い次第だと思う。献帝を庇護する立場ならば、その状況を盤石にする為内政優先でしょう。外征の前にじっくりと地盤を固めつつ外交で袁家の正当性を示す形。逆に献帝を廃して誰かを皇帝に据えるか、自身が皇帝を名乗るならば外征続行となる。
献帝を廃した場合、誰を皇帝とするか?という前回の質問の結果に沿って劉和と考えた場合は、劉表の招聘、従わなければ討伐となる。これは劉和の正当性を示すには絶対に必要となる。
こういう面倒な正当性を示すための外征が増えるという点でも、献帝を廃するという選択肢は袁紹は選ばない理由の1つになると思う。献帝を庇護する立場なら袁家の正当性は血筋の実績でなんら問題なく受け入れられるが、廃すると当然反発する名士も多く、地盤固めにそうとうな時間を要する。

@occhan201010 さんはいう。劉表自身は献帝を庇護する形なら、己の年齢も考えてそれに従う形を取ると思う。劉和を皇帝とするなら従えない。荊州は豪族の力が強く、蔡一族らを納得させる理由付けが必要。
前者ならば袁家の正当性は言い続けている通り問題ないので、蔡一族への説得も難しくない。というか、反発するのは難しい。後者は正当性がないので、むしろ蔡一族の野心を増長させる。劉表自身がどう思おうが、劉琮を旗印にして天下を虎視眈々と狙う動きになるのではないか?
あとは襄陽記の蔡瑁と曹操が旧知の間柄だったという説をとった場合、それを理由にして袁家へ反発するという可能性もゼロではないが、献帝を庇護していた場合は彼以外がその声に従うとも思えない。完全に私怨になって大義に欠ける。

劉備の存在感

@occhan201010 さんはいう。袁譚は劉備が推薦した茂才で、袁家に逃げてきた劉備を袁紹と共に歓迎している。また、劉備の師である盧植は晩年冀州で過ごしており、袁紹の軍師となっている。袁家での劉備の扱いはそう悪くはない。だから郭図あたりは関羽が顔良を斬っていても、それは今後の取引材料にして一旦脇に置くんじゃないかと。逆に審配はだからこそ危険と見る。
審配あたりは確実に、劉備を排除するよう袁紹に進言するでしょうね。ただ、後継問題で袁譚を推している郭図あたりは劉備を擁護するんじゃないかと思ってたりします。袁譚が後を継ぐ為に劉備という軍閥は非常に美味しい存在に見えますから。袁紹は袁尚を可愛がっていたようですしね。

@mamesiba195 さんはいう。確かに袁譚に劉備がつく可能性が高いのは盲点であった。劉備一人で曹操・呂布がいない袁尚軍は総なめしそうだ。
@Golden_hamster さんはいう。そのころの劉備が地位をおおむね保持していたとすれば、予州牧という要地を抑える権限、左将軍という一軍を率いる地位、多くの名士との付き合い、徐州など広範囲に効く顔と、ほとんどありとあらゆる有利な要素を兼ね備えていますよね。だからこそ警戒もされるでしょうけど。
@mamesiba195 さんはいう。陳羣、田予が帰参し、趙雲のコネで張燕が、関羽のコネで徐晃が加わりますか。曹氏や夏侯氏も破れかぶれで、助命してくれる可能性が少しある劉備を頼るかもしれませんね。思想の相性の良さは変わらないので、いずれ、荊州学の方から売り込みにきそうな感じも受けます。
@Golden_hamster さんはいう。曹洪・曹仁の軍事力と荀彧の顔を兼ね備えたような存在ですね。

まとめますと、荊州派と内政派が拮抗して、とても面白かったです。劉表との付き合い方が、つぎの袁紹の戦略のカギとなります。151214

ぼくはいう。袁紹陣営の分析は、三国志に興味をもった当初、『三国志武将列伝』の「袁紹に従った人士たちの派閥抗争史」で見てすごく感動した。ネット上で袁紹を語るなら、これは古典だと思います。
@osacchi_basstrb さんはいう。大昔の記事で恐縮です^^;;袁紹が許を落として頴川派が絶頂期を迎えますが、荊州なり関中なり他へ遠征を行おうとしたら富を収奪され続けた冀州派が反発したり反乱をおこしたりなんてこともあるかもしれませんね。袁譚袁尚を巻き込みつつ。

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アンケート4:袁紹の安定政権の後継者

アンケート4つめ

もしも袁紹が官渡で勝って安定政権を築いたら、袁紹の死後、後継者は誰?
 ・袁譚
 ・袁熙
 ・袁尚
 ・なし(ほどなく滅亡)

結果は、こちら。


ぼくはいう。「なし」の設定を迷ったんですが、アンケートしたいのは、安定政権の継承者です。史実の袁尚は、袁氏の家長ではあっても、実質的に政権は分裂してたので、このような展開の場合は「なし」を選んでください。
初動は、袁譚1、袁煕0、袁尚4、ほどなく滅亡5。4番目の選択肢は、フェアに高幹にするか迷いましたが、ほどなく滅亡という、やや反則な選択肢にしました。結果が楽しみです。/計20票。袁譚4、袁煕0、袁尚6、ほどなく滅亡10。こうなると、史実で悪いところばっかり見えた袁紹の子供たちが、勝ち残るチャンスを探ってみたくなる。史実の曹操のところの、曹丕・曹彰・曹植が、史実の袁氏なみの境遇になったら、袁氏なみにがんばれたか?とか。

@naniujip さんはいう。袁家は手なずけていた烏丸へ逃げ込めましたけど、曹家はどうでしょうか。烏丸とかとは敵対してたでしょうし、ほかに逃げ場は・・・。可能性があるとすれば、親父(曹操)と交友のあった韓遂あたりを頼って涼州とか。
@dayomonsan さんはいう。滅亡ENDに1票入れましたが、曹操を攻略(滅ぼす?取り込む?)した時に、魏での賈詡にあたる人物を取り込めればまた違ってくるかなとも思います。逆に言えば袁譚=曹丕、袁尚=曹植になっていた可能性もあるのだけどもその場合、袁煕=曹彰ではない辺りがどう影響するかなぁ、とも。
‏@occhan201010 さんはいう。IFの袁紹没後、後継者争いの中で実績欲しさに、袁尚が涼州征伐とかやらんかな? どうにも袁尚は曹彰と同じで武勇は優れているが、安直に動く節が見られる。袁紹も可愛がったけど、後継に指名しないままだったのはそういう点が気にかかったのではないだろうか。袁紹ならまず涼州に手を出すようなマネはせんだろうけど、彼の死後その辺を袁尚あたりが理解しているか怪しい。実績欲しさに少なくとも漢中には手を出しそうな気がする。


ぼくはいう。予想どおり袁煕が大苦戦ですが、史実に照らせば、袁煕の子だとも言われる曹叡が、三国時代でもっとも統一王朝に近い君主だったんですから、事実は小説よりも…は、あるかも知れません。

アンケートを複数回させて頂くと、遊び方が分かってきます。はじめは直線的に、多数決のほうに進むイフ展開をやりたかったですが、そうすると、前の設問で、意見の違ったひとを振り落とすことに。史実から放射状に質問をつくり、ぼくの頭の中でヒトツナギの話にする。こちらが正解かと。

50票。袁譚6票、袁熙1票、袁尚17票、ほどなく滅亡26票。やっぱり滅亡なのか。天下万民にとって、袁紹が勝つのは、曹操が勝つよりも悲劇ですね…。/100票です。袁譚18(さすが儒家に支持される長子)、袁熙5(どうして票が入るのでしょう)、袁尚26(父の袁紹のお気に入り)、なし51(皆さん、袁氏が嫌いですか、史実はよほど袁氏に不利を強いました)という感じです。

袁譚に寄せられたコメント

@Rieg__Goh さんはいう。これはもう想像でも何でもなく、袁紹が望んだ跡継ぎは袁譚と考えられる記述が史書にあるんで。

@occhan201010 さんはいう。袁紹が許都まで落として曹操を滅ぼした上で安定政権というなら、曹操麾下の潁川閥の名士が加わるはずだし、潁川閥の郭図が推す袁譚が優位になる可能性は高いと思うんだけどね。まあ、袁尚を推す審配が大人しく従うかは不明だけど、政権が安定している状況なら何らかの妥協案は出るんじゃないかな?
献帝を庇護した形なら、それこそ国家の舵を握る立場に袁家はいるので、醜聞は避けたいだけに、史実ほどの派手なお家騒動には発展せんでしょう。少なくとも、どっちの派閥でもない名士が止めに入る。せっかく安定したのにそれを内部から壊すとか絶対に認められんだろう。
@occhan201010 さんはいう。ただし、劉備がそのお家騒動を煽って、袁家の地盤をそっくりそのまま頂く・・・という可能性もなくはない。袁譚を筆頭に劉備軍閥を袁家がどう扱うかがポイントになるかも。下手に劉備を暗殺とか企んだら、荊州に逃げてるだろうから劉表を旗にして攻めてくるだろうし・・・

@Golden_hamster さんはいう。袁紹死亡時に曹操を倒してその旧領と献帝を得ている状態とみなすなら、後継者争いがあるとしてもまるで違う様相が現れてくるように私は思いますね。具体的には、経験もあり長子である袁譚を推す声が高まるのではないかと。
@mamesiba195 さんはいう。穎川出身の郭図、辛評を擁しているので、曹操配下から穎川出身の生き残りがなだれ込んで来る可能性が高いので、どちらになるか分からなくなる可能性もありますね。曹操配下は主流派に戻れるチャンスですし。ただ、そうなった場合、八王の乱みたいにならず、都でのクーデターで一気に決着でどちらが勝つにせよ、滅亡までしないと思います。理由はまだ、清流派や隠者の思想が強く、政治の私権化があまり肯定されない世相だと思うからです。

@Rieg__Goh さんはいう。当初は袁譚が袁尚の半分くらいしか得票がなかったが、追い上げてきた。

ぼくは思う。こういう時系列での変化は、小説にも活かせそう。初動で、まっさきに反応するひとが選ぶ答えと、タイムライン上で議論が深まってきて、さきに表明された意見の比率も見えてきてから、選ぶ答えと。心理的に、同じはずがありません。意見というのは、あらかじめ確固たる答えがあるとは限らず、再帰的に、相互に影響を受けながら形成されていく。そういう話をつくりたい。

@drkinokoru さんはいう。袁譚の後見人劉備って面白そう(こなみ)。袁紹が中原統一後、早死していたら、劉備は袁譚を操って、袁尚を退けさせて…とか考えると面白そう。まあ袁尚の方がダントツで強いからあっさり見捨てそうだけど(笑)。

@yougoha さんはいう。本陣の袁紹の側に袁譚がいたということは、普通に考えたら青州の軍団も引き連れていたはず。後継者争いで袁譚が弱かった(本人も言及している)のは本陣壊滅の際に青州軍に多大な被害が出ていたからではないかと推測してる。裏を返せば官渡勝利のifを考えた場合、その際主攻を担った袁譚の功績は大きくなりより支持率が集まるのではないかと考える。
その辺袁紹が織り込んでないとも思えないし、袁譚を廃そうと考えていなかったことの傍証になるのでは。曹操で言うと曹植を後継者にしておいて曹丕に軍功立てさせようとするようなもんだし。袁紹に史実より寿命が与えられた場合、後継者問題は袁紹が死んだ後よりも袁紹生前にどうなるかだろうね。二宮の変みたいに。

@Golden_hamster さんはいう。袁譚と劉備は発言力を増すことになるんでしょうね。そして審配のような土地付きの者が相対的に発言力を低下させると思います。

@yougoha さんはいう。審配を更迭しきれなかったのは、官渡での敗北によって戦線を再び下げた際、冀州で強力な力を持つ審配に頼らざるを得なかった面もあるでしょうしね。

袁尚に寄せられたコメント

@rerasiu さんはいう。袁譚はなんか袁紹に嫌われてた感じあるし本人もクズのようなので(賄賂を求めて差し出さない者は山狩して徴兵するなど)やっぱり後継者になるのは厳しそう 一州ずつ息子らに治めさせて実力を見るとか言いながら袁尚は手元というのはいっそ露骨ですらある。

@ponyponita さんはいう。とりあえず袁尚にしたけど、沮授のようなバランスの取れた人材が中枢にいないとどうやっても安定しないな。郭図と逢紀は左遷で。

整理していると、袁尚の話って、ほとんどされてませんでした。はじめは、袁尚が袁譚を圧倒していたのですが、袁譚が盛り返してきた。タイムラインの向こうには、儒者がたくさんいらっしゃるのかと錯覚するほど。きっと、分析対象としてる後漢末を、「長子相続への支持が強い時代」とする認識が、共有されているのでしょう。


@mamesiba195 さんはいう。例え袁譚が勝つ可能性が高いと思っても、自分はいまだ袁尚。袁譚だったら、劉備に乗っ取られそうだから。史実のように劉備か、漢の新皇帝に利用されて捨てられそう。

ぼくはいう。袁譚と劉備の関係について、多くの考察のツイートを見ました。でも袁尚に関するコメントは、あまりありせん。「袁紹が気に入っていたから」以外に、袁尚が後継者となる理由って、あるんでしょうか。

@mamesiba195 さんはいう。なし(ほどなく滅亡)にしようと思ったが、四州の覇者の時と違い、安定政権を築いているなら、高幹・袁煕が味方につく可能性が高い袁尚が圧倒的力を有するので、袁尚。袁譚の母の地位が低いなら、儒教でも否定されないかもしれない。

@rubu192rubui さんはいう。袁紹の妻「劉氏」が擁する女性側の勢力の視点から考えてみるのるも面白いかもしれませんね。典論の注からですが、袁紹死後の劉氏の独断専行は、親族に大きな後ろ盾があるか、もしくは本人自身が袁尚軍閥で発言権を持った所以かなと感じました。う〜ん、『劉』氏…?

袁尚を擁立する審配について

@Golden_hamster さんはいう。そもそも、後漢書の袁紹伝では「『未及定嗣』,逢紀、審配宿 以驕侈為譚所病,辛評、郭圖皆比於譚而與配、紀有隙。『眾以譚長,欲立之』。配等恐譚立而 評等為害,『遂矯紹遺命,奉尚為嗣』。」と、袁尚が本当に袁紹に選ばれていたのかさえ疑問を呈されています。なぜ袁尚が支持されたかといえば、支持者にとって袁尚が都合が良かったから(袁譚が都合悪かったから)ということなのでしょう。袁紹も実際に袁尚を選んだ可能性もありますが。
@yougoha さんはいう。生前に劉琮を跡継ぎにすると宣言していた劉表と袁家の問題を一緒くたにはできない。袁紹の生前に袁尚後継を公表させようとした人間がいたとしてもおかしくないだろうし、結局うんと言わなかったということには理由があるのだろう。年齢の問題は大きそうだけど。
@Golden_hamster さんはいう。決めていなかった袁紹と、劉琮と決めていた劉表と、曹丕と決まっているはずなのに目移りしまくった曹操と、全部事情が違います。

@yougoha さんはいう。官渡ifの場合田豊はともかく沮授は権限削除されつつも生き残りそうだし、その場合一度長幼の功持ち出して諌めた手前、袁譚支持に回らざるを得ないだろう。息子は実際には袁尚支持したとはいえ。最初は袁譚擁立の空気になりながら、結局大多数が袁尚支持に周ったということは。審配・逢紀らを除いた大多数の人間は「どっちでもええ」という感じだったのだろう。土着豪族でもない逢紀が袁譚擁立を怖れたのは他の賓客より袁紹から厚遇されてた分、代替わり時の反動を怖れたのであって、審配のように肥やしすぎて目の敵にされたのとは事情が違うだろうけど。

@yougoha さんはいう。官渡にしても郭図の行動は、まだ袁氏全体のためと解釈することが可能なのに、審配の許攸の家族逮捕は、許攸追い落とす以外に意味ないし、ピタゴラスイッチ的に烏巣襲撃からの敗北に繋がってるのでほんと笑う。
というか曹丕の典論で、審配は郭図と並んで、まさに袁家滅亡戦犯と言われているので、当時の段階じゃ「忠烈は忠烈だけど、それはそれとしてやっぱこいつクソだわ」みたいな認識されててもおかしくない。
これが時代下ると某注釈者のように「審配は忠烈の士なので井戸に隠れるわけないんですけどおおお!!」と騙される人間が出てくるのは仕方ないね。一族含めて私腹肥やしまくった財産を保証してくれる自分にとって都合のいい君主にしか忠誠心が向かないだけで有能やぞ。

劉備の影響力について

@Golden_hamster さんはいう。たぶん劉備が、後見人兼敵対勢力を倒す将軍になる。
@mamesiba195 さんはいう。確かに、劉備がついた方が勝つような印象はありますね。歴史上でも数少ない主人公補正持ちですし。同じく主人公補正持ちの曹操もIFでも関中に入って生きているような印象が。

‏@Golden_hamster さんはいう。曹操は関中まで落ち延びてどっかの畜生(鍾繇)に陥れられる展開が見たい。
ぼくはいう。このコメントをもとに、つぎのアンケートをつくりました。

@Rieg__Goh さんはいう。袁譚であれば劉備は天下を狙わず、後見人に収まる未来はありうる気がします。
@Golden_hamster さんはいう。袁譚を本当にガッチリ固められるなら、その功臣筆頭のような座に収まるというのも劉備のIFとしてそう否定するものでもないと思います。曹操で言えば多少立場は違いますが夏侯惇と曹仁を足して割らないような存在。例えば郭図の子弟はみな劉備が挙主になる、みたいな。あと幽州方面にも顔が利く。
@sidenp さんはいう。そのあたりは袁譚系参謀との関係次第ですかねえ。
@Rieg__Goh さんはいう。ついでに言えば辛評もですね。

@Golden_hamster さんはいう。袁紹勝利のIFでこそ、この時点の劉備の官位と立場が持つ影響力のヤバさが実感できるんじゃないかと思うなあ。単に流寓の身の客将くらいにしか思っていない人とは話が合わないだろうと思う。袁紹自身を含む当時の多くの著名人の出身の州牧ということですからね、少なくとも名目上は。
@Rieg__Goh さんはいう。劉備より偉い漢臣は史実でも曹操と袁紹しかいませんでしたもんね。

天下の情勢について

@occhan201010 さんはいう。袁紹政権でそういやもう一つ問題があるな・・・涼州閥の扱いをどうするか? まかり間違って曹操みたいに馬騰を始末して攻められたら洛陽まで落ちるんじゃなかろうか?w 曹操だから止められたけど、袁紹陣営に賈詡先生はいるんだろうか?w
@occhan201010 さんはいう。劉備が荊州に逃れているパターンだと、西から馬超、南から劉備とかいう二穴攻めに遭う可能性も・・・
@Rieg__Goh さんはいう。荊州にいるなら、袁紹死後は史実通り、劉表の尖兵として献帝を狙う未来になりそうですね。

‏@occhan201010 さんはいう。馬騰の扱い方次第では3手詰みレベルの状況になりかねないですね。馬騰を殺したら馬超が攻めてきますけど、袁紹亡き後袁家が潼関とかで止められるんでしょうかね。よしんば止めても南から劉表の尖兵として劉備、東から周瑜が同時に・・・ってなりかねないw
@Rieg__Goh さんはいう。袁紹は曹操と違って赤壁で失った権威を涼州で回復する必要が無いので、関中では波風を立てないと思います。あえて馬騰らも逆らわないでしょう。

ぼくは思う。アンケートは、袁譚がどこまで袁尚を圧倒して、かつ劉備に活躍の可能性を与えるか、という盛り上がり方をしました。アンケートするまで、考えたことがなかったので、アンケートをつくってよかったです。151215

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アンケート5:曹操が再起を図る場所

アンケート5つめ

もしも曹操が官渡で敗れて、軍が壊滅したら、再起を図って目指すのはどこ?
 ・関中
 ・荊州
 ・徐州
 ・揚州

結果は、こちら。


許都・献帝は袁紹に奪われ、故郷の沛国も危険で、豫州は敵地。黄河の流れる兗州も袁紹が占領して、もっと遠くに逃げなければならない状態を想定しています。
関中は、許都からギリギリ脱出した荀彧の案内で鍾繇と合流、韓遂との旧縁を頼りつつ、李傕の後の空白を狙う。
揚州は、史実の袁術のルートで落ち延び、荒廃した寿春がムリなら、さらに南へゆき、孫策没後の揚州を切り取る(揚州での募兵経験、孫氏との姻戚関係に頼る)
荊州は、官渡で日和見に思われた劉表に、将才を売り込むか。劉表が袁紹に対抗するなら、北藩として曹操を受け入れるかも。
徐州は、陶謙のように独立勢力を築ける。劉備の独立を瞬殺できた。曹操はここで戦った経験が多いから、地の利がなくもない。泰山の諸将も親和的か。

初動は、関中6、揚州2、荊州1、徐州1です。関中が優勢です。/関中12、荊州5、揚州5、徐州8。今回は設問が「難しい」というか、答えにくいかも。負けた曹操の気持ちになって、ご回答をお願いします。徐州は虐殺して恨みを買ったから、行くはずがない。かと思いきや、第2位。分からないものです!/関中が1位。荀彧(袁紹と関係の修復が不可能か)が、献帝を拉致して、曹操と長安に向かう。董卓とやってること同じ。曹操は、司空・車騎将軍よりも、憧れの征西将軍に。第3の董卓、第2の李傕として、地形を活かして割拠。主観的には、漢の保護者。いいのか、わるいのか。/50票を前にして、関中→徐州の順番です。徐州は、ほんとに意外です。

揚州の意見

@fushunia さんはいう。逃走した曹操かその一族が孫家を頼る気がします。劉表と孫権は対立関係にあるので、劉表が袁氏になびけば、孫氏は独自の行動に出るし、袁術系の孫氏が袁紹に合流するなら、曹操と劉備が和解するかも・・・

@baisetusai さんはいう。順当に行くと洛陽かどっかに篭ろう、ってのが常識的回答なんですけど、勢いに乗った袁紹軍が次に来るのはおそらくそこですから、楊州で起死回生を、っていうのが曹操の参謀団が出してくる回答だと思えるんですよ(蒼天航路的には)。蒼天航路では、カク先生が加わってから、赤壁に至る前くらいの比較的短い期間です(作品的には長いスパンで連載してますけど)

ぼくはいう。賈詡と郭嘉が活躍して、荀攸も軍略をやってました。官渡では、戦闘の描写と、無謀だけど無敵の曹操が、出張ってましたもんね。


‏@rerasiu さんはいう。揚州北部かなあ…… 徐州はあのアレがあるから厳しい、関中は揉め事エリアなので無理でしょう 荊州か揚州だけど荊州は劉表の支配力が揚州北部より強そう。
徐州は曹操が虐殺してるので反袁術で求心もできないし無理、関中はただでさえ反乱多いので無理、荊州への劉表の支配力と揚州北部への孫策死んだばかりの孫権の支配力を考えると揚州北部かなと。徐州南部は割と袁術憎しで、袁術でなければ誰でもみたいな感じあるけど袁術もう死んでるし。

関中の意見

@Rieg__Goh さんはいう。本当は「5.再起はない。現実は非情である」にしたいけど、畜生がいる関中が一番ましな気がする。袁紹の大将軍は後漢書辺りでは好意的に書かれていないけど、朝廷から正式に任命されたもの。袁紹が許に入城した瞬間、大将軍として朝廷を主催することになり、各地の諸侯は朝廷の主催者ではなくなった曹操を見捨てて袁紹に従うと思う。曹操個人に従うなんて曹操の直臣だけよ。
@occhan201010 さんはいう。個人的に曹操は若い内ならともかくとして、この時期に劉備みたいな生き汚いというか、全てを失った状態から再出発できるイメージがないんだよなー。それでも消去法でいくなら関中になるかな。

ぼくは思う。史実の曹操は、袁紹・袁術の対立のあいだから、突然、献帝を得て、勢力を立ち上げました。イフで袁紹・劉表の対立のあいだから、突然、勢力を立ちあげるのは、難しいのだろうか。

@occhan201010 さんはいう。荊州は蔡瑁くらいしか伝手がないし、失脚した曹操を匿うとも思えない。徐州はどう考えても親父さんの時のアレで無理でしょw 揚州?周瑜に暗殺されるのがオチですわ。関中も特に伝手があるわけでもないけど、マイナス要素もない。むしろ涼州あたりまで行ったほうが意外と目がある気がする。

@mamesiba195 さんはいう。関中に一票。徐州は守りにくい。荊州は劉表の客将、劉備と違って立場は悪い。楊州は意外といいかも、孫権の基盤は固まっていないかもしれない。で、関中なのは元々曹操は西北の列将を目指していた。韓遂と知人。長安という基盤にできる土地があること。
また、群雄が分かれていて、参謀たちが残っているなら、切り崩し工作が楽。長安で鍾繇と合流。韓遂と同盟。潼関をかためて、群雄たちを外交で味方につけ、弱い群雄を各個撃破。劉曄を皇帝に立てて、同時に参謀たちに臧覇や鮮卑、烏丸、黒山の切り崩し工作をさせる。劉表、孫権と対袁紹同盟をつくる。
これは、実は項羽の領地は南北逆転した上での、劉邦対項羽の再現。そして、私の考える仮想、劉邦対劉秀対決を実現させた形。戦力と戦術の優越を、外交と謀略で破る戦略。袁紹が荊州でぐずぐずしていたら、足下をすくわれる。

畜生=鍾繇を頼るか

@Golden_hamster さんはいう。敢えて言うなら、劉備がそうだったように、劉表か、河東の王邑のような勢力に客将として入るというところでしょうか。いつか再起できるかもしれませんが、当面は風下に立たざるを得ないでしょうし、袁尚が史実でどうなったかを考えると首筋が常に寒いでしょうけれど。そういう意味では、可能性が高いのは荊州ということになるのかもしれませんが、ただ「再起」はこの場合遠い道のりになるだろうということです。
畜生(鍾繇)なども、あっさりと袁紹を認めるかもしれませんからね。それは畜生だからではなく、献帝を一応は奉じた大将軍を捨てて、献帝も勢力も失った曹操に從う義理はたぶんないから。

@Rieg__Goh さんはいう。畜生は曹操との個人的な結びつきが他の漢臣より強いですけど、郭氏と姻戚ということもあり、鞍替えしたら袁紹もそれなりに遇されそうです。荀彧が到底許されそうにないのとは違いますね。
ただ、鍾繇は関中を任されるほど信頼されていて、郭氏と姻戚でなければ即死するくらい曹操に近いです。董昭は袁紹に殺されそうになった過去がある上、冀州牧になってるので曹操に従うしか手がない。賈逵はこの頃なら曹操寄りではないですね。

‏@baisetusai さんはいう。魏略によると、郭援に囚われた賈逵を救い出したのは祝公道という人物であり、また郭援の参謀は祝奥という人物であったとされるが、祝氏は河東郡の有力者なのだろうか。

そもそも鍾繇は漢臣なので、袁紹に従う事は曹操を裏切るとはまた別の話だと思います。そして、転向は当然すると思います。賈逵はこの頃歴史に名が顕れていないのでわかりません。

@Rieg__Goh さんはいう。趙儼は曹操政権ではたくさんある県の一県長だったけど、豫州の大半が袁紹に寝返ってからは、汝南の中で曹操の手元に残った2県しかない県のトップとなる。劣勢でも踏ん張った趙儼は天運を掴んだと言えるのだろうなあ。その後の趙儼を見ると、人間的には高潔でもなんでもない。曹操という人物に忠誠を尽くしたというよりは、出世のため曹操の才能に賭けたという感じかなあ。


@Golden_hamster さんの考察

もし袁紹が官渡で曹操に勝利したとする。劉備は豫州牧でかつそちら方面に行っていたはずで、もし曹操が官渡を抑えきれなくなれば、劉備は袁紹と挟撃する形になるはずだ。曹操に献帝を連れて逃げるなどという暇はたぶん無く、また豫州が危険である以上荊州や揚州には行きようがない。

袁紹は献帝を抑え、許の朝廷から曹操シンパを一掃し、きっと洛陽遷都を目指すだろう。劉備は豫州牧として豫州の掃討を進め、もしかしたら孤立した曹仁あたりを下すかもしれない。
袁紹の寿命が史実とあまり変わらないとすると、洛陽遷都をするかどうかみたいな頃には死んでしまうかもしれない。その時、後継者としては袁譚が史実より優位に立つのではないかと考える。理由はいくつかあるが、劉備がバックに付く可能性が高いこともひとつ。

その時点なら劉備は、袁紹にとって警戒よりも有用性の方が圧倒的。豫州牧として、あるいは左将軍として使い倒すような状況のはず。だが彼の地位は袁紹戦力の事実上ナンバーツーだ。彼を挙主とする袁譚はきっと彼を頼るだろう。袁紹がそこで死んでしまうと後継者争いは避けられない。
ただ、史実と状況が異なり、多数派に支持される袁譚の後継を袁尚(を支持する連中)が待ったをかけるということになるだろう。袁譚と劉備が組んだとしたら青・徐・豫州は抑えることになる。
また横やりを入れるヤツがおらず、献帝は、豫州側にいた袁譚(劉備)にあることになるので、袁尚の抵抗は割と少なくて済み、史実よりもずっと早く収束すると見る。ここまで流石に2,3年はかかったとして、周囲で大きく勢力を伸ばせるのは劉表だけだろう。
さて曹操だが、ただ敗死したではつまらないので劉表の客将になったと考えよう。だが、史実の劉備の時とは、居心地が全然違うはずだ。だって、劉表や現地豪族とつながる某諸葛武侯は誰かさんがオイタした徐州の人なんですよ?仇と狙われますわ。

ぼくは思う。曹操バージョンの三顧の礼とか、見たかったですが、ムリでしょうかね。

ということは、とっても肩身が狭い曹操は劉表の矢面に立ち、袁譚の後見人というかキングメーカーというかとても強い立場を得た劉備と荊州をめぐって戦うことになりそうだ。曹操は超優れた将とはいえ、おそらく大半の将兵を失っているわけで、まあ厳しいだろう。
で、精彩を欠く客将曹操は劉備に押され、衆寡敵せずで劉表自体の敗北に合わせてどこかに落ち延びるのだろう。ということは交州か。

曹操の逃走経路

ぼくはいう。やっぱり、曹操は消去法で畜生のところに向かい、畜生に始末されますねー。
@Golden_hamster さんはいう。そもそも畜生は強力な軍事力を持った勢力じゃないですからねえ。関中が混乱し、なおかつ関中入りすることができれば(これが厳しそう)、曹操にも目が無いわけじゃないかもしれません。ただ、郭援やら馬騰やらとやり合うことになるんでしょうね。
@sidenp さんはいう。とはいえ董卓のように長安行こうにも、多分高幹・郭援が先回りしそうですしねえ。畜生は荀彧や郭嘉、董昭らと違って許される可能性があるわけですし。許昌からの逃走ルート、一旦荊州に入って南陽から武関通って長安かねえ。たどりつけさえしねえな多分。
@Golden_hamster さんはいう。なんとか曹操特有の無理をして、宛あたりまでは行くか、あるいは河東あたりか。ただ河東の王邑なども曹操に単に従順な勢力ということはないはずですし、マジで行き場を無くして普通に降伏するかもしれませんな。曹操が負けてそのあたりが混乱したら、劉表が喜んでその辺に進出するやろなあ。
@sidenp さんはいう。正史同様に孫策死んで東の圧力は消えてますし、曹操軍崩壊したら張羨も弱体化するでしょうしね。火事場泥棒しに来るとしたら南陽ですわな。
@Golden_hamster さんはいう。そうなると曹操が南陽にも行けない。あるいは史実の劉備のように劉表の客将となるか。でもなんか荊州では劉備のように立ちまわれそうに無いなあ、曹操。諸葛亮みたいに徐州から逃げてきた人もいるし・・・あっ・・・

徐州の意見

@snow_yukkie さんはいう。徐州だと、反曹操勢もかなり多そうだから厳しくなりそうですね。臧宣高さんたち泰山諸将が何をして下さるか、彼らと縁がなかったとは思えない于文則さんがどう行動するか、気になります。

@fushunia さんはいう。『水経注』を見ると、烏巣はエン州から兵糧を運んでくるように水路がつながっていて、そうすると、官渡のときエン州はかなり袁紹側になびいていたかもしれないと聞いたことがあります。そうすると、徐州はまもなく交通路を遮断されてしまう可能性も。
@Sz73B さんはいう。自分も徐州に入れたんですが、単に他の地域には敵対勢力がいそうだと思った程度で、徐州は恨みも買ってるし守りにくいしで根拠地にはしにくいと思います。なので何とか脱出を模索しないと荊州時代の劉備よりろくでもないことになりそうな気がします。

アンケートは、きっとこれで最終回です。たくさんのご回答、ありがとうございました。史料の読み込みに移りたいと思います。151216

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