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- ウラジーミル・プロップと孫策
企画の趣旨
ウラジーミル・プロップという構造主義の先駆者がおり、以下のような著作があって、昔話には31のできごとと、7つの登場人物がおり、どれもこの範囲に収まるそうです。複雑なものを、シンプルにして見せるというのは、けだし知性の最先端です。
プロップは、今日、ある本で紹介されているのを読み、「そういえば、数年前、べつの本でも紹介されているのを見たな」と思い出した。このサイトに書いたつもりが、検索してもヒットせず……。以下、そのうち読みます。
『口承文芸と現実』(三弥井書店)斎藤君子訳
『魔法昔話の起源』(せりか書房)斎藤君子訳
『ロシア昔話』(せりか書房)斎藤君子訳
『叢書記号学的実践 昔話の形態学』(水声社)北岡誠司・福田美智代訳
『魔法昔話の研究 口承文芸学とは何か』(講談社学術文庫)齋藤君子
上記のプロップの議論をもとに、孫呉のお話を書けるのではないかと思ったので、ちょっとメモします。というか、孫策は、いかにもRPGの主人公みたいな人生を歩んだので、孫策がこの物語の構造にあてまはまるぞ!と示したところで、感動がうすい。「ただ孫策の一生をなぞって、小説ふうにしただけじゃん」となる。
むしろ、RPGみたな人生を歩んだ、史実の孫策のほうにビックリする。しかし、そんな種類のビックリは、今回の記事で指摘しておくだけで充分であり、わざわざ小説化する必要はない。ぼくのねらいは、プロップを(訳書で)詠みこんで、それをもとに、孫策の活躍を構造主義的に膨らませること。つまり、「正史にも『演義』にもない孫策の一面であるが、確かにそういうことって(リアリティが)あるよね、そのほうがおもしろいよね」という物語を、プロップの側から、孫策のほうに輸入するのです。もし、輸入できる部分があれば、はじめて、プロップと孫策を出会わせて、そこから小説に膨らませる価値が出てくるのです。
無双3の孫策は、知人によれば「桃太郎」に見えるそうです。髪型のせいだな。この、的外れの指摘は、じつは重要な知見であって、孫策が民話・昔話の主人公として、RPGのような、ウラジミール・プロップの分析結果のような、一生を送った(ゲーム内のシナリオでそういう役割を果たした)ことを、直感的にすくい取っているのです。
孫策の一生と、プロップの親和性
検索したら、いちばん詳しく出てきたサイト:
文字書きホクスポクス>ウラジミール・プロップの31機能
http://mozikaki.com/how-to/story/story011
ここからコピペをさせて頂きながら、まず、史実の孫策(+孫権)、すなわち、孫呉の建国の歴史が、きれいに昔話の構造に合致していることを確認したいと思います。もちろん、現象を見たら異質なものの背後に、同質の構造をつかみとってゆく、という作業になりますので、もちろん恣意性が入ります。
7種類の登場人物
◆主人公=孫策(死後は孫権がバトンタッチ)
主人公は、物語において目的を果たすために日常の世界から出立します。出立した主人公は様々な試練をクリアし目的を果たして帰還します。
帰還して、物語をハッピーエンドにするという最終局面で、史実の孫策は死ぬ。その悲劇性は、史実の孫策が「お約束」を破った部分であり、歴史小説が戦っていくべき部分。どのようにクリア→帰還のところで、つまずくかは、順番に書いてゆきます。
◆敵対者・加害者=袁術
敵対者は、主人公の敵となる人物です。何がしかの目的を持って出立した主人公を様々な手を使って妨害します。
◆贈与者(補給係)=献帝
贈与者は、主人公に対して物語を進める上でのカギとなるものを授けます。ここでいう「もの」とは武器やマジックアイテムなどの実体のあるものだけとは限りません。主人公が元々持っている素質や能力などを生かす、知識なども含まれます。
袁術から独立したい孫策に、献帝が官職を発行する。武器やアイテム・知識よりも、さらに抽象度が高いものですが、威力は抜群です。
◆助手=周瑜
助手は主人公の目的達成をサポートします。
助手と贈与者は区別が付きにくい部分があります。ですが、主人公が舟を使って移動することになった場合を想像するとわかりやすいかもしれません。もしも、主人公に舟を与えるだけで、主人公と行動を共にするわけでないならその人物は贈与者に分類されます。一方で、主人公が持っている舟の操縦を代行するなら助手に分類されます。
後漢の伝統的な権威にもとづき、孫策をバックアップするという点で、献帝と周瑜の役割は同じです。しかし献帝は「船に同乗」しないが、周瑜は「船に同乗」してくれます。だから、献帝は贈与者で、周瑜は助手なのです。
ちなみに船の比喩は、引用元のサイトにあったもので、ぼくが孫呉のために捏造したのではありません。ピタリと符合するから、すごいのです。
◆王女とその父=孫堅
魔法民話において王女は敵対者により攫われます。それにより、その父は王女を失ってしまいます。王女とその父という分類に関してプロップは、機能をもとに厳密に分類することは不可能であると述べています。
民話をスタートさせるのは、王女がさらわれた欠損状態です。つまり、家族が欠如することから、主人公が動く理由が生じます。
孫策にとっては、「王女を失った王」ではなく、「王が失われた」状態、つまり孫堅が戦死した状態から、彼自身が動く(動かなければならない)理由が生まれます。物語のツカミとしては、過激です。完成されています。
ぼくがプロップのことを思い出したのは、内田樹『困難な成熟』という本です。145頁にプロップが出てきます。ひとは、「やるべきこと」を強いられ、「やりたいこと」を自己申告するだけではダメで、他者から「あなたは(これをやれるから)やってくれ」と懇請されることで、はじめて一人前だと。
孫策の場合、孫堅の部下・息子として「やるべき」戦いをやり、「やりたい」戦いをやっていたかも知れないが、それじゃあ、ただのガキ。孫堅を失って、「あなたは孫氏の家長をやれるはずだから、やってくれ」という依頼を(孫賁あたりから)受けて、早い段階で成熟をとげる。孫堅の死は、それを起動させるスイッチ。
◆派遣者=呉景・孫賁
派遣者は、主人公に王女を探させるミッションを与えます。主人公は必ずしも自発的に日常の世界を出立するとは限らず、派遣者の依頼により行動を開始することが多々あります。また派遣者は、主人公が依頼を達成した場合に報酬を与える役割を担っています。
孫策にとっては「おじ」たちでしょう。王の使者、王の代理人という意味では、血縁的に孫策の「父がわり」になるひとたち。
◆ニセの主人公=曹操
ニセの主人公は、ロシアの魔法民話に特徴的なキャラクターと言えます。敵を倒した主人公の手柄を横取りする人物です。敵を倒した主人公は、ニセの主人公が嘘をついていることを暴き、自分の手柄であることを証明することになります。
袁術を倒した孫氏の手柄を、横取りしにくる。袁術の死後、揚州を平定したのは、孫策(と孫権)であるが、その手柄を、荊州の大水軍をひきいて曹操が奪いにくる。孫権は、ニセの主人公がウソをついていることを暴き、自分の手柄である(揚州は孫氏のもの)であることを証明する。
引用元で「ロシアに特徴的」とあるように、最後のこの展開がなくても、物語は完結します。つまり、主人公が敵を倒して、めでたしめでたし、でもよい。しかし、ニセの主人公が現れて、最後にもう一度、混ぜっ返す。孫呉の歴史と、これもまた整合する。
孫呉は、孫策が揚州を切り取っただけではダメ。史実ベースでいえば、曹操から統治を委託されているだけなのか、戦果はほんとうに孫氏の独占物なのか、定まっていない。贈与者を騙った曹操は、孫氏に官職をあたえたり、婚姻をしたりして、軍閥を解体しようとしてくる。「曹操はニセ主人公だ」と、きっちり暴き立てて初めて、孫策から始まった建国は、ひと段落する。
物語の31の機能と孫策
登場人物が定まったところで、具体的な内容です。7種類の人物しか登場してはいけない、のではなく、7種類の人物を主役級にして、話が前に進むという意味です。
《第1章 袁術の配下となる孫策》
◆01.不在
家族の成員のひとりが家からいなくなります。これにより、主人公の物語が始まります。家からいなくなるのは主人公の場合もありますし、敵対者に加害行為を受ける犠牲者(例えば後々に攫われる)の場合もあります。また、不在となる理由は単に家を空けるだけではなく両親の死という場合もあります。
「両親の死」から、孫堅の死が連想されます。家族の(もっとも重要な)成員である孫堅が、横死します。
◆02.禁止
主人公は、何らかの禁止事項を課せられます。例えば、「この部屋を覗いてはいけない」や「外に出てはいけない」がこれにあたります。
「このハコを開けてはいけない」と言われ、孫策は、伝国璽の入ったハコを引き継ぎます。知ってしまえば、冷静な行動が取れなくなり、孫氏の滅亡につながる。孫堅という帝王がいたから、こっそり持ち帰ったのであり、孫堅がいない孫氏にとって、伝国璽は、扱い切れる代物ではない。たとえば、「30歳になるまで、開けてはいけない」とか、「太守となるまで、開けてはいけない」とか。太守になれば、もしくは実力で1郡を切り取れば、伝国璽にもとづいて、一大勢力を目指すことができる。
孫策が「太守」に固執するのは、こういう禁止事項があったから、という物語にしたら、おもしろいかも。
◆03.違反
禁止事項が破られてしまいます。禁止事項が破られる理由は意図的な場合もありますし、偶発的な場合もあります。禁止事項が破られたことにより敵対者が行動を起こし始めます。
孫策は、ハコを開けちゃうんでしょうね。そして、態度が変わったところを、袁術に怪しまれる。きゅうに帝王然と振る舞ったりとか、言葉尻に過剰な自負が見え隠れして。袁術は、「なんだこいつ。そういえば孫氏は、洛陽で陵墓の修復をしたが、なにか得たのか」くらいを悟る。
◆04.探り出し
行動を起こし始めた敵対者は、まず主人公や犠牲者、あるいは他の登場人物から重要な情報を聞き出そうとします。重要な情報の種類には、王女の居場所や魔法アイテムの在り処などがあります。
魔法アイテムのありか=伝国璽の隠し場所
孫氏が何をもっているか、もしくは、伝国璽がどこに保管されているか。どのレベルで、どういう過程で、袁術による詮索が進むのかは、物語の腕の見せ所。
◆05.情報漏洩
重要な情報が敵対者に伝わってしまいます。作中の誰かがうっかり秘密を漏らしてしまうというのがよくあるパターンです。
孫氏が伝国璽を持っていること、もしくはその隠し場所を、袁術に知られる。
◆06.策略
敵対者は、犠牲となる者なりその持ち主なりを手に入れようとして、犠牲者となる者をだまそうとします。
袁術は、あの手この手で、伝国璽を得ようとする。孫堅の妻を拉致するとか、『范書』袁術伝にありますね。
◆07.幇助
主人公や犠牲となる者は欺かれ、そのことによって心ならずも敵対者を助けてしまいます。
この「欺かれ、」が難しい。
どのレベルで、孫氏と袁術とのあいだに、情報のギャップがあるのかを、慎重に設計すべきだが。「幇助」とは、孫策が袁術から「あの城を落としたら、太守にしてやろう」と言われ、袁術の勢力拡大のための先兵になることを指す。
袁術は孫策を利用すること、だますことを考えている。孫策のほうも、袁術をだましているつもりで、太守の地位を得るために力を貸す。認識は必ずしも一致しないが、すれ違いつつも軍事行動は機能している、という史書でもよく分からない展開に、「伝国璽をめぐる勘違いと暗闘」という理由をつけたい。
「太守にする」と2回も約束して、2回とも約束をやぶるとか、人格が破綻している。呉の歴史家による曲筆があったのであろうが、じゃあ事実は何かと言われると、情報のギャップによる行き違い、利害関係の潜在的な対立、のようなものを妄想するしかない。小説の独擅場である。
◆08.加害あるいは欠如
敵対者により、登場人物の誰かが過ごす日常世界が害を受けます。例えば、家族の成員のひとりが攫われる、大切なアイテムが奪われる、戦争が仕掛けられるなどがあります。
平穏な暮らしが奪われたその人物は、その欠落を回復したいと思うようになります。
孫堅の妻が、袁術にさらわれるのは、ここがいい。もしくは、大切な兵を返してもらえないとか。兵は、家族の延長なので。ともあれ、孫策が、なにかを袁術に「盗まれた」と感じ、不満をためこむフェイズ。
◆09.仲介・つなぎの段階
敵対者に被害を受けたのが主人公と別人物だった場合、被害や欠如が主人公に知らされます。そして、主人公に頼むなり命令するなりして主人公を派遣したり出立を許したりします。
例えば、王女が敵対者によって行方不明になった場合、その父が主人公の依頼主になります。
呉景が劉繇との戦いに苦戦しており、孫策に助けを求める。呉景の立ち位置(袁術との距離、孫氏との距離)が、とても重要になるので、整合的に描くように注意すべし。
引用元でも、設定に複数のパターンがあることを、におわせていますが。重要なのは、つぎの「対抗開始」を決意させる役割をになうということ。
◆10.対抗開始
主人公が敵対者に対抗する行動に出ることを決意します。この場合、主人公が快く依頼を請け負う場合もありますし、嫌々ながら依頼を承諾する場合もあります。
◆11.出立
主人公が家を後にします。つまり、冒険の旅が始まるわけです。孫策が袁術に対抗するために、独立勢力を築くために、会稽方面に転戦する。ここに、物語上の展開の切れ目があるでしょう。第2章へ。
《第2章 袁術から独立する孫策》
◆12.贈与者の第一機能
主人公が贈与者によって試され・訊ねられ・攻撃されたりします。そのことによって、主人公が、呪具なり助手なりを手に入れる下準備がなされます。
贈与者は、主人公が冒険を達成する上で必要なアイテムや能力、あるいは助手を授けます。しかし、最初から素直にそれらのものを贈与してくれるわけではありません。贈与を受ける前には贈与者と一悶着あるのが通常のパターンです。これは、テレビゲームでいうなら、何らかのキーアイテムを手に入れるためにはボスバトルがあることに例えられます。張紘を派遣して外交するとか、曹操の使者とモメるとか、そういうプロセスを経て、孫策は、献帝から官職を得る。
「贈与を受ける前には贈与者と一悶着ある」とは、「孫策は、袁術の手先ではないか」「いいえ違います」「本当かしら」という悶着か。ここから、史実ベースで戦さを描けたら「ボスバトル」に準じることができる。
◆13.主人公の反応
主人公が、贈与者となるはずの者の働きかけに反応します。例えば与えられたミッションをクリアしようと奮闘する場合や、贈与者とのバトルに応じる場合などがあります。
呂布とか、陳氏とか、絡ませられるか。史実でも、197年(袁術の天子即位)から、199年(袁術の死)までは、孫策がどういう主義で動いているのか、よく分からない。プロップから知恵を借りて、史実を再解釈するという手がある。
◆14.呪具の贈与・獲得
贈与者との一悶着が決着し、主人公が呪具(あるいは助手)を手に入れます。直接相手から渡される場合もありますし、隠し場所を教わったり、売ってもらったり、ときには略奪する場合もあります。贈与者は必ずしも善意の人とは限りません。
献帝も「善意」から、孫策に官位を配ったとは言い切れない。また、贈与者自らが「私が旅のお供をして協力しましょう」と申し出る展開は、贈与者が自らを助手として贈与したと定義します。つまり、贈与者=助手という図式が成り立ちます。一つの登場人物が複数の役割を持つ場合もあるのです。
孫策が献帝から、官職を受けとったと。「贈与者」である献帝と、「ニセ主人公」である曹操は、史実では接近しすぎており、このあたりが、三国志をおもしろくする。
◆15.二つの国の間の空間移動
主人公は、探し求める対象のある場所へ、連れて行かれる・送り届けられる・案内されるなどします。基本的に民話では主人公は、一気に敵対者の居場所まで移動します。
一方、現代の物語ではいきなり敵対者のところまでたどり着いては盛り上がりに欠けます。そこで、12→13→14の機能を繰り返して敵対者を追うことになります。
袁術の天子即位後も、孫策は戦いを続けてる。史実ベースで戦いを整理して、物語におとしこむ。
◆16.戦い
主人公と敵対者が、直接に戦います。
戦い方のバリエーションは様々で、例えば魔法民話では命を賭した戦闘や力比べの場合もありますし、カードで争うなどの場合もあります。
史実の場合、ここで袁術が自滅するから、挫ける。『演義』では、孫策が袁術と戦うシーンを設けたりして、物語的な不足を補っていた。
◆17.徴づけ
主人公に徴がつけられます。この徴は『27.発見・認知』の機能で意味をなします。詳しくは27の項目で後述しますが、敵対者を倒して帰還した主人公は、その手柄が本当に自分のものである証明することになります。そのための伏線として存在するのが徴づけの機能です。
印づけのバリエーションとしては例えば以下のものがあります。
・王女が主人公の頬を傷つけ、それにより主人公を目覚めさせる
・王女が主人公の額に、宝石入りの指輪で徴をつける
・主人公が戦いの最中に傷を負い、その傷に王女のハンカチが巻かれる
物理的なシルシではなく、統治を成功させることで、揚州の豪族から支持されるとか、そういう政治的なことになるのかも知れない。また考える。
◆18.勝利
主人公が敵対者を打ち負かします。
単純に力押しで勝利を手に入れる場合もありますし、策略や卑怯な手段を使って相手を騙すという場合もあります。
袁術を打ち負かすのか、もしくは袁術の後継者争いに勝ち抜くのか。劉勲との戦いなどがこれを指す。
◆19.不幸・欠如の解消
発端の不幸・災いか発端の欠如が解消されます。
これは『08.加害あるいは欠如』の機能に対応しています。敵対者に王女を攫われた場合は王女を救出、何かのアイテムが奪われた場合は、アイテムの奪還がこれにあたります。
袁術に奪われた、家族・兵・伝国璽などを取り戻す。
◆20.帰路
敵対者に勝利し、加害あるいは欠如を回復した主人公が帰路に着きます。これは『11.出立』の機能に対応しています。
物語によっては、主人公が日常の世界に帰還することにより完結することが少なくありません。
こうして孫策は、揚州の6郡を安定支配しました、、とならない。しかし、ロシアの魔法民話ではここで物語が終わらないで、もう一波乱あります。
《第3章 孫策の死と、孫権の継承》
◆21.追跡
帰路についた主人公は、それを妨害しようとする何者かにより追跡されます。RPGでいえば、大ボスを倒して一段落したところで、ダンジョンからの脱出を阻むものが現れることに相当します。
この追跡者は、『16.戦い』から『18.勝利』で戦った敵対者の仲間であったり、それとは無関係な新たな敵、あるいは後述するニセ主人公であったりします。
史実なみの、孫策の死です。
妨害するのが、「敵対者の仲間」とすれば、袁術の残党(もしくは袁術の後継者の残党)になる。「ニセ主人公」とすれば、曹操が差し向けた刺客となる。このあたりは、物語の流れから、ある程度、柔軟に発想したい。
◆22.救助
主人公は追跡者の魔の手から逃れることに成功します。
追跡から逃れる方法としては、例えば以下のものがあります。
・協力者が現れる
・主人公が自分の能力で解決する
・追跡者から身を隠したり変装したりする
多くの昔話は、追跡者から逃れるところで幕を閉じます。しかし、ここで新たなクエストが発生する場合があります。昔話では、敵対者を倒した主人公が、新たな災いや不幸に巻き込まれることがあります。一言で言えば、発端の加害行為が繰り返されるのです。
その場合、主人公は再び『11.出立』から『15.二つの国の間の空間移動』を行うことになります。ここでの空間移動は主人公の真の帰還先(物語の出発点である必要はない)であり、次の『23.気づかれざる到着』につながっていきます。
◆23.気づかれざる到着
『22.救助』において追跡者を完全に倒しておらず、単にやり過ごしただけの主人公は未だ追跡される身となっています。そのため、敵対者を倒したにも関わらず、身を隠すように帰還することになります。この「23. 気づかれざる到着」が変則となります。孫策は、「21. 追跡」から逃れられない。しかし、周瑜・張昭の支えによって、孫権があとを継ぐ。孫権を守り立ててもらえたことろが「22. 救助」、はじめに期待したのとは異なる場所への「23. 気づかれざる到着」となります。
物語が完結して、もとの場所に還って(孫堅の死を克服して、盤石な孫氏の政権を築いた)かと思いきや、それは違う。もう一段階、試練を乗り越えないと、勝利を確定させることができない。
ぼくが、プロップと孫策を結びつけたいと思うのは、このあたりの特徴があるからです。「勇者が戦う動機を与えられる、なにか(協力者やアイテム)導かれ、敵対者に戦って勝つ!」だけでは、べつにプロップの登場を待つ必要はない。
◆24.不当な要求
ニセ主人公が前面に出てきて、主人公が達成した冒険の真の功労者は自分であるかのように主張します。その上で、例えば、悪漢の手から救い出された姫と結婚すべきなのは自分の権利だと不当な要求をするのです。
曹操が劉表をくだし、荊州の大船団をつかって、長江をくだってくる。「揚州の官僚の任免権をもつのは、この曹操さまだ」と主張するわけです。
◆25.難題
『24.不当な要求』で偽りの主張をするニセ主人公に対して、真の主人公は相手の嘘を告発します。例えば、王女を救出したのは自分であるという具合に名乗り出るなどします。
しかし、それだけでは真の主人公は自分こそがミッションの達成者だと証明できません。そこで依頼者(王女を助けてもらったその父など)は、ニセ主人公と真の主人公に難題を課します。それにより、どちらが本当のことを言っているのか確かめようとするのです。
どちらが揚州を治めるのがよいか、揚州豪族たちが、曹操と孫権に競わせる。赤壁の戦いにとって重要なのは、船の燃やし方ではなくて(笑)揚州の支配を、だれに任せるか。もし孫権を、揚州の首長の座からおろせば、自動的に曹操の天下となる。それは、是か非か。
◆26.解決
真の主人公が難題を解決します。
ちなみにプロップによれば課される難題には、謎解きや力試しの他にも大食い競争や灼熱の鉄風呂に入るなど様々なバリエーションがあるとしています。
降伏論との戦い、灼熱の火計。
◆27.発見・認知
真の主人公の方が、ミッションの達成者であると認識されます。これだけでも、十分に主人公が自分の英雄的行為を証明できますが、ここで『17.徴づけ』の機能が伏線として意味を持ってきます。
主人公が身体に傷を付けられていた、あるいは王女のハンカチを持っていれば、それこそが主人公が、真の主人公だという証拠になるのです。
孫氏は、袁術の後継政権となる資格があるか。ぼくは、「17 徴づけ」を政治的なこととした。「孫氏に、揚州を任せたい」という豪族や郡臣たちの判断が、この「発見・認知」にあたる。
◆28.正体露見
ニセ主人公あるいは敵対者(加害者)の正体が露見します。多くの場合、主人公の発見・認知に関連して、ニセ主人公の正体が明らかになります。また、ニセ主人公が真の主人公に化けていた場合は元の姿に戻ります。
曹操は、赤壁に敗れた後、漢の忠臣ではなく、魏の建国者として振る舞っていく。つまり、袁術と同類の悪者であることが、バレてゆく。曹丕は、袁術とたいして変わらないことをやる。
◆29.変身
主人公に新たな姿形が与えられます。
これには以下のようなバリエーションがあります。
・主人公が美しい若者姿に変わる。 ・新しい衣装を身につける ・主人公が素晴らしい宮殿を建てる
いきなり年代が飛びますし、史実と意味が変わりますが……、構造的には、「漢の忠臣であることが認められ、呉王になる」ことが期待されます。
◆30.処罰
ニセ主人公や敵対者が罰せられます。これにより勧善懲悪が表現されます。
昔話の形態としては、孫権が曹操をこらしめる。しかし、史実からイタズラに遊離しても仕方がないので、プロップから距離を置かざるを得ません。
◆31.結婚
主人公は助けた娘と結婚します。また、助けた相手が王女である場合は即位することもありえます。これにより、物語は真のハッピーエンドを迎えるのです。
孫権が、天下を統一して、「漢の祭祀の継承者として、呉帝となる」ことが期待されます。史実は、こういうハッピーエンドとなりませんでした。
最後のほうは、史実から離れてしまいましたが(物語にするときは、プロップよりも史実に従いますが)不思議なほど、符合している。むしろ、呉の建国神話は、プロップが分析したところの、物語の構造論と共通のプラットフォームのうえに形成されたのではないか、という気がしてくる。
構造主義って、そういうふうに思わせる学問です。はじめに書いたように、「ほら、一致する!すごい」と言うのは、この記事だけで充分。そうではなくて、プロップから輸入して、呉の建国神話を豊かにすることが目標。『呉志』だけでは分からない孫策の物語を、もっと魅力的に、おもしろく、人類に共通した「物語を楽しむ心」に働きかけられるように、アレンジする。
そういう作品が描けそうなら、書いてみたいです。まずは、プロップの訳書に目を通さないと。151125閉じる
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