読書 > 李卓吾本『三国演義』第20回の訓読

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第20回上_曹孟徳 許田に鹿を射る

劉備・関羽が、張遼を助ける

曹操 剣もて下す。玄徳 臂膊を攀住す。雲長 面前に跪く。
玄徳曰く、「此ら赤心の人なり。正に留むるを容す可し」
雲長曰く、「関某 素より知る、文遠の忠義の士なるを。吾 性命を以て之を保たん」
操 剣を擲げて笑ひて曰く、
「我も亦 知る、文遠の忠義を。故に戯るるのみ」
曹操 親自ら遼の縛を釋き、自ら衣穿を与へて曰く、
縦使し吾が妻子を殺すとも、亦 讐を記さず」
遼 遂に操に降る。遼に拝せしめ中郎将と為し、爵は関内侯を賜ふ。

張遼をして臧霸を招安せしむ。
霸 呂布の已に死し、張遼 投降するを聞き、遂に本部の軍 数百人を引きて操に降る。操 皆 金帛・衣服を賜る。
臧霸 亦 孫観・呉敦・尹礼を招安し、来降せしむ。独り昌狶のみ未だ帰順するを肯ぜざる有り。操 臧霸を封じて瑯琊相と為し、孫観ら各々加官し、青徐の沿海の地面を守らしむ。

劉備が許都で、天子に会う

操 呂布の妻小并びに貂蟬を将て、載せて許都に回す。尽く銭帛を将て、三軍に分犒す。操 下邳を離れ、許都に還る。路に徐州を過ぐるに、百姓 香を焚き道を遮ぎり、
「劉使君を留めて牧と為せ」と請ふ。
操曰く、「劉使君 功労 大なり。必ず当面、君〈天子〉に見ゆ。畢はりて回りても、未だ遅からず」
百姓 叩謝す。

操 馬上に玄徳を顧みて曰く、
「公の朝するを待ち、畢はりて徐州に還るとも、未だ遅からず

伏線なのか?思いつきなのか?

玄徳 操に称謝す。
車騎将軍の車胄を喚び、権りに徐州を領せしむ。

大軍 許昌に回す。出征する人員 各々官に封ぜられ賞を賜まる。玄徳を相府に留め、左近の宅院にて歇定す。
次日、献帝 朝を設く。操 玄徳を引き、帝に見ゆ。玄徳 朝服を具へ、地下に拝舞す。
帝 宣し、〈劉備に〉上殿せしむ。操 前功を奏す。
帝曰く、「卿の祖 何なる人か」
玄徳 覚えずして涙下す。
帝 驚き問ひて曰く、
「卿 何ぞ傷感する」
玄徳曰く、「適々聖問を蒙り、此に因り傷感す。臣の先祖・宗支 乃ち是れ中山靖王の後なり。漢の景帝閣下が玄孫の劉雄の孫たる劉弘の子なり。
先祖の劉貞 涿鹿県の陸城亭侯に封ぜらる。此因り家縁 流落す。臣 先祖を辱しむる有り。下涙する所以なり」
宗族の世譜を取りて檢看し、宗正卿をして宣読せしむ。
漢景帝生十四子第七子乃中山靖王劉勝勝生陸城
亭侯劉貞貞生沛侯劉昻昻生漳侯劉禄禄生沂水侯
劉恋恋生欽陽侯劉英英生安国侯劉建建生広陵侯
劉哀哀生膠水侯劉憲憲生祖邑侯劉舒舒生祁陽侯
劉誼誼生原澤侯劉必必生頴州侯劉達達生豊霊侯
劉不疑不疑生済川侯劉恵恵生東郡范令劉雄雄生
劉弘弘不仕劉備乃劉弘子也

文の構造が単純なので、分かりますね。


帝 世譜を排せば、乃ち帝の皇叔なり。帝 亦 下涙し、請ひて偏殿に入らしめ、却りて叔姪之礼を敘す。
帝 暗かに思ふ、
「曹操 権を弄び、国務の大事 分毫も朕の主るに由らず。今、此の英雄の叔皇を得たり。天 路を指すなり」
帝 宴を設け之を待す。曹操をして官職を議定せしむ。操 玄徳に左将軍の職を拝せしめ、宜城亭侯に封ず。
玄徳 拝して謝恩し、畢はりて朝を出づ。
此れ自り皆 称して「劉皇叔」と為す。

曹操が狩りを企画する

操 府に回るや、荀彧ら一班児の謀士 操に入見して曰く、
「今、天子 劉備を認めて皇叔と為す。主公に益無きを恐れんか」
操 答へて云はく、
「玄徳 吾と結びて昆仲と為る。安にか外向を肯ずるや」
劉曄曰く、「吾 玄徳を観るに、世の傑士なり。池中の物に非ざるなり
操曰く、「好みて亦た交はること三十年、悪みて亦た交はること三十年。好悪 吾 自ら意を主る有り」
是に于いて操 玄徳と、出づれば則ち同輿し、坐せば則ち同席す。美食 相ひ分け、恩は兄弟の若し。

劉備と曹操を、兄弟に例えるか!

程昱 入りて操に説きて曰く、
「今、呂布 已に滅し、天下 震動す。王霸を行なふ可きの機ならんや」
操曰く、「不可なり。朝廷に股肱 尚ほ多し。未だ宜しく軽挙すべからず。吾 天子に請ひて田猟して、以て動静を観ん
昱曰く、「丞相の意、深く見る可きなり」

一日、操 良馬・名鷹・俊犬を揀選し、弓矢 俱に備へ、先に令して兵を城外に聚む。
操 入りて天子に田猟せんことを請ふ。
帝曰く、「田猟 正道に非ざるを恐れんか」

操曰く、「古の帝王 春に蒐し、夏に苗し、秋に獮し、冬に狩す。四時に出郊し、以て武を天下に示す。今、四海 擾攘するの時なり。若し田猟に出づれば、其の利 四に有り。
陛下 久しく深宮に処し、神力 疲倦す。弓馬の間に馳騁し、神を爽し体を暢せ。其の利の一なり。武を耀かせ威を揚げて、以て四方に示せ。其の利の二なり。軍 閑せば則ち困す。困せば則ち疾を生じ、奔走するとも逸無し。其の利の三なり。天子自り公卿に至るまで、射を習はずして以て力を生む可からず。其の利の四なり」

許田で狩りをする

帝 即ち逍遙馬に上り、雕弓・金鈚の箭を帯ぶ。鑾駕を排して城を出づ。玄徳 関張と与に各々弓を彎び箭を挿す。内に掩心を穿ち、甲 各々兵器を持し、数十騎を引き、鑾駕に随ふ。許昌を出づれば、百姓 関張の背後に在るを看て、人馬・兵器 奇を称へざる無し。
爪黄飛電馬に騎り、十万の衆を引きて、天子と与に許田に猟す。操 軍士をして週囲して排せしむること、二百余里なり。操 天子と与に、只だ一に馬頭・背後を争ふ。
都て是れ操の心腹の人なり。文武・百官 遠遠と侍従し、誰か敢へて近前せん。各々一付の弓箭を帯ぶ。惟だ天子 雕弓・壼中を帯ぶ可し。挿す所の箭 各々号帖有り。惟だ天子 金鈚の箭を用ふ。

当日 献帝 馬を馳せ許田に到る。劉玄徳 起ちて道傍に居り。
帝曰く、「朕 皇叔の今日 射猟するを看んと要す」
玄徳 射畢はり、上馬す。忽ち見る、草中に一兎の赶起するを。帝 玄徳をして之を射しむ。一箭 其の兎に正中す。帝 亦 称賀す。玄徳 拝謝し上馬し、土坡に転過す。
忽ち見る、荊棘の叢中より一隻の大鹿を赶出して、正中す。帝 三箭を連射するも中らず。帝 操を観て曰く、
「卿 之を射よ」
操 就討し天子の雕弓の金鈚箭もて扣満し鹿背に正中す。草中に倒る。衆の群臣・将校 皆 謂ふ、「天子 射中す」と。踴躍して来り、同に万歳を呼ぶ。曹操 縦馬して来り、天子の前を遮りて、以て之を迎当す。衆 皆 色を失す。

玄徳の背後に、雲長 大怒す。臥蚕眉を剔起し、丹鳳眼を睜開し、提刀し拍馬して、便ち出でて曹操を斬らんと要す。
玄徳 其の意を会し、手を搖し目を送り、出でしむを肯ぜず。関公 乃ち仁義之のなり。兄の此の如きを見て、便ち敢へて動かず
操 独り玄徳を視る。玄徳 慌てて欠身し称して曰く、
「丞相の神射 世の罕及なり」
操 笑ひて曰く、「是れ天子の洪福なるのみ」
〈曹操は〉馬上、天子を賀して罷む。雕弓を還さず、就ち之を懸帯す。老臣 嗟呀せざる無し。塲を囲み已に罷み、許田に宴す。天子 是より促帰し、駕 許都に回る。

各自 帰して歇む。
玄徳 雲長に曰く、「汝 今日、何ぞ躁暴するや」
雲長曰く、「君を欺き上を妄すの賊なり。某 実に容し難し。国家のために害を除かんと欲す」

天子の弓矢を借りて狩りをするのは、曹操の実際の四方討伐を象徴している。その万歳を曹操が受けるとは、四方討伐の功績を天子に対する功績ではなく、曹操自身の天=民に対する功績と読み換えて、自身の王朝を開くことにつながる。

兄よ、何ぞ之を止む」
玄徳曰く、「鼠に投げて器を忌むなり。操 姦計を起し、自ら天子に奏し、許都に出でて囲猟す。帝を将て時時に窺ひ視る。帝と相ひ離ること一馬の地なり。其れ他の心腹の人 週廻し、遠近に囲侍す。爾 豈に知らざるや。吾 弟の怒を観て、急ぎ之を止むは何ぞや。乃ち操を見るに、心腹の賊なり。牙爪の数 多し。倘し大事を失して未だ成功せざれば、天子を傷つくる有り。罪 反りて我らに坐すなり。吾 故に之を止む」
雲長曰く、「今日 姦雄を殺さざれば、操 大哥に賊たり。你 看よ、後に必ず禍ひ有らん」
玄徳曰く、「宜しく之を秘して、話下に在らざれ」

献帝が伏完に助言される

却説 漢の献帝の駕 許都に還り、宮室に帰る。晩に至るまで伏皇后に泣訴して曰く、
「憐れむ可し。朕 即位して自り以来、姦雄 並起す。先に董卓の殃を受け、後に傕汜の乱に遭ふ。常人 之の苦を受けず。吾 汝輩と与に之に当る。得て見る、曹操 以為へらく社稷を重扶するの臣と。今、国政を独専す。此の賊 平生に奸計 多く、端に権を専らにし国を弄び、分毫も朕躬に由らず。殿 上に之を見るに、芒剌が若き有り。今 塲を囲ひ、上身 譟を迎呼し、早晩 図謀し、必ず天下を奪ひ、臨期に至らんと欲す。吾が夫婦 未だ死の何処なるを知ず」
伏皇后曰く、「公卿の子孫 四百余年、乃ち漢禄を食む者には、股肱の力を效して国難を救ふもの 竟に一人も無きや
言ひ訖はり、夫婦 共に宮中に哭す。

未だ畢はらざるに、忽ち一人 外自り殿に入りて曰く、
「汝ら夫婦二人 憂ふ休れ。吾 一人を你ら夫婦に挙げ、害を除きて以て国家を安んじ、以て社稷を保つ」
帝 之を視るに、乃ち是れ伏皇后の父、皇丈の伏完なり。帝 掩涙して問ひて曰く、
「皇丈 朕が腹中の事を知るや」
完曰く、「許田の射猟の事、誰ぞ見ざる。操賊 天下を奪ふの心有り。真に乃ち是れ趙高なり
帝曰く、「満朝の中、操の宗族に非ざれば則ち門下に出づ。誰ぞ尽忠を肯じて賊を討つや」
完曰く、「若し国戚に非ざれば、敢へて相ひ告げず。老臣 権無く、此の事を挙げ難し。車騎将軍の国舅の董承なれば、可なり
帝曰く、「舅氏 多く国難に赴く。朕 躬ら素より知る、宣して入内せしめ、共に大事を議す可きと」
完曰く、「陛下の左右 皆 操賊の心腹なり。倘若し一たび泄るれば、禍と為ること軽からず。臣に一計有り。董国舅をして尽力せしめ、駕を保つ可し」
其の計 如何に。且聴下回分解。141112

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第20回下_董承 密かに衣帯の詔を受く

董承に密詔する

伏完曰く、「陛下 衣一領を製る可し。玉帯の一條を取り、暗かに董承に賜へ。帯襯の内に一密詔を縫ひて以て之を賜ふ可し。〈董承に〉家に到りて此を見しめよ。昼夜を以て之を策く可し」
帝曰く、「然り」
伏完 朝を出づ。

帝 自ら一密詔を作り、指尖を咬破し、血を以て之を写す。伏皇后をして玉帯の紫錦襯の内に縫はしむ。自ら錦袍を穿ち、自ら玉帯に繋ぐ。

伏皇后との共同作業でした。

内史をして董承に宣せして入れしむ。承 帝に見へ、礼 畢はる。
帝曰く、「朕 躬づから夜来、后に霸河の苦を説き、舅の功を論ず。朝夕 朕に伴せるを思慕す。宮中 散心し閑歩す」
承 頓首して謝す。

帝 承を引き殿を出で、太廟に到る。功臣閣に転上し、内に供具を設く。帝 香を焚き、拝し畢はり、承を引き、画像を観る。
中間の画 漢の高祖の容像なり。二十四帝 両邉に繪す。帝 指して問じょて曰く、
「吾が祖 何なる人や」
承曰く、「乃ち陛下 開基し創業す、漢高祖皇帝なり。 何ぞ識らざると為すや
帝曰く、「吾が祖 身を何地に起し、如何に創業するや」
承 大驚して曰く、「陛下 臣に戯るるや。聖祖の事 安にか得て知らざる」
帝曰く、「卿 試しに之を言へ」
承曰く、「高皇帝 泗上亭長自り起ち、三尺の剣を提げ、乃ち白蛇を㟐碭山中に斬り、義兵を起こして四海に縦横す。三載にして秦を亡し、五年にして楚を滅ぼし、四百年の大漢を成し、天下に万世の基業を立す」
帝 歎じて曰く、「祖父 此の如き英雄なるとも、子孫 此の如く懦弱なり。何ぞ大いに損益して同じからざる」
承曰く、「高皇帝 英雄の君たるは、不世出なり」

帝 左右の輔を指して曰く、「此の二相 何なる人にて、吾が祖の側に立つや」
承曰く、「上首は乃ち留侯の張良、下首は乃ち鄼侯の蕭何なり」
帝曰く、「此の二人 何なる功にて側に立つ」
承曰く、「開基創業、実に二人の功に頼る。張良 帷幄の中に運籌し、千里の外に決勝す。蕭何 国家を鎮し百姓を撫し、糧餉を給して糧道を絶たず。高祖 常に念ず、其の徳を」

帝曰く、「卿 社稷の臣なり。正に配享に当たるべし
帝 左右を回顧し、遠を較し、密かに承に曰く、
「卿 当に朕躬の側に立つべし」
承曰く、「臣 寸功も無し。何を以て此に当つるや」
帝曰く、「朕 西都に救駕するの功を想ふ。未だ嘗て少しも忘れず。卿に贈るを為すに、当衣する此の袍繋・此の帯にあらずんば無し。常に朕の左右に在る〈と意識することを〉を欲す」
帝 袍帯を解きて之を賜ふ。
帝 密かに語りて曰く、「卿 仔細 之を観る可し。朕の意に負く勿れ」
承 拝謝す。袍繋帯を穿ち、帝に辞して下閣す。

曹操が董承をさぐる

早く心腹の人有り、操に報じて曰く、
「今 帝、董承と与に功臣閣に登り、説話す」
操 速かに入朝し、虚実を看る。
承 閣を出で宮門を過ぐ。操 正に来り、急ぎ躱す路無く、路側に立つ。慄然、施礼す。操 問ひて曰く、
「国舅 何こに往く」
承曰く、「適々天子の令を蒙り、宣して以て錦袍・玉帯を賜ふ」
操 問ひて曰く、「何の縁故有りて、衣帯を賜与す」
承曰く、「某 旧日、西都に駕を救ふの功に因り、故に此に之を賜ふ」

操曰く、「帯を解け。吾に看しめよ」
承 帝の動静を見るに因り、是れ密詔なるを疑ふ。操の看破し、乃ち艱難の状を作すを恐る。操 左右を指し、急ぎ解きて下来せしむ。操 看了はりて大笑して曰く、
「果して然り。是の條、好き玉帯なり。再び錦袍を脱下し、借して看しめよ」
承 心中 畏懼し、敢へて従はざるにあらず。遂に脱ぎ献上す。操 親自ら手を以て提げ、裏面を起し、日影の中に望す。細詳 之を看る。看畢はり、身上に穿き、玉帯を繋ぎ、左右に回顧して曰く、
「長短 如何」
左右 美を称ふ。操曰く、
「吾に之を穿かしめよ。別に回賜有り」
承 告げて曰く、「君恩 軽んず可からざるなり」
操曰く、「汝 此の衣帯を受く。其の中に謀有ること非ざる莫きや」
承 急ぎ答へて曰く、「小人、焉ぞ敢へてするや。承 万死に当る。丞相 如し要せば、便ち当に留下すべし」
操曰く、「汝 君に賜を受く。吾 何ぞ之を奪ふ。故に相ひ戯るるのみ
操 遂に袍帯を脱ぎ、承に還す。

董承が密詔を見つける

承 操に辞して家に帰到し、袍を将て仔細に反覆す。看了はり、並せて一物も無し。承 思ひて曰く、
天子 目を以て我に送り、手を以て我を指す。必ず意有るのみ。今、裏外 踪跡を見ざるは何ぞや」
是の夜、寝に能はず、尋いで思ふこと良に久し。
承曰く、「尚ほ玉帯有り、其の面を観る可し」
乃ち是れ白玉の玲瓏碾なり。小龍の穿花を成し、背に紫錦を用ひ襯と為す。其の故を知らず、卓上に展転し、之を尋ぬ。覚えず疲倦して几に伏して寝ぬ。
忽然、燈花 帯鞓の上に卸落し、背襯を焼く。承 驚き醒めて之を視るに、一処を焼破す。微かに素絹を露はし、隠れて血跡を見る。故に刀を取りて折開し、之を視る。乃ち密詔なり。
承 大駭す。

詔に曰く、
「朕 聞く。人倫の大なるは父子 先と為す。尊卑の殊なるは君臣 重と為す。近くは操賊 閣門に出自し、佐輔の階に濫叨し、実に欺罔の罪有り。党伍を結連し、朝網を敗壊す。勅賞・封罰 皆 朕の意に非ず。夙夜 憂思し、天下の将に危からんとするを恐る。
卿 乃ち国の元老なり。朕の至親なり。高皇 創業するの艱難を念ふ可し。忠義・両全の烈士を糾合し、姦党を殄滅せよ。社稷を復安し、暴 未だ萌さざるを除け。祖宗 幸甚、愴惶と指を破りて詔を書し、卿に付す。再四 之を愼す。負くこと有る勿れ。建安四年、春三月、詔す」

董承 覧じ畢はり、涕涙 交流す。寝食 皆 廃れ、行坐するとも安ぜず。心中 煩惱し、哀憐して已まず。袖中に蔵して独歩し、書院の中に至る。詔を将て再三 観看るに、計の施す可き無し。
詔を将て几上に放き、自ら滅操の計を思ふ。忖量 未だ定らず。

董承の密詔を王子服が見つける

几に伏して盹す。将に半晌に及ばんとするに、忽ち侍郎の王子服 至る。門吏 敢へて阻まず。
子服 素より董承と極めて厚し。竟に書院に入り、承の几に伏して醒めざるを見る。

董承は、よく居眠りする。居眠りして密詔を見つけ、また居眠りして協力者を得る。寝る系のキャラなのだ。

袖底に素絹を圧着するも、微かに「朕」字を露はす。子服 之を疑ひ、黙りて手に取り、袖中に蔵す。
遂に大叫して曰く、「你 好に自在に倒睡す」

ワッと脅かすあたりは、笑劇である。

承 驚き覚め、詔書を見ず。魂 体に附かず、手脚 荒てて張る。
子服曰く、「汝 曹公を殺さんとす。吾 当に出でて首せん」
承 泣きて告げて曰く、
「若し兄 此の如くんば、漢室の宗親 並せて皆 休す」
子服曰く、「吾 汝に戯るるのみ。吾が祖父 累ねて漢禄を受く。安にか之に負くに忍びん。吾 汝を助けんと願ふ。一臂の力もて共に国賊を誅す」
承曰く、「誠に此の心有らば、国の大幸なり」
子服曰く、「密室に当り同に義状を立て、各々三族を捨てて本と為し、以て漢君に報ゐん」
承 大喜して、白絹の一幅を取り、先に名を書し字を画す。子服 亦 即ち名を書し字を画す。書き畢はり、子服曰く、
将軍の呉子蘭 吾と至厚なり。之に説かば、必ず同力し賊を滅せん」
承曰く、「満朝の大臣 惟だ長水校尉の种輯有り。呉碩 是れ吾が心腹の人なり。必ず能く順はん」

种輯と呉碩が加わる

正に商議するの間、家僮 入りて報じて曰く、
「种輯・呉碩 来探す」

タイミングが良すぎるな。

承曰く、「此れ天助なり」
子服をして屏風の後に隠れしめ、暫く之を避く。承 接して書院に入り、坐して茶す。畢はるや、輯曰く、
「田猟 回来し、君 恨を懐くや」
承曰く、「怨恨有ると雖も、奈何にす可き」
碩曰く、「若し協助有らば、吾 此の賊を殺さんと誓ふ」
种輯曰く、「国家のために害を除かば、死に至るとも怨み無し」

王子服 屏風の後従り出でて曰く、
「汝二人 曹丞相を殺す。国舅 便ち是れ證見なり」
种輯 怒りて曰く、「忠臣 死を怕れず。死を怕るれば忠臣なり。吾等 死して漢鬼と做らん。你の似き阿党にあらざるなり」
承 笑ひて曰く、「吾等 正に此の事を謂ひ、二公に見せんと欲す。今天、願ふ使 必ず酧せん」
董承 袖中より詔を取出し、輯・碩 之を観る。二公 下涙す。
輯曰く、「何ぞ早く之を図らざる」
承 遂に名を書すを請ふ。
子服曰く、「只だ此れ少なくして待つ。吾 呉子蘭に請ふ。子服 去きて時を多くせず二人 並せて入る」
蘭 名を書す。承 後堂に邀ひて会飲す。

馬騰がくわわる

忽ち報ず、西凉太守の馬騰 相ひ探すと。
承曰く、「只だ推せ、我 病にして接見する能はずと」
門吏 回りて報ずるに、騰 大怒して曰く、
「我 夜に東華門外に来り、他〈董承〉の錦袍・玉帯を見る。何が故に病を推すや。吾 餔餟を為すこと非ずして来る。一面を見て西凉州に回らんと欲す。何ぞ太だ薄情にして、我を外にし、門吏 又 備言を報ずるや」
騰 怒る。承 起ちて曰はく、
「諸公 少しく待て。暫く容る」
承 出づ。

承 速やかに𠫇に接上し、礼 畢はり、坐 定む。騰曰く、
「騰 西番と為り、時せず入寇す。特来、朝賀し、就ち因り人馬を添助せんとす。今、回らんと欲し、国舅の大老元臣なるを想ひ、故に来りて相ひ辞す。何ぞ相ひ軽ずるや
承曰く、「賤軀 痼疾なり。失有りて接待せば、罪を負ふこと山海の若きなり」
騰曰く、「面に春色を帯び、病ひ有るに非ず」 承 答ふ可き言無し。騰 袖を拂ひて便ち起ち、嗟嘆して階を下りて曰く、
「皆 柱石の才に非ざるなり」
承 騰の言を見て感動し、再拝して坐に回り、問ひて曰く、
「公 何なる人を笑ひて、柱石の才に非ざるとするや」
騰曰く、「田猟の事、吾 尚ほ気は肺腑に満つ。汝 乃ち国舅・近戚なり。猶ほ自ら酒色に𣨼して報本を思はざるや。安にか得て皇家為の柱石の才なるか」
承 詐はり〈馬騰による引っかけ〉を恐れ、故に歎じて曰く、
「曹丞相 乃ち樑棟なり。吾 何ぞ能く焉に及ぶや」

騰 大怒して曰く、
「汝的 曹賊を以て正しき人と為すや」
承曰く、「耳目 較近なり。公に請ふ、声を低くするを」
騰曰く、「生を貪り死を怕るるの徒、以て大事を論ずるに足らず」
又 身を起さんと欲す。承 言を緩めて、騰 果して忠義なるを相探す。承 曰く、
「公に一物を看るを請ふ。以て某の動静を見よ」
遂に騰を邀へ、書院に入りて、詔を取りて之をす。騰 毛髪は倒竪し、咬歯は嚼唇し、満口に血 流る。

馬騰は、いいキャラだなあ。董承に疑われ、本心を明かしてもらえず、ついに密詔を見たら、毛を逆立てて、みずからの唇を噛み破る。

騰曰く、「汝 若し内助の心有らば、吾 即ち西凉の兵を統べて以て外応と為る
承 諸公に請し、〈馬騰と〉相ひ見ゆ。義状を取出し、騰に名を書かしむ。騰 乃ち酒を取り血を㰱り、盟を為す。
騰曰く、「吾ら死を誓ひて負かず」

馬騰が劉備を推薦する

約する所 坐上に六人なるを指す。〈馬騰が〉言ひて曰く、
「若し十人を得れば、大事 諧へり」
承曰く、「朝中の大臣 忠義・両全の人を得るに少なし。若し其の人を得ざれば、則ち反りて相ひ害せらる」
鴛行鷺序を取る。騰 劉氏の宗族を檢到し、乃ち手を拍ちて言ひて曰く、
「何ぞ此の人と共に大事を商議せざる。必ず成れり」
衆 皆 問ひて曰く、「某ら未だ必ず人有らず。将軍 誰を用ひんと欲するや」
馬騰 其の言は如何に。且聴下回分解。
漢献帝の初平三年壬申歳に起し、献帝の建安四年巳卯歳に至す。首尾、共に七年の事実なり。141113

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