鄭玄の弟子、曹操の留府長史・魏郡太守の国淵伝
『三国志集解』を見つつ、国淵伝をやります。
鄭玄に師事した「国器」が、遼東でも学ぶ
国淵は、あざなを子尼という。楽安の蓋県の人。
銭大昕はいう。蓋県は、泰山に属す。楽安に属さない。おそらく「益」の字がおかしい。
趙一清はいう。『漢書』で泰山郡の蓋県と、北海郡の益県がある。字の形が似ているから、混同されたか。
ぼくは思う。だいたい、似たような位置だから、余計にわからん。
鄭玄に師事した。
ぼくは思う。国淵を「国器」って、言葉遊びじゃないのか。もう1人は「道徳あり」なんて、当たり障りのないことを。まあ、幼児を評価する言葉を、真剣に選んだりしなかろうが。
『鄭玄別伝』はいう。国淵が名を知られる前に。鄭玄は国淵をたたえた。「美才なり。必ず國器となる」と。
のちに国淵は、邴原、管寧とともに、遼東に避乱した。
劉虞、公孫瓚、袁紹の争いの被害者が、つまり河北の被害者が、遼東に行った。袁術、陶謙、曹操の争いの被害者が、つまり河南の被害者が、揚州に行ったのと、好対照である。
『魏書』はいう。国淵は、篤學好古。遼東では、つねに山巖で講學した。士人は、おおく国淵を推慕した。名を知られた。
投書に引用された『二京賦』から、筆者をあばく
太祖欲廣置屯田,使淵典其事。淵屢陳損益,相土處民,計民置吏,明功課之法,五年中倉廩豐實,百姓競勸樂業。
遼東から故郷にかえった。曹操に辟され、司空掾屬となる。公朝で論議するとき、つねに直言して正色である。退いて、私なし。
曹操は屯田をひろく置きたい。国淵に、屯田を典させた。国淵は、しばしば損益をのべ、土地に合わせて人民をおき、人民に合わせて吏人をおいた。功課之法を明らかにした。5年で、倉庫に穀物があふれた。百姓はきそって仕事した。
武帝紀の建安元年にひく『魏書』はいう。民をつのり、許県のもとで、屯田をした。この記述は、許県だけでなく、州郡に屯田をおいた事例である。
曹操が関中に征すと、国淵は居府の長史となり、留事を統べた。
洪飴孫はいう。留府長史は、1人。丞相が兵を領して出征したとき、留事を統べる。曹操が置いた。国淵田では「居府」と記す。
ぼくは思う。洪飴孫は、この列伝からだけ引いて、留府長史を説明している。新しい情報がない。ぎゃくに言うと、留府長史に関する雄弁な記述が、ほかの列伝にあまり出てこないということが、わかるな。
田銀と蘇伯が、河間でそむいた。田銀らをやぶると、国淵は余党1千余人を助命した。
賊を破った文書は、もともと賊の人数を10倍に表記するものである。だが国淵は10倍にしない。曹操が理由を聞いた。国淵が答えた。「外寇の場合、斬獲した人数を10倍に記すのは、武功を大きく見せ、民に示すためである。だが河間は、外寇でなく封域の内側だ。田銀ら、内地の反逆は、結果的には平定したが、反逆が起きたこと自体が恥ずかしい」と。
曹操はよろこび、国淵を魏郡太守とした。
ときに、誹謗する投書があった。曹操は気に病んで、投書した人を知りたがった。国淵が投書を見ると、『二京賦』からの引用がおおい。
ちくま訳では、「政治を」誹謗する投書と、文義を補っていた。
国淵は、功曹に命じた。
国淵はいう。「魏郡はすでに大きく、いま都輦がある。だが学問をする人が少ない。若者のなかから、学問の教師を探したい」と。功曹は3人の学問ある人を連れてきた。国淵は3人に『二京賦』に詳しい者に講義をさせ、文書を書かせた。投書とおなじ筆跡の人を見つけた。国淵が詰問すると、「私が投書しました」と白状した。
ぼくは思う。国淵が、鄭玄から直伝の学識をつかった仕事のうち、最高の成果がこれ。つまり、マイナーな書物からの引用を見抜き、学問ある人たちを計略で引っかける。学問する人に特有の「教えたがり」という性質を、逆手にとる。筆跡を比べるという、「文化的な」捜査方法で、不必要な拷問を回避する。
なんか、セコいなー。投書の内容を吟味して、必要であれば政治を改めろと提案する。これが、本当にやるべきことじゃないのか。魏郡太守のくせに、セコいよ!
太僕にうつる。九卿だが、衣食は質素。祿賜は、舊故・宗族に散じた。恭儉をもって自守した。卒官した。
『魏書』はいう。曹操は、国淵の子・国泰を、郎とした。
おしまい。鄭玄の六天説のごとき「思想」は、政治には役立ってない。もし六天説が政治に役立つなら、もっと国淵は、著作をもって褒められるべきだ。それを、学問で身につけた小手先のスキルで、実務を巧妙にこなした。曹操の、現実的なニーズ(屯田を増やしたい、叛乱を鎮めたい、誹謗した人を見つけたい)にばかり、ご奉仕した。やや賢い小役人である。
曹操の信頼はあつい。関中に遠征するときは、留守を任される。実質的な首都・魏郡を任される。曹操に重んじられるには、手先だけの人間がぴったりなのかな。
学問で名を知られ、鄭玄の弟子でも、この程度か。ガッカリした。120407