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『三国志』への宿題、王莽伝
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9)曹操への宿題
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やっとホームページの主題、『三国志』の話題です。
◆王莽を嫌うのが常識
三国時代に、過去の悪人を言うとき、
「王莽や董卓のような奴」
と言った。
王莽は(ぼくの考えでは)外交政策をミスっただけだ。だが後漢の劉氏によって、悪者に仕立て上げられた。前漢のニーズを受けて取り組んだ、他の業績まで全て否定された。
すでに書いたが、
禅譲というのは、もとは古典の中だけに出てくる、神話みたいなもの。王莽が命を注ぎ込んだ儀式。だが、
「王莽がやった」
というだけで、それは軽蔑すべき愚行となった。何代にも渡って、罵られ続ける。絶対に誰もやりたくない。
『三国志』に登場する人たちは、全員が後漢の子です。だから、漏れなく王莽が嫌いです。これが大前提。
◆漢の再々興
黄巾の乱に始まった戦乱は、次の劉氏の皇帝を探すというベクトルで動いた。三国ファンだと、
「三国に収束するベクトル」
を探したくなるのだが、そんなものは、ない。
漢は永続すべき国だ。後漢末が生きづらかったなら、また御前ディベート大会を開いて、新しい儒学の教説を作れば宜しい。これが平均的な諒解事項だったと思う。
董卓が劉協を担ぎ、袁紹が劉虞を担ぎ、劉焉・劉表・劉繇が州牧として力を蓄えた。曹操は劉協を保護して、袁紹に対抗した。
曹操が、中原で勝った。王莽や後漢の反省を踏まえて、念入りに北伐をやった。曹操その人は、元気のない荊州を接収したら、劉協を前面に立て、お役御免だと思っていただろう。
曹操は、誰よりも強く、
「漢は永遠だ」
という信念を持っている。お祖父ちゃん子なんだろう、きっと(笑)
◆成らない統一
だが、江東を開発した孫権が屈服を拒み、赤壁で曹操は敗走した。 江東は、次の南北朝時代の主役になる場所で、古代帝国では領土の勘定に入っていなかったところだ。
曹操は古い人間だから、
「あれ?おかしい。新時代なんか来るわけないよなあ」
と確かめるために、合肥に何度も出兵した。だが、孫権が降ってこない。戸惑ったでしょう。
「曹操さま、わが陣営の求心力が落ちております」
曹操は、新しい価値観を創らねばならない。儒教と対立を深めたのは、赤壁のあとだ。
もたもたしていると、劉備が益州に潜り込み、
「我こそは、漢中王」
と、劉邦を踏まえた称号を言い出した。いちばん新しい孫権と、いちばん古い劉備を、両面に抱えなければならなくなった。
◆王莽に似てきた
黄巾や董卓以来、バラバラになった中原をまとめたのは、曹操だ。漢の改革者として、誰もが功績を認める「丞相」だった。 これは確実。
だが、揚州と益州を軍事的に征圧できなかったせいで、求心力のあり方に変質を求められた。
臣下が連名で訴えた。
「孫権や劉備の手下が自称している官位の方が、我ら(曹操の臣下)の官位より、高いんです。不満に感じています。ためには、まず君主である曹操さまの位を上げて、臣下の上がりしろを作って下さい」
と言われた。 曹操は押し上げられて、魏公と九錫を受け、魏王になった。
なんだか、王莽に似てきた。 なんてこと、、
王莽は漢臣として、とても忠実だった。やるべきをやっているうち、どんどん偉くなった。漢帝は、幼弱だった。主体であるべき漢帝の影がかすみ、王莽の影が濃くなった。王朝を乗っ取るために働いたわけじゃないのに、状況としては乗っ取りに等しくなった。
引退するか?
王莽には、高い理想があった。だから、途中で投げ出すことは出来なかった。曹操も同じで、ここで曹操が降りてしまったら、中原は再びゼロから殺し合いだ。退けない。
ああ、王莽に似てきたなあ。後漢に生まれた全員が、ダニよりも毛嫌いしている王莽に、曹操は似てきた。
孫権には、
「あなたが皇帝になるなら、私は臣従してもいい」
と言われた。つまり、
「あなたが王莽と同じ愚行をやるなら、笑う準備がある」
と言われた。
「オレを火の上に座らせるつもりか」
曹操は吐き捨てた。曹操は、知っている。以前に火の上に座ったのは、王莽だ。王莽は、
「火徳の漢王朝を継ぐ私は、土徳の黄色をテーマカラーにする」
と定めた。王莽は、焼き尽くされて、死んだ。。
曹操が新しい国を建てるなら、また土徳の黄色だ。おそろいだ。
もっとも漢に忠節を誓い、イコールでもっとも王莽を嫌う曹操は、これ以上ない苦境に立たされた。 百歩譲って、王莽を悪む気持ちを消したとして、魏王朝はどうやれば成功できるだろうか。それも分からない。
◆王莽から曹操への宿題
進退窮まった、曹操。
曹操は、国外で孫権と劉備と張り合い、国内では、自立心の旺盛な名士たちを抑えねばならない。孫権と劉備を攻め殺すことができないし、名士が純朴な良民に戻ることもない。
曹操は、魏王だ。上には皇帝しかいない。 曹操は強く、劉協は弱い。 いくら功績が大きな曹操が、臣下の推戴で即位したとしても、驕慢な「放伐」にしか見えない。漢帝国を慕う心は、計り知れないのだ。王莽のやったことを、民族の負の記憶として、魂に刻んできた人たちだ。 だから曹操にとって、ふつうのやり方による皇帝即位は、下策だ。また、曹操の漢臣としての価値観からしても、絶対に出来ない。
頼みの綱は、1つだけ。
王莽は古典から復元した「禅譲」だ。
「平和裏に、異姓の有徳者に帝位を渡す」
というロジックが組まれているから、使い方によっては、今の苦境を一気に挽回できる。
すなわち、
孫権と劉備を立ち枯れさせ、名士の支持も取り付け、曹操の立場も安定する。さあ、どうする。いつ、どうやって、この1度しか使えない魔法の呪文を唱えるんだ。
この難問に挑戦するプロセスが、三国ファンを魅了するのでしょう。曹操が苦しめばこそ、三国鼎立というアンバランスが、何十年も続いたんだろうしね。
「柔軟に発想し、禅譲を成功させてみよ。さもなくば、曹氏は滅びるしかないし、この国の万民も苦しみから解放されないよ」
これが、王莽から課された、曹操が解くべき宿題でした。曹操は、自らは王位のまま死ぬというクッションを置いたものの、魏王朝は長続きせず・・・及第点を取れたのかは微妙ですね。
漢への信仰、易姓革命が秘める暴力性が、妨げに成りました。古代は終わりが近いよ。。090623
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このコンテンツの目次
『三国志』への宿題、王莽伝
1)永遠の漢帝国
2)儒教が生み出す「永遠」
3)王莽の強みは語学力
4)平帝を毒殺していない
5)背理法の苦しみ
6)禅譲は、改革の延長
7)禁忌、異民族政策
8)光武帝は簒奪者だ
9)曹操への宿題
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