表紙 > 考察 > 日本人は、劉備の血筋を重く捉えすぎている

01) 日本人は、世襲が大好きだ

「劉備は、漢室の末裔だ」
三国ファンが、全員知っていることです。
しかしぼくらは、日本人の価値観に引きずられて、劉備の血筋の意味を、重く捉えすぎていないか。史実の劉備本人をはじめ、諸葛亮ら蜀漢の臣下たちは、劉備の血筋をもっと軽く思っていたんじゃないか。ぶっちゃけ、どうでも良かったんじゃないか。

あくまで、ぼくの仮説です。思いつきです。

日本人としてのバイアスを除くことを、このページの狙いとします。

日本人は世襲が大好き

本郷和人『天皇はなぜ生き残ったか』新潮新書2009
を読みました。東大の日本史の先生の本。

出版されて10ヶ月の本なのに、ブックオフで100円で買ったというのは、内緒です。
この本の1章の書き出しは、
「大好きな三国志の話から始めよう」
です。「大好き」なら、三国志を研究したらいいのになあ (笑)

今回注目したいのは、43ページ。なぜ古代日本は、中国の科挙を導入しなかったか。
本郷氏曰く、日本人は、世襲になじみがあるから。科挙で人材を募らず、世襲の貴族に高位を継がせた。
日本人は官僚を叩き、世襲に寛容だ。この国民性は、今日でも変わらない。世襲の国会議員を当選させつつ、官僚を熱心に批判する。

本郷氏は、今日の話題を持ち出した。うまいです。
日本人は「官僚は腐敗しているか」「世襲議員は有能か」などをチェックする前から、褒めたり貶したりしがちだ。


中国では、科挙に合格すれば、誰でも高級官僚になれる。しかし、数代で没落してしまう。秀才は世襲できないから。
日本で「祖父のときから、3代続けて東大卒」という家は珍しい。

と、東大の先生が言うなら、そうなのだろう。

まして科挙は、東大に入るより7.5倍難しいので、代々科挙に合格した家柄は、ほぼ現れない。
・・・本郷氏からの引用は以上です。

中国では、家の記憶が断代している?

科挙が始まった隋代以前の中国も、本郷氏の指摘と同じだ。 政治家は、数代で没落することが多かった。政治家だけじゃなく、皇帝の家まで没落するんだ。

ぼくらも「大好き」な三国時代しかり。

俗に「貴族制が確立した」と言われる、六朝時代だって、高官を輩出し続ける家は、実はほぼゼロだ。

どの家が貴族なのかと、『後漢書』『三国志』『晋書』『宋書』を見比べた。つねに列伝を立ててもらう直系家族は、ほぼゼロだ。


中国人は1つの家が、栄え続けることを、そもそも期待していないはずだ。だって実績がないんだもん。無理なことは望むまい。
袁紹は「名家」と持てはやされるが、たかが4世だ。日本史と比べたら、万世一系と称する天皇家を除外しても、新興勢力だ。

中国の歴史書は、王朝ごとに1冊作られる。
「断代史」
と呼ばれているんだが、家族の記憶も同じように、途中でプツンプツンと千切れているんじゃないかなあ。この件について、直接聞いたわけじゃないから、確信はありませんが。
また、中国人が「そんなことない!」と言ったとしても、ぼくは日本人との比較でそう言っているのだから、検証がかなり難しい。
古代の中国人と、現代日本人。両者の家系に対する考え方を、素肌感覚のレベルで理解しなきゃ、比較の答えが出ないから。

中国は日本より、「姓」に無頓着かも知れない

日本は中国と比べると、姓の種類が多い。逆に言えば、同じ姓の人が少ない。ゆえに姓が、ひとつの個性となる。
姓が細かく分類されているから、姓で、先祖を特定できると期待する。「苗字の由来」みたいな本が、飽きずに本屋に並んでいる。

中国は、日本より姓が少ない。時代も出典もいい加減な数字で恐縮ですが、19の姓で、人口のほぼ9割をカバーするらしい。

19とは、李、王、張、劉、陳、楊、趙、黄、周、呉、徐、孫、胡、朱、高、林、何、郭、馬です。
三国志に置き換えても、だいたいイメージが合うと思う。


ぼくの想像ですが、ここまで姓が集中していると、中国では、姓のプレミアム感が下がるはずだ。興味が薄れるはずだ。

あくまで、日本と比べて、という意味です。
「同姓ならば、遠縁の兄弟」という発想を否定しません。
「同姓を娶らず、異性を養わず」という儒教ルールもある。

マッキントッシュの使用者同士は、シェアの低さゆえに親近感を覚えるらしい。しかしウィンドウズの使用者が、ああ、あなたもウィンドウズですか!なんて盛り上がるシーンを、ぼくは知らない。
それと同じだ。

ここまでのまとめ

現代日本人と比べたとき、三国時代の人たちは、姓についてどのような感覚を持っていたか。
 ● 数代での没落するから、一族の歴史が蓄積されない
 ● 同姓が多く、姓を個性として意識しにくい
ゆえに、血筋について関心が薄くて、淡白だ。

以上で考察の材料は、揃いました。
次回、日本人が三国志をどう「読み間違って」いるか、指摘してみたいと思います。