表紙 > 漢文和訳 > 『後漢書』周栄伝を訳し、周瑜の家柄を知る

01) 周栄は、袁安の恩を受けた人

周瑜のことを、よく知るために『後漢書』を翻訳します。
吉川忠夫、渡邊義浩という2名の大先生が注釈本を出しておられるのに、無視。いきなり原文とのみ格闘します。その理由は、週末の勉強会に間に合わせたいから。
だいたいのイメージはつかめるので…詳細はまた後日。

袁安の故吏・周栄

周榮字平孫,廬江舒人也.肅宗時,舉明經,辟司徒袁安府.安數與論議,甚器之.
周榮は、あざなを平孫という。廬江郡の舒県の人だ。

周瑜と同じである。当たり前だが。

後漢の章帝のとき、明經の科目に合格し、袁安の司徒府に登用された。周栄は、袁安としばしば論議をした。袁安は、周栄の器量をほめた。

及安舉奏竇景及與竇憲爭立北單于事,皆榮所具草.竇氏客太尉掾徐齮深惡之,脅榮曰:「子為袁公腹心之謀,排奏竇氏,竇氏悍士刺客滿城中,謹備之矣!」
袁安は竇景に上奏して、竇憲と論争をした。論争のテーマは、北單于事を立てるか否かである。袁安の上奏は、みな周栄が起草した。

周栄は、ゴーストライターである。
どっちが、北単于に反対したんだっけ。無知な自分がキライだ。笑

竇氏の食客で、太尉掾の徐齮は、論敵の周栄をひどく惡んだ。徐齮は、周栄を脅していった。
「周栄さんは、袁安さまの腹心之謀である。周栄さんは、竇氏に反対する意見を述べた。竇氏に味方する、強い戦士や刺客が、洛陽の城中に満ちている。周栄さんは、せいぜい謹み、殺されないように気をつけることですね

竇氏は、専権した外戚だ。政敵は殺されるかも。


榮曰:「榮江淮孤生,蒙先帝大恩,以歷宰二城.今復得備宰士,縱為竇氏所害,誠所甘心.」故常妻子,若卒遇飛禍,無得殯斂,冀以區區腐身覺悟朝廷.
周栄が言った。
「わたくし周栄は、長江や淮水のあたりに、ポツンと生れ落ちました。先帝(明帝)の大恩を受けて、2つの県城を治めました。いま袁安さまの補佐官となれました。もし竇氏に殺されても、袁安さまのために死ねるなら、本望なんですよ

注釈がいう。周栄は、袁安に辟召されたから「宰士」と自称した。

日ごろから周栄は、妻子に言った。
「もし私が、いきなり殺害されても、葬儀をしなくていい。私は、朝廷のために身命を捧げたいのだ」

辺境に生まれたのに、袁安さまが取り立ててくれた。袁安への恩は甚大だ。周瑜と袁術の主従関係の伏線が、すでに100年前にあった。


及竇氏敗,榮由此顯名.自郾令擢為尚書令.出為潁川太守,坐法,當下獄,和帝思榮忠節,左轉共令.歲餘,復以為山陽太守.所歷郡縣,皆見稱紀.以老病乞身,卒于家,詔特賜錢二十萬,除子男興為郎中.
竇氏が敗れると、周栄の名は知れ渡った。
郾県令から抜擢されて、周栄は尚書令となった。周栄は洛陽から出て、潁川太守となった。
法に触れ、周栄は獄に下されそうになった。だが和帝は、周栄が忠節であることを思い、獄に下さなかった。周栄は、共県令に遷されただけで、許された。

注釈によれば、共県とは、河内郡にある。いまの衛州の共城縣の東にある。古共國と呼ばれている場所である。

1年あまりして周栄は、山陽太守となった。
郡県の長官を歴任したが、周栄はどこでも治世をたたえられた。
老病ゆえに引退をして、周栄は家で死んだ。和帝は詔して、錢二十萬を賜った。周栄の男子の周興は、郎中に任命された。

作文能力を買われた、尚書の周興

興少有名譽,永寧中,尚書陳忠上疏薦興曰:「臣伏惟古者帝王有所號令,言必弘雅,辭必溫麗,垂於後世,列於典經.故仲尼嘉唐虞之文章,從周室之郁郁.
周興は、若いときから名声があった。
永寧年間(120-121)尚書の陳忠が上疏して、周興を推薦した。
「私は思います。古代の帝王の命令は、言葉が弘雅&溫麗でした。命令の言葉は、後世に伝わり、文書に残りました。ゆえに孔子は、帝虞の文章をほめ、周室に従いました」

論語にあるそうです。
「大哉堯之為君也,煥乎其有文章.」
「周監於二代,郁郁乎文哉.吾從周.」


臣竊見光祿郎周興,孝友之行,著於閨門,清厲之志,聞於州里.蘊古今,博物多聞,三墳之篇,五典之策,無所不覽.
尚書の陳忠は、つづけて言う。
「ひそかに私が見たところ、光祿郎の周興は、よくできた人間です。

注釈がいう。周興は光祿主郎だから、光祿郎と呼ばれた。

周興は、孝友の行いが官界で知れ渡り、清厲の志は、故郷の州里で知れ渡っています。古今のことに詳しく、主要な古典を蔵書して、読まないものはありません」

周興が詳しいのは、神話代の人たちの本。
伏羲﹑神農﹑黃帝。少昊﹑顓頊﹑高辛﹑唐﹑虞の書物なんだって。
周氏は、辺境に生まれた。だが、読み書きの才能を強みにして、中央に進出したことが分かる。周瑜はぜったいに意識していた。


屬文著辭,有可觀採.尚書出納帝命,為王喉舌.臣等既愚闇,而諸郎多文俗吏,鮮有雅才,每為詔文,宣示內外,轉相求請,或以不能而專己自由,辭多鄙固.興抱奇懷能,隨輩栖,誠可歎惜.」
陳忠の発言はつづく。
「周興は、作文がうまい。尚書に召しだして、朝廷のライターとしてお使いください。

注釈がいう。尚書は、王の「喉舌」を担当する官位だ。後漢の李固のセリフに「今陛下有尚書,猶天之有北斗也.北斗為天之喉舌,尚書亦為陛下之喉舌也.」とある。

いま尚書を担当している私たちは愚闇で、才能のある人は少ない。朝廷が詔書を発行するとき、尚書は、他部署の助けを借りて、作文しています。周興を尚書に用いて、作文を内製化したいのです」

本当だとしたら、マヌケな尚書である。


詔乃拜興為尚書郎.卒.興子景.
ときの安帝は、周興を尚書郎とした。
周興が死ぬと、子の周景がついだ。(つづきます)