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孔明の転職活動
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第06章 襄陽の城壁/3節
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孔明は、羽扇で徐庶を遮った。
「孔明、何をするんだ。それをどけろ」
徐庶は興奮し、初めて会ったときと同じ殺気を、孔明にぶつけてきた。徐庶は剣を手にしていないが、当時よりもずっと怖い。だが孔明は孔明とて、ここで引くわけにはいかない。
「劉備様、あなたを慕う民を捨てる気ですか」
孔明が悲しい顔をして言った。
「孔明、いい加減にしろ。民を伴っては、進軍が遅くなる。曹操が先回りして、江陵を取ってしまう。君は劉備軍をわざと滅ぼす気か」
徐庶は、反駁しながら動揺した。孔明は、単なる功名争いに目を奪われる男ではない。樊城から襄陽まで、徐庶が基本路線を拓いた。だが孔明ほどの人なら、これしきで焦って、同僚の足を引っ張ったりしない。それが分かっているだけに、余計に狼狽せざるを得なかった。明々白々な下策を提案する孔明が、さっぱり分からない。命があっての、声望であろう。その順序は覆らない。
徐庶を尻目に、孔明は真摯に言った。
「劉備様。民を捨てて、江陵のみを得て、どうなるというのですか」
劉備がまた、ううむ、と考え込んだ。
孔明がわざわざ劉備に仕官したのは、曹操に仕えるためである。長期的な視野に立った、転職活動なのである。 孔明は庶民ではないが、格別に尊貴な家柄というわけではない。そんな男が曹操に自分を売り込むには、人脈を使うのが手っ取り早い。だが孔明は、人付き合いがうまくない。また、口下手だから、飛び込みで面接を申し入れても、成功しないだろう。20歳のとき、許都で荀彧に対して試みて、失敗した経験もある。奇行に走って評判を高めるという手は、平凡な常識人で、かつ嘘が苦手な孔明には向いていない。特定の分野で天才になれればよいが、孔明は天才ではない。
――実績を重ねて、曹操に私を売り込もう。
孔明が辿りついたのは、平凡で着実な結論だった。孔明が採る選択は、いつも慎重である。 ――仕官のための世渡りの巧さと、実務能力とは別物だ。
孔明は、そう信じている。 孔明は前者が劣り、後者は他者に勝る自信がある。曹操の陣営は、敷居が高い。だからまず、敷居が低いところに仕えて結果を出し、宰相の資質の持ち主であると世間に証明する。その結果を引っさげ、曹操のところに行く。そして鄴で、漢ノ丞相となるのだ。
――どうせ初めに仕官するなら、曹操の宿敵がよい。
劉備は、曹操が唯一認めた、彼以外の英雄である。隆中で2回目の訪問を受けたとき、それを劉備から聞いて、心を揺さぶられた。 いま大陸を見渡したとき、曹操と劉備以外に、乱世の初期から生き残っている人はいない。孫権は3代目だし、劉琮は2代目、劉璋は2代目、張魯は3代目、馬超は2代目。辛うじて涼州には初代の韓遂がいるが、彼は裏方である。
曹操ならば、劉備の無能をよく知ってくれているし、劉備の動向に熱い視線を注いでいるに違いない。劉備軍そのものには何の魅力も感じないが、踏み台としては最高に思えた。加えて劉備は、人物眼のある州平が推薦した君主であるし、人の話をよく聞ける。すなわち孔明に活躍の場を与えてくれる。
――天下三分ノ計は、曹操に私を認めさせるための戦略だ。
孔明は、州平にそれを打ち明けることなく、隆中を去った。 この先、どれだけ本心を黙っていられるか自信がなかった。しかし、口に出してしまった途端に、孔明は劉備軍にいられなくなるだろう。すなわち、戦略が崩壊する。劉備に集った人たちは、偏って情を重んじるからだ。人間の器量は、どれだけ秘密に耐えられるかで決まる。
そして孔明は、こう思っている。
――私の初陣は、華々しい敗戦でなければならない。
劉備が襄陽を取ることが出来れば、それが最良であった。労なく荊州を手に入れ、曹操に対抗する足場を固め、戦略は次の段階に進める。だが劉備がそれを拒んだので、孔明は別の手を捻出せねばならなくなった。瞬時に彼が導いた方策とは、曹操が忘れたくても忘れられない、派手な大敗を演出することである。
孔明は、何年か後に曹操と会ったとき、こう言ってやるつもりだ。
「劉備軍は、私が軍師に迎えられたとき、まだ烏合の衆でした。かつて曹操様は、襄陽郊外で劉備軍を蹴散らされました。劉備軍の統制の低さを覚えておいででしょう。しかし今日の劉備軍は、曹操様を脅かすほどに強大です。これは私が輔けた結果です」
これを言うには、曹操に大数の民を襲わせ、目の前でむごたらしく劉備勢をばらばらにするべきだ。
孔明は、恐慌しそうな劉備軍の中心で想像を膨らまし、悦に入っている。曹操が丞相の席を立って、段を降ってきて、孔明に拝礼して告げるのだ。是非とも俺を継いでくれ、と。孔明は羽扇で顔を覆った。
徐庶には悪いことをしたと、思っている。だが、江陵を急いで抑えるという作戦は、孔明に言わせれば、誰でも考えつく。江陵に籠もれば、曹操の手を煩わすことが出来る。それは孔明にとって、意味がない。曹操を感心させなければならない。 劉備は江陵で何ヶ月かは持ちこたえるかも知れないが、そのうちに天下は曹操に決する。劉備は荊州南部のひとつの城に逼塞し、城を出るときは捕虜である。管仲や楽毅ならば、そんな凡手を指すはずがない。
もちろん孔明は、民を蜘蛛の子のように散らした後の段取りも、考えてある。孫権を使えないかと思っている。孫権には兄が仕えているはずだから、兄を頼るか。孔明はいまだ、孫権を動かす方法を得ていない。
劉備は、民を伴って襄陽から南下を始めた。
曹操が北伐で編入した烏桓の騎馬隊5000が、本隊から切り離されて急追をかけてきているという。劉備は、民の歩く速度に合わせているから、1日に数里しか進めない。民は家財を抱えており、老人や子供が大勢混じっているから、ほとんど動かない日もあった。
――これでは、曹操に首を献じるに等しい。
徐庶は焦燥に駆られた。だが、劉備本隊だけでも江陵に入りましょう、と提案したところで、孔明に遮られるに決まっている。孔明は何ゆえに、民を伴い遅々とした進軍を劉備に説いたのか。劉備は何ゆえに、こんな馬鹿なことを是認したのか。
「伝令です。最後尾が曹操軍に追いつかれました」
大声を張り上げて、列の後ろから兵が飛んできた。ああ終いだ、と徐庶は嘆いた。徐庶は劉備に馬を寄せて、言った。
「劉備殿、お別れを申し上げに来ました」
「何を言うんだ」
「私は劉備殿に、天下を取って頂きたかった」
「去るな、徐庶」
「いいえ、もういけません。私は一瞬だけでも、劉備殿の心を疑いました。乱れた方寸で申し上げる策など、何もないのです」
徐庶らしい思い切りだった。この人は、いつも迅い。方寸とは、一寸四方の広さを表し、すなわち心臓の大きさである。心が動揺すると、鼓動が不規則に脈打つ。だから、方寸とは心だ。
徐庶は劉備に礼を言うと、隊列を離脱した。 原野で、馬を久しぶりに駆けさせた。ずっと民の歩幅に合わせて進んでいたので、こうして疾走するのは久しぶりである。馬が蹴り上げる土を、心地よく感じた。 少し高い丘に登ると、徐庶は劉備の巨大な行軍を見渡すことができた。列を組むことを知らない数万の群れだから、混沌として、まるで生き物のように伸び縮みする。
「俺が初めて劉備軍を見たときも、丘の上からだった。あのときは黄巾崩れと行動を共にする、世の屑だった。だが今はどうか。荊州の民に仁徳を慕われて、背中を押されて天下へと向かう、英雄の行進じゃないか。君は、この図を作りたかったのか」
(さらばだ、孔明よ)
徐庶は着物の袖を破ると、小さな旗を作った。それをはためかせ、側道に乗り入れた。徐庶は、曹操軍の方角に馬首を向け、砂塵に消えた。
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このコンテンツの目次
>孔明の転職活動
第01章 許都の冷笑
第02章 汝南の剣客
第03章 新野の孤雲
第04章 隆中の懐思
第05章 樊城の新鋭
第06章 襄陽の城壁
第07章 長坂の財主
第08章 柴桑の謀反
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