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宦官コンプリート作戦 4)孟達の父親
184年、黄巾の乱が起きた。
「呂強、どうしたら良いか」
霊帝は呂強に、施行すべきところを聞いた。すごく嬉しいことだ。非常時になって、やっと呂強は意見を求められたわけです。張譲や趙忠だけでは乗り切れないと、霊帝は考えたのでしょう。
呂強が答えた。
「まず左右の貪濁たる者を誅して下さい。次に党錮を解除して大赦し、刺史・二千石の能否を見定めて下さい」
えらく簡潔な回答だが、口頭で答えた趣旨を記録されたら、こんなものだろう。呂強は今までは、わざと公けになるように書面を作ってきて、読むのを面倒くさがられていた(笑)
霊帝は呂強の言を納れた。
呂強の意見が初めて通りました。黄巾は未曾有の国難で、そのときに愛国の宦官が活躍するのは、当たり前のことかも知れない。当たり前を当たり前にやるのが難しいとは、よく言うことではありますが。
「まずいことに、なり過ぎだ」
焦ったのは、今まで政治をしてきた宦官だ。呂強に(ほぼ)名指しで糾弾された。陰謀によって追放してきた党人が復帰してしまう。そして次は、刺史・太守の査定が行われる。
宦官は利権を得るために、子弟で州郡の長官を独占していた。
「私たちの身内を、全員召し返せ」
ただ税金を吸い上げるポンプ機能しかない奴らが、宦官の血縁という理由で地方行政をやっていた。これが露見したら面倒くさい。彼らの適当すぎる政治が黄巾を誘ったと言われたら(それが事実でも)さすがに都合が悪い。
中常侍の趙忠と夏ウンらは囁いて、霊帝に呂強を誣告した。
「呂強は、党人と共に朝廷のあり方を議論しています」
「感心ではないか?」
「いいえ。呂強は勉強会と称して、『漢書』の霍光伝を読んでいるんですよ。呂強の兄弟は、みな貪穢です」
「それは本当か」
霊帝は箸を取り落とした(笑)
なぜ、たかが読書会だけで、霊帝が顔色を変えたか。それは、霍光が淫乱な皇帝を廃して、別の皇帝(宣帝)を立てたからだ。すなわち、霊帝を廃して、別の人を立てようという相談を、呂強が党人と一緒に行ったという意味になる。
「本人に確かめてみよう」
霊帝は呂強を認めていたから、廃立の企みを鵜呑みにしなかった。呂強が霊帝のためを思って、たびたび上疏をくれたからだ。これまでは財政回復だけに専心していた霊帝だが、いまは政治にも関心が拡がっている。呂強の発言は正しかったと、知っている。だから黄巾への対処を求めたのだ。
中黄門に兵を率いさせて、呂強を訪問した。
「すぐに登庁せよ」
呂強が表を見ると、兵が率いられていた。霊帝に単なる相談事があるだけなら、兵を寄越す必要はない。
「私が死ねば、乱が起きるだろう。丈夫たるもの、忠を国に尽したい。どうして獄吏の取調べを受けねばならんか」
呂強は自殺した。死の前に自分を称して言った「丈夫」とは、背丈のある男という意味だ。宦官になった呂強だが、プライドだけは男のものだった。
「呂強、自害」
報せが、霊帝のところに入った。趙忠と夏ウンは左右にいて、間髪を与えずに呂強を誹った。
「呂強は、何を問われるか分からないから、怖くなって自殺したのです。これにて、姦心があったことが明確となりました」
「・・・そうか」
呂強の一族は捕えられ、財産を没収された。
こうして霊帝は、1人の忠臣を失った。

『後漢書』はこの後に、儒教官僚に近い動きをした宦官を、10人弱あげている。宦官と言えど、邪悪に一本化されていたわけじゃないことを、示したかったのだろう。
張譲・趙忠
張譲は頴川郡の人で、趙忠は冀州の安平郡の人。
どちらも若くして省中に仕え、桓帝のときに小黄門となった。趙忠は、梁冀を倒すのに参加して、都郷侯になった。165年、封地を除かれて関内侯(名前だけで領地はない)となった。そこで出身県の税金1000石を収入とした。
霊帝のとき、張譲と趙忠は同時に中常侍となり、列侯に封じられた。曹節、王甫と手を結んだ。曹節の死後、趙忠は後を受けて大長秋(最高位)になった。

張譲の家僕は、家政を取り仕切り、賄賂を取って威張り散らしていた。扶風郡の孟他は、資産が豊かな人だった。家僕に賄賂をたっぷり贈り、少しも惜しむことがなかった。
「最高の心がけだ」
家僕はこれを徳だと認めた。
「孟他よ、君は何を望むか。助けてやろう」
「張譲さまに一瞬でもお目にかかりたいのです」
賓客が張譲に会うためには、数百から千台の車を連ねて、賄賂を送らねばならなかった。孟他も同じように貢いだが、なかなか張譲に会えない。そこで家事を仕切っている奴隷に近寄って、先導を頼んだのだ。なかなかのやり口である。
「君は充分に私を儲けさせた。願いを聞いてやる」
家僕は手下を集めてくると、孟他の車を担いで門内に入れてやった。
「ああ張譲さま、お会いできて光栄です!」
孟他が進み出ると、張譲の賓客は驚いた。
「この男は、どんなルートで張譲さまに謁見するチャンスを得たのだ。私たちが散々苦労したというのに。きっと重要人物に違いないぞ」
賓客たちは、孟他に争って珍品を贈った。孟他はその一部を張譲に謙譲しただけで、張譲を悦ばすことに成功した。『三輔決録注』によれば、蒲陶酒を一斗ほど贈ったとある。高いのか安いのか分からん(笑)
「孟他、何が望みかね」
「刺史になりというございます」
「君は扶風郡出身だな。よし涼州刺史にしてやる」
ちなみにこの孟他とは、孟達の父である。父子ともに抜け目がないというか、あまり友達になりたくないというか(笑)
この逸話は、張譲が自在に任免を操れたことを示したいのだろう。しかし、孟達の父がなかなかの策士だったことを、三国ファンに印象付けることとなった。

このとき張譲、趙忠、夏ウン以下12名は、みな中常侍となり、侯に封じられた。これがいわゆる「十常侍」という人たちです。10人じゃないから、十は多いという意味だろう。
宦官の父兄・子弟は、州郡の長官に連なり、貪婪残虐だったから、民に害毒を流した。黄巾ノ乱が起きて、盗賊がかゆのごとく沸くと、郎中で中山国の張釣が上書した。
「張角に万人が従ったのは、中常侍たちが身内や賓客を地方に送り込んだからです。どうか十常侍を斬り、首を南郊(天子の祭壇)に懸けて、百姓に詫びて下さい。中常侍を殺したことを布告すれば、兵を用いることなく黄巾平定となるでしょう
なんということを言ってくれたんだ!
もし『真・三國無双』の初めのステージが、宦官の首を切って触れ回るだけのミニゲームだとしたら、決してぼくは買ってない。そして、三国志のことを知らずに今日を迎えたでしょう。
張釣が言ったことに驚いたのは、張譲たちも同じだった。霊帝からこの上書を見せられると、冠を脱いで裸足で頓首した。罪人として服従のポーズである。自ら洛陽の詔獄に入り、私財を投げ出した。
「これを軍費の足しにして下さい。どうかファーストステージを、つまらないミニゲームに変えないで下さい」
張譲の言い分はもっともだ。
この発言を認めるということは、漢室の敵は宦官ではなくて、(元の)農民だと認めるに等しい。民を殺して、国は成り立たない。簡単に気づくことだが、張譲はそれより自分の首が可愛い。

ところで気になるのは、霊帝の行動。だって張釣が言ってきたことを、宦官に見せた。原文では、「天子以釣章示譲等」です。なぜこんなことをやったんだ。蔡邕のときの前科もある。
きっと、桓帝・霊帝は暗愚だという歴史観に基づいて、記述されてしまったんだろう。張譲たちが張釣の言い分を知ったという結果から手繰り寄せて、
「霊帝のことだから、ろくな考えもなく宦官に見せちゃったんじゃないの。その方が亡国の皇帝らしいアホさが表現できるよね」
と、『後漢書』の編者が決め付けてしまったんだ。
皇帝が1対1で臣下と意見交換をできるわけがないから、政治機構に入り込んだ宦官に、「検閲」をされてしまったと考えたい。メールですら、本文を盗み見られるんだから、まして大袈裟な上書が秘密であり続けられるわけがない。

「どうぞ私たちを罰して下さい・・・」
霊帝は張譲たちがあまりに健気で慎ましいので、張釣が間違っていたのかと思った。
真の狂子とは、張釣のことを言うのだな。中常侍たちは、1つの人間の良心を持っているぞ。どうだ、朕は間違っているか」
・・・はい。
とは素直に答えられないところに臣下の苦衷があるのだが(笑)張釣はくり返して上書した。しかし、握る潰されてなんの回答もなかった。
「ところで張角とは何をする人か」
霊帝は、最も基本的な事実を知らないことに気づき、廷尉や侍御史に調査をさせた。すると神がかっていて不気味なので、御史は、
「黄巾は悪、悪と対立するのは正、すなわち宦官は正」
と報告した。
張釣は黄巾の道を学んだのです。だから黄巾の肩を持つし、中常侍を滅ぼそうとしています」
と言い出す人まで出てきた。
資本主義社会をひとりで生きている霊帝は、現実主義だ。だから、張角が宗教的救済をする人だと知って、怪しんだ。
「黄巾を討とう。張釣を捕えろ」
張釣は黄巾を擁護するような発言をしたから、獄に下されて死んだ。


次回、ものすごいことが『後漢書』に書かれているのを見つけます。
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このコンテンツの目次
>宦官コンプリート作戦
1)きっかけは和帝
2)曹騰と、正義派の呂強
3)霊帝の疵を映す明鏡
4)孟達の父親
5)三張の三角関係
6)誤解された霊帝