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(C)2007-2009 ひろお
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ユニット名は「涼西の三明」 4)金離れの超人
張奐
張奐は、あざなを然明という。敦煌郡は酒泉県の人。
父の張惇は、漢陽太守だった。
張奐は若いときを三輔(長安周辺)で過ごした。敦煌は西の果てだから、本籍は敦煌でも、すでに一族は移住していたのかも知れない。
大尉の朱寵に師事して、『欧陽尚書』を学んだ。
前漢の欧陽王が解説を付けた、『書経』のテキストだ。家学が盛んで、血と知識の伝承が二アリーイコールの時代である。学歴が将来の運命を決めるから、張奐は出世の糸口を手に入れたと見なせる。
「余計な字が多すぎて、分かりにくいなあ」
張奐は、すでに付いていた『書経』の45万余言の注を、うざったく思った。だから、5分の1以下の9万言に編集した。
「大将軍府に仕えないか」
恵まれた学歴の張奐に、さっそく声がかかった。大将軍は三公の上にある位だから、この招きは通常は福音だ。だが、今回の話は、必ずしもそうではない。
ときの大将軍は、
梁冀!
だからだ。幼児皇帝にからかわれて、殺してしまうような人だ。
「『書経』の解説のダイジェストを、君が作ったそうじゃないか。王朝の文化財とするから、提出したまえ
こういう名誉を味わったが、梁冀の野蛮な匂いを、張奐は嗅ぎ取ったのだろうか。病気を理由に、故郷に引っ込んだ。
「張奐を、賢良に推挙する」
また朝廷に呼ばれた。政治についての意見を言ったら、ディベートコンクールで金賞を獲得して、議郎に任ぜられた。

155年、安定属国の都尉になった。
このとき、南匈奴の左イクケン(官号)の台キ(人名)と、且渠(官号)の伯徳(人名)ら7000人が、美稷(地名)に寇していた。また東羌が、部族を挙げて叛乱に呼応した。
「すぐに討伐しよう」
張奐は、たった200人ばかりを率いて出陣した。
「死にに行く気か!やめなさい!」
軍吏は地面に頭をガンガンと叩きつけて、額から血を吹いて制止した。だが張奐は準備もそこそこに、駆け出した。張奐は、長城に駐屯して兵士を集めた。
「王衛よ。陽動して、東羌の注意を引きつけよ。その隙に私は、クチャを抑えよう。クチャは交通の要衝だから、ここを押さえてしまえば、南匈奴と東羌を分断できる」
東羌は孤立して、張奐と和親した。匈奴とは連戦した。張奐は台キを打ち破り、伯徳は怖ろしくなって投降してきた。郡界は鎮まった。

羌の豪帥は、張奐の恩徳に感じ入って、馬20匹や金製品を8枚送ってきた。張奐は、羌の使者を主簿に取り立てた。羌族の前で酒を地面に注いで、こう言った。
「馬を羊のように扱おう。金を粟のように扱おう」
よく分からない例えだが(笑)、私は施しを好む人間で、ケチ臭くはないのだと、張奐は言ったのだ。
稀少な馬ですら、数の多い羊のように放し飼いにし、馬屋に貯蔵しない。貴重な金でも、どっさり収穫できる粟のように大らかに扱い、懐にしまい込まない。酒を珍重するのではなく、湯水のように垂れ流そう。
「私の言葉は軽くないぞ」
張奐は、馬と金を返還した。
羌族の性質は貪欲である(と『後漢書』に書いてある)が、役人には金離れの良さを要求した(と『後漢書』に書いてある)。そうだとしたら、勝手なものだ。
張奐の前任者は、財貨を貯めた、羌族は彼を嫌った。しかし張奐は羌族の物欲を満たしたから、支持された。これを中国の史書では「身を正し、己を潔くするに及び、威が大いに行わる」と書くらしい(笑)

張奐は、使匈奴中郎将になった。
匈奴の休屠各(族名)と、朔北郡の烏桓が結んで叛乱した。五原郡で度遼将軍の門を焼き、赤阬に駐屯した。
「炊煙が見えますね」
張奐の陣から、異民族が飯を炊く煙が見えた。
「敵からも、こちらの炊煙が見えているでしょう」
「ひえー」
「ぎゃー」
兵たちは恐慌して、逃亡しようとした。
張奐は、帷幄の中でゆったりと座り、弟子とともに書物を音読し、難解なところは解釈を教授をしていた。それを見た兵士たちは、
「どうやらオレたちは平気らしい」
と大人しくなった。
張奐は、ただ偉そうに構えていただけではない。裏側から烏桓に手を回し、味方に引き入れた。烏桓に、屠各の渠帥を切らせ、匈奴の軍に大勝した。異民族たちは、ことごとく投降した。

158年、鮮卑が北辺に寇したので、張奐は南単于を率いて出陣した。数百の首を斬った。
159年、梁冀が桓帝に誅された。世間は明るいニュースに励まされたが、万人にとっての吉報ではなかった。
「君はむかし梁冀の部下だったことがあるね。このまま官吏を続けることは出来ないよ」
張奐は免職された。張奐は皇甫規と友人だった。他の旧友たちは、張奐が罷免されると、相手をしなくなった。だが皇甫規は違って、
「張奐を復帰させるべきだ」
前後7回も朝廷に申し出た。
しかし毎回却下された。皇甫規は周囲と協調せずに、思ったことをそのまま云う人だから、どうも提案が通らない。復帰を願っていた張奐には、ありがたいような迷惑のような、半々の心地だっただろう。
皇甫規のおかげで、世間が張奐を忘れていなかった。4年後に、張奐は武威太守となった。すぐに断ったのに、梁冀と縁を持っていたという理由だけで、張奐は4年を棒に振らねばならなかった。
武威で張奐は、徭役と租税を平均化し、敗れてちりぢりになった兵を励ました。ついに、地域ナンバーワン太守(諸郡の最)として、表彰された。
張奐の治めた西方では、迷信が多かった。
「2月と5月に産まれた子は殺せ」
「父母と同月に産まれた子は、殺せ」

張奐は、ヒューマニズムの観点から、この習俗に従った人を厳しく罰した。ついに風俗が改まった。百姓は感謝して、まだ生きている張奐の祠を作ってありがたがった。
張奐は治世の功績を認められ、皇甫規の後任として度遼将軍に遷った。数年間の間、幽州と并州は平静だった。

166年春、大司農となった。
「名将が去った。チャンスだ」
その年の夏、鮮卑は南匈奴と烏桓と結託し、後漢の防衛線をあちこちから突破した。5、6千騎とも云われたし、3、4千騎とも云われた。大軍というのが脅威だが、数が分からないというのがそれ以上に脅威だ。
9つの郡で、百姓を殺しまわった。
秋にも鮮卑は後漢を侵略し、東羌を招き入れて盟約を結んだ。上郡の沈氐(族名)や、安定郡の先零羌が、武威郡・張掖郡を寇した。被害は広がるばかりだった。
「何とかならんか」
無策の宦官と無為の桓帝は、頭を抱えるふりをした。中央の認識は甘いが、国が滅びてもおかしくないほどの大難である。
「面倒ごとは、彼に任そう」
張奐は、護匈奴中郎将となった。九卿の秩禄を保障され、幽州・并州・涼州と、度遼校尉(五原郡)と烏桓校尉(上谷郡)を督戦した。張奐は、刺史と太守の仕事振りを見回り、賞賜を手厚く出した。きっと九卿なみの報酬を、褒賞に宛てたのだ。
張奐はすでに大司農だから、九卿の一員だった。新たに国家全体の軍事を任されたのに、給料据え置きとは、かなり辛い待遇である。そこからさらに、身銭を切って地方官に褒美をばら撒いたんだから、張奐の金離れは超人の域である。
匈奴と烏桓は、張奐と戦ったことがある。彼が守備の将に就いたと聞いて、たちまち20万人が降伏した。張奐は、元凶となった扇動者だけを斬って、残りは慰めて受け容れた。
首謀の鮮卑だけは降らず、塞外に逃げていった。

167年春、東羌と先零は、5、6千騎で関中に攻め込んだ。
夏、ついにタイウと雲陽が陥落して、1000余人が殺された。冬、羌は同族に呼びかけて、三輔を攻めた。
「おめえの出番だ、董卓!」
後漢を滅ぼした肥満妖怪の若き日の姿が、ここにある(笑)
のちに董卓が洛陽郊外で皇帝を拾うのは、まだ20年以上も先のことだ。董卓もまた施しを好み、人望を得たことが列伝に記される。張奐の補佐をしながら、やり方を盗んだんだろう。施しは、董卓の本性から出た行動ではない。これは後の歴史が証明している。
張奐は、司馬の尹端と董卓に命じて、それぞれに羌を破らせた。斬首と捕虜は1万人を越えて、すっきり平定された。
「充分な功です。侯に封じられるかも知れませんね」
爽やかな青年武将・董卓は、紅顔を火照らせながら、張奐に言ったかも知れない。張奐はドラゴンボールの孫悟空のように地球を何度も救っているから、封土をもらえるくらいは当然だ。ちなみに張奐が董卓を呼び出した台詞は、孫悟空を意識したものだ。
「それはない」
張奐は渋い顔をした。
「私は宦官の機嫌取りをしていないから、恩賞は薄い」
結果はその通りで、ただ銭20万を与えられ、一族の1人を郎に取り立てられると知らされた。
「私のような人間は、もったいない褒美です。受け取れません。そんなことより、私が本籍を移すことをお許し下さい
古来から、辺境の人が戸籍を内地に移すことは、許されなかった。だが張奐は功があるから、敦煌郡を引き払い、弘農郡の華陰県に属した。
このとき後漢は衰退し、涼州への道が閉ざされることが頻繁だった。
まして敦煌など、すでに外国だ。張奐は行ったことがなかろうし、すでに代々弘農郡に住んでいたんだろう。
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このコンテンツの目次
>『晋書』と『後漢書』口語訳
ユニット名は「涼西の三明」
皇甫規
1)敗北を見抜いた若者
2)降伏は金で買えますか
3)私を党錮に処しちゃって
張奐
4)金離れの超人
5)外戚恐怖症の過ち
6)故郷の土になりたい
段熲
7)囚人から并州刺史へ
8)東西羌のホロコースト
9)段熲が貴んだ宦官