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ユニット名は「涼西の三明」 5)外戚恐怖症の過ち
168年、張奐は凱旋した。
桓帝はなくなり、霊帝が立っていた。竇太后が政治を代行し、父の竇武が大将軍になった。
「宦官を皆殺しにしたい」
竇武は、太傅の陳蕃とひそかな計画を立てた。だが事前に発覚し、中常侍の曹節らに先手を取られた。
「ここに制書がある」
張奐は帰命してすぐに、宦官から天子の命令を記した絹布を見せられた。体裁だけは本物である。
「どういうことですか」
「竇武を討てと、陛下が仰った」
張奐は、宦官と馴れ合っていない。すなわち、宦官が王朝を操縦するのを好ましく思っていない。宦官が邪悪なことをするのを、警戒している。だが国外に出ている最中に桓帝が死んだので、政治の流れを掴みきれていない。皇帝が死ねば、政治の前提が全て覆るものだ。
ラジオを持って遠征しなかったことが、張奐の汚点である。
「いや、しかし、、」
「陛下のご意思である」
討伐の対象となっている竇武は、去年までは城門校尉をしていた。彼は娘が皇后になり、いま太后となったから、いきなり出世した。ずっと西方にいた張奐は、城を守っていただけの人の政治能力の真贋など、見極められない。
張奐が期せずして部下となった梁冀は、外戚の立場を理由に大将軍になった。いまの竇武と同じである。梁冀は王朝の害となった。梁冀はろくでもない豺狼だったが、これまで登場した全ての外戚は、最後には王朝の邪魔となった。
「さあ、詔に従いなさい」
張奐に時間は与えられない。なぜなら、情報がないままに即決させるのが、宦官の作戦だからだ。訪問販売と同じだ。
「承りました」
もし竇武が、大将軍ではなくて、慎ましく尚書令あたりに就いていたら、どうだったか。張奐は、討伐を承諾しなかったかも知れない。張奐から4年の歳月を奪った梁冀を連想させてしまったことが、竇武の死因である。
張奐は、少府の周靖とともに五営の兵士を率いた。
竇武は自殺し、陳蕃は殺された。
この(宦官に協力した)功績により、張奐は少府を担当し、再び大司農となり、侯に封じられた。
「やっと侯ですね!」
列伝にはまるで登場しない話だが、張奐の隣には董卓がいたことにしたい。董卓は、上司が出世するのが嬉しかった。上司の出世は、自分の未来を開くのだから。もしかして、竇武を積極的に攻めたのは、張奐の下の董卓だったかも知れない。
董卓は位階の匂いに敏感で、皇帝に絡んで国政に影響を持つことに、関心が強い青年だった。そうでなくては、後年の暴挙に説明が付かない。人の性質は、豹変などしない。
「ご辞退申し上げる」
張奐は、宦官の曹節に買収されたことを気に病み、印綬を封印して返上した。
「ああ、もったいない」
董卓はそう思ったが、上司の怒りに触れるのを恐れて、それを口に出さなかった。董卓の瞼の裏には、妖しく光る侯の印璽が焼き付いた。

169年夏、青蛇が帝座の軒の上に現れた。雹が振り、落雷が樹木を裂いた。
「この天災はなんの験(しるし)か」
百僚に下問があった。
張奐は上疏した。
「風は、天からの号令です。物を動かし、気を通じさせます。改革を呼ぶでしょう。木に火が点いたとき、風によってますます燃えます。漢は火徳の王朝だから、めでたい。蛇はドラゴンにそっくりの動きをします。やはりめでたい。順を守れば、これらの吉兆は吉兆となり、逆を行えば吉兆は凶兆へと変わります」
これは珍しい解釈です。つまり、『三国演義』の冒頭で語られる不気味な出来事を、めでたいと云ってしまった。ヘビが屋内にいて気持ち良いはずがないが、ものは云いようで慶事となる(笑)
「まえに死んだ竇武と陳蕃は、方正実直な人でした。彼らの名誉回復がまだ行われていないことが、私のいう"逆"に当たります。2名を改葬し、党錮を解除して下さい」
「ああ、なるほどね」
ヘビに驚かされた霊帝だが、決してバカではない。張奐の言い分に納得をした。
「竇武と陳蕃を礼に基づいて弔い直せ」
奥に戻ると、すぐに命じた。
「いけません!」
霊帝の指示にブロックをかけたのは、宦官だ。竇武と陳蕃は、宦官の敵である。名誉回復などされては敵わない。宦官が何を言ったかは史書にないが、推測してみる。
「陛下、竇武と陳蕃を殺したのは、他ならぬ張奐ですよ。彼は個人的な判断で軍を動かし、高名な2人を攻めました。今になって怖くなり、罪滅ぼしのためにあんなことを言い出したのです。張奐の身勝手な贖罪に、どうして国家が付き合う必要がありますか」
「天災や怪異は、張奐のような臣が招いたのです。ヘビを見て、どんな気持ちでしたか。不気味だったでしょう。張奐は、己の意見を通すために詭弁を使って、凶を吉と言いくるめました。ああいいう妖しい男こそ、除くべきなのです」
霊帝は、王朝の財政回復に忙しい皇帝だ。商人はリアリストである。もう死んでしまった人の扱いで、うだうだと議論をしたくなかった。面倒だから、宦官に委ねてしまった。

張奐は太常となった。九卿の一員で、礼儀・祭祀のことを掌る。
「張奐は、三公になるべき人だ」
推薦の声があった。尚書の劉猛、刁韙、衛良と、王暢(列伝46)と李膺が、張奐を清流のホープと見込んだのだ。
「させるかよ」
宦官は猛反発した。張奐は、宦官が詔を偽ったことの、生き証人である。軍人として最強だから、手が出しにくい。そういう張奐が清流を代表するのは、避けたい。
「張奐を捕えなさい」
なりふり構っていられない宦官は、前後関係の文脈を捨て、なんの客観性もない罪をでっち上げた。張奐らは、みな廷尉に捕まった。だが急ごしらえの冤罪は杜撰で、数日で釈放された。
「3ヶ月分の俸禄を払えば、赦すだろう」
拙い脚本で恥をかいた宦官は、早く幕を引いてしまいたい。わけの分からない恩赦を発行して、事件を終わらせた。
ここに1人、小人がいる。司隷校尉の王寓である。
彼は宦官と結託した。
「私は宦官へのパイプを持っている。宦官はパイプを持っていない。さあ、私に云えばどんな官位でも、調達してやろう。私に逆らえば、どんな官位でも剥奪してもらうぞ」
百僚は懼れて、小人に逆らえなかった。宦官の威を借るとは、宦官以下の振る舞いである。
「見苦しいママゴトだな」
ひとり張奐のみは、王寓に取り入らなかった。
王寓は怒り、張奐は党人だ、と叫んだ。張奐は禁錮となり、故郷に帰った。敦煌郡ではなくて、新しい本籍、弘農郡で暮らした。

次回は、張奐のライバル・段熲が登場します。
いま読んでいる列伝55で、3人目に登場する将軍です。
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このコンテンツの目次
>『晋書』と『後漢書』口語訳
ユニット名は「涼西の三明」
皇甫規
1)敗北を見抜いた若者
2)降伏は金で買えますか
3)私を党錮に処しちゃって
張奐
4)金離れの超人
5)外戚恐怖症の過ち
6)故郷の土になりたい
段熲
7)囚人から并州刺史へ
8)東西羌のホロコースト
9)段熲が貴んだ宦官