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破壊者・梁冀の血の成分 2)抑圧されたマザコン
梁竦
梁竦はあざなを叔敬という。
若くして『孟子易』を習い、20歳でマスターした。
兄の梁松が、駅伝を私用で使ったことに連座して、九真郡に流された。長江と洞庭湖を過ぎ、沅水と湘水を渡った。荊州を縦断して、辺境に分け入っていく旅だ。
呉子胥や屈原は、無罪でこの奥地に流されたんだなあ」
と悼み、『悼騒ノ賦』を作った。
黒い石に作詞を刻み付けて、舟から水面に投げ込んだ。それなら後世に文面どころか、賦が読まれたことすら伝わらないはずだが、きちんと『東観漢記』に採録されている。怪しいことである(笑)
とにかく梁竦が「切ない詩人キャラ」だと、確認できた。

「本郡(安定郡)に戻って良い」
明帝に許された。
梁竦は戻っても、門を閉ざして自宅浪人のような生活をした。
梁竦は文筆作業をして、『七序』にまとめた。これを見た班固は、梁竦の著作を褒めた。班固は『漢書』を著した、高校の日本史Bで名前を覚えさせられる偉人である。その偉人に認められたのだから、梁竦は一級の文化人ということになる。
班固曰く、
「孔子は『春秋』を書いた。乱臣や賊子は、『春秋』のお説教により、過ちに気づかされて懼れた。梁竦は『七序』を書いた。いたずらに官位にあり給与泥棒をしている人は、『七序』に啓発されて、過ちを羞じるだろう」
孔子と梁竦の対句である。
かっこいい褒め方だが、実はウソである。乱臣賊子や給料泥棒は、読書などしないからだ。テレビの視聴人口を増やすため、テレビCMを流すようなものである。テレビを見ていない人は、CMを見ることもない。

梁竦の性格は施しを好み、生業を重んじなかった。
兄嫁(梁松の妻)は、光武帝の娘だ。彼女は、貧しい梁氏たちに資金援助をしたが、特に梁竦を敬った。衣食や器物を与えるときも、必ず他より1クラス上のものを与えた。
「もったいないことです」
梁竦はもらった物を、一族に分け与えてしまい、自分の物にはしなかった。プレゼントしがいのないホストである。梁竦が生業を持たず、文化活動にだけ専心できたのは、兄嫁の援助のおかげだ。あまりカッコいいとは言えない(笑)懐が深いのではなく、思慮が浅いのだ。
梁竦は洛陽で成長したから、本籍の安定郡に閉じこもっているのが、楽しくなかった。
「私は才を活かしたいのに」
鬱々としていた。かつて遠望台に登って、言った。
「大の男ならば、生きては侯に封じられたいし、死しては廟に祭られたい。もし叶わないなら、閑居して英気を養うのがいい。『詩経』や『書経』は、ひとり遊びに最適だ。中途半端に州郡の仕事に就いても、わずらわしいだけだ」
こんな態度だから、あちこちからスカウトがかかっても、全て断った。自意識過剰で、世間知らずな都会っ子である。
ちなみに『礼記』によれば、諸侯が死ねば5廟、卿大夫が死ねば3廟、士なら1廟を設けることが許されている。死後に廟が欲しいだけなら、いくらかハードルが下がる。

梁竦には、3男3女がいた。
「娘を皇帝に差し出しませんか」
最高のオファーが舞い込んだ。後漢の劉氏は、南陽のしがない貴族が母体である。だから建国を援けてくれた氏族を外戚として取り込み、権力基盤を強化していた。梁竦の父・梁統が光武帝を助けたから、声がかかったのだ。
梁竦の2人の娘は章帝の貴人となり、劉肇を生んだ。貴人とは、皇后の下位である。
ときの皇后は劉肇を引き取って、我が子のように養育した。
「オレの孫が、将来の皇帝か」
梁竦は悦んだ。皇后が養育しているということは、継嗣と認定されたに等しい。
よくよく列伝を読み返してみると、ここまで梁竦は、何もしていない。兄に連座して南方に流され、帰ってきては本籍で文章を書き、気分が塞いだたら景色のいい所に登り、わがままを叫んでいただけだ。いまだ就職もしていないのに、最有力の外戚となる機会を得た。
このまま進めば嬉しいのだが、『後漢書』の神様はそれを許してくれなかった。梁竦を悲劇が襲う。
劉肇を引き取ってくれた皇后は、竇氏である。その皇后の実家の人たちが、梁竦の前途を煙たく思った。
「もし劉肇が次の皇帝になったら、実母の梁氏が力を持つ。せっかく皇后を出したのに、我々竇氏は逆転される。害される前に先手を打とう」
疑心暗鬼&被害妄想である(笑)
竇氏の皆さんは、事前にしっかり話し合いをして、方針の擦り合わせをしておいて欲しいものだ。一方では梁氏が産んだ皇子を可愛がり、もう一方では梁氏を妬んだ。
「梁貴人は、顔つきが大逆です」
テキトーな罪により、梁貴人の2名が殺された。
「梁竦はニートのくせに偉そうです」
梁竦は逮捕・詰問され、獄死した。83年のことだ。
――悪逆を以って謗った。
としか史書にないから、どういう罪名で殺されたのかは定かではないが、とにかく冤罪に服した。
梁竦に連なる人は、再び九真郡に流された。兄嫁(光武帝の娘)にも危害が及び、新城郡に移された。朝廷から監視役が来て、兄嫁を見張った。
梁氏を滅ぼす勢いで攻勢をかけてきた竇氏は、かつての梁統の盟友・竇融の一族だ。いま外戚同士が争い始めた。後漢の主導権というパイを巡って。
この竇氏こそ、後漢を乱した荒ぶる外戚の、第一号だ。
「劉肇の母は誰だったっけ」
王朝の記録官が、すっ呆けた。もちろん答えは「梁貴人」である。劉肇の母方の記録が、故意に抹殺されたのだ。
ときどき歴史書に「宮省事密、莫有知××」というフレーズが出てくる。すなわち、禁中のことは秘密なので、誰も知らないよ、という意味だ。魏の4代皇帝・曹芳が登場するとき、同じ表現が使われる。曹芳の出自は、公認の謎なのだ。和帝の例から推測すると、曹芳の父は、政治的な敗北者だと分かる。

88年、劉肇は即位して、4代和帝となった。まだ10歳で政治が見られないから、外戚が摂政した。やがて、
「竇氏の専横に耐えきれぬ」
と発奮した和帝は、外戚・竇氏を滅ぼした。
97年、竇皇后が死ぬと、梁扈(梁竦の従兄)は、従兄の梁禅を三公府に遣わして奏上した。
後漢の国是では、母系の親族を崇めることになっています。和帝の母・梁貴人は、存在を抹殺されたままです。どうか記録の訂正と、名誉の回復をお願いします」
「う、う、う、うう」
これを聞いて感動し、哀切の涙を落としたのは、和帝その人だ。
「君はどう思うか」
和帝は、大尉の張酺(列伝35)に聞いた。
「親親を明らかにすべし」
「君でなくては、誰が朕の願いに賛成してくれるだろうか」
和帝は泣きながら、張酺に感謝を述べた。親ヲ親シムということで、血縁を大切にしなさいということだ。亡き母・梁貴人は尊号が送られ、梁氏を政権に復帰させた。
こういうタイミングで、
「私は梁氏の生き残りです」
と申し出てきた人がある。南陽郡の樊調の妻である。彼女は梁竦の娘で、2人の貴人の実姉だ。梁竦には3人の娘がいたはずで、1人は行方不明になっていたが、その人が出てきた。
「前漢ノ文帝が即位すると、母系の薄氏は栄華を蒙りました。宣帝が即位すると、母系の史氏も興りました。梁氏は散り散りになりましたが、陛下の御恩を受けて一族を弔いたいものです」
和帝は伯母の発掘を喜び、詳しく検分させた。生き残りさんの言葉はハッキリしていて真実味があり、頭が良かった。和帝は、
――品行に節操があったから、人柄を認めた。
いちおう史書の体裁としては、こう書いてある。しかし和帝の心を推測するなら、
――亡き母の面影を追った。
という方が正解だろう。
「丁重な贈り物をせよ。伯母には"夫人"の号を送り、夫の樊調を羽林左監とせよ」
樊調は、光禄大夫・樊宏(列伝22)の兄の曾孫だ。樊宏は光武帝の伯父である。
「朕の母に、恭懐皇后の名を贈る。皇后の父・梁竦は、褒親愍侯に封じよう」
和帝は自ら葬送に参列し、百官は従った。
親親を国是としたのは、和帝の父の章帝のときだ。白虎観に儒者を集めて、大々的に会議をやった。この決定が、後漢で外戚が力を持つオフィシャルな根拠となった。
さっそく次の和帝のときに、外戚・梁氏の名誉回復は是か非かというテーマが噴出した。結果は、和帝が母を追慕する気持ちが抑えられず、思いつく限りを尽して貴ぶこととなった。章帝が整備したルールは、和帝が少し派手にして、運用の軌道に乗せたと言える。
ここでは省略したが、『後漢書』では和帝が、くどくどくどと、どれだけ母系親族が尊いものかを言っている。
幼くして生母から引き剥がされたから、和帝は母性愛に飢えた。10歳で即位して、ずっと心細い体験をした。和帝が心の隙間を埋めるのは勝手だが、それが王朝の在り方を決定してしまうのだから、皇帝はおちおち幸福追求をしてはいけない。
「梁竦の遺族を呼び戻せ。梁氏の子弟は侯とし、邑は5000戸ずつ。特進(三公に次ぐ)として、邸宅・奴隷・車馬・什器は百万を与えよ
やり過ぎである。
梁氏は、父方と母方の全てが、郎や謁者に任命された。後漢に、空前の栄華を誇る一族が、初めて誕生してしまった。前代までの3人の皇帝は、豪族たちのバランスを取ることに腐心してきたのに。
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このコンテンツの目次
>破壊者・梁冀の血の成分
1)後漢の建国を輔けた
2)抑圧されたマザコン
3)気遣いの気疲れ
4)特権の預金残高
5)世襲できない血筋