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破壊者・梁冀の血の成分 4)特権の預金残高
梁商が上疏して曰く、
「張逵らが起こした事件に連座して、在位の大臣まで捕えられていると聞きました。『春秋』が説いているように、功も罪も、トップの1人のものです。すでに首謀者を罰したのですから、新たな逮捕者を増やすことは避けて下さい
道理を曲げた意見ではない。しかし動機は保身だ。
梁商と曹騰は、かたや外戚の、かたや宦官の筆頭である。彼らを陰に陽に煙たく思う人は、少なくない。それは人の世の常である。
この事件にかこつけて、僅かでも順帝の人事に不満の素振りを見せた臣を連座させたら、梁商の敵が増えるじゃないか!
「私の八方美人作戦を妨げないでくれ」
梁商は、心の中で泣いた。

141年秋、梁商は病が篤くなった。
子の梁冀に遺言した。
「私は不徳なのに、(外戚だから)多福を享受した。派手な副葬品は、朽ちた骨には要らない。葬送の道を飾っても、ゴミが出るだけだ。国境は異民族が出るし、国内は盗賊が多い。私の葬儀なんかで、これ以上国に損失を出す必要はない。生贄は奉げず、地味に弔ってくれ」
外戚として国政に臨んだから、梁商は志の高い遺言を吐いた。だが、裏の意味もある。
「あまり目立つと、潰されるぞ。気をつけろ」
これが隠れたメッセージだ。むしろ、こちらを伝えたかった。だが梁冀は、それを聞き取るような上等な耳の持ち主ではない。
梁商が死ぬと、順帝は自ら喪に臨んだ。
「できるだけ豪華に葬ろう!それが朕の意向だ!」
「ちょっと待って。それじゃあ遺言と違う・・・」
「いいんだよ!朕の感謝の気持ちだ。梁商は外戚として、国政を代行してくれた。この偉大な人物を、質素に送り出していいものか」
「それもそうだな。外戚万歳!散財万歳!」
父という錘(おもり)が外れた梁冀は、はっちゃけた。
順帝は前代未聞なほど金品布帛を費やして、梁商を葬った。最高位にありながら、一生の忍耐を経験した梁商は、忠侯とおくり名された。
「父の葬儀って、楽しいなあ。もう一回やりたいなあ」
ついに梁冀の登場である。

梁冀
梁冀は、あざなを伯卓という。梁商の長男。
イカり肩で、トンビの羽のように上方にそびえた。肩の骨が歪曲している訳がないから、本人がわざとやっていたんだろう。チンピラが派手なスーツを着て、肩を揺すって歩く。パーソナルスペースを大きく見せて、力を誇示しているそうだ。梁冀もきっと同じだ。
目は縦に長く、豺のようだった。豺とはヤマイヌだ。狼に似ているが、小柄で茶褐色。獰猛な性格で、群れて生活する。
眼光は人を直視するもので、言語は吃音だった。何を言っているか、よく分からなかった。読み書きが、少しだけできた。って、少しだけじゃダメじゃん。
外戚の貴族だったから、若いときからブラブラして、好き放題だった。酒が好きで、強弓のように頑固だった。テーブルゲームや蹴鞠、賭博が好きだった。鷹を腕に載せ、狗を走らせ、馬を駆け、鶏を闘わせた。フル装備をした姿を想像すると、ちょっと面白い動物お兄さんだ。
日本の妖怪ヌエは、頭はサルで胴はタヌキ、胴はタヌキで尾はヘビ、手足は虎に似るという。梁冀は、自分の身体が動物で、装備品も動物だから、さらにウワテである。

はじめ黄門侍郎となり、侍中、虎賁中郎将、越騎校尉、歩兵校尉、執金吾を経験した。履歴書の行数がものすごく必要だが、実務をしていたわけじゃないから、面接は3秒で終わる。
「自己紹介をどうぞ」
「り、梁冀だ。黄門じろ、侍郎をやって・・・」
「どんなお仕事を担当しましたか」
「あ、うう、う」
「よく分かりました。結構ですよ」
という感じだ。
しかし親の七光りは偉大である。136年、河南尹となった。
河南尹は治安を守る仕事なのに、梁冀は暴虐放恣で、非法が多かった。医者の不養生どころか、医者の即死だ。
「梁冀を世に出しては、いけないんじゃないかね」
父の梁商のところに、助言にきた人がいた。洛陽令の呂放だ。彼は梁商の親しい客である。洛陽令というと、河南尹の下官だろう。彼は友情を伝って告げ口にきた。
「ありがとう。君は恩人だ」
梁商は、このリークに感謝した。
「おい冀、職務態度を正せ」
梁商は、慎重に政界を遊泳している。それを台無しにして、息子があまりに自由人なので責めた。我が一族を滅ぼす気か、と涙目である。
「がるるるる」
梁冀は叱られたその足で、近臣に命じた。
「呂放を殺せ。まだその辺にいるはずだ」
洛陽の道で、1人の男が刺殺された。
「やりましたぜ」
「オヤジに知れたら、また叱られるな」
梁冀は、苦笑いした。
「弟の梁禹を連れてこい。あいつを洛陽令に代える。呂放には仇敵がいたはずだ。今回の殺害は、その仇敵がやったことにする。仇敵を逮捕したら、一族を皆殺しにして口を封じろ」
恐るべき悪知恵である。梁冀が就いている河南尹は、洛陽令の上司だから、任免権がある。ミスを隠そうとする浅ましさは小学生並で、作戦と動員権力は一流の悪党である。ギャップに惹かれるという女性ならば、一撃で惚れるだろう(笑)
梁冀の指示通り、梁禹は仇敵を捕え、宗親と賓客を100余人殺した。
「これで完全だ。やっと旨い酒が飲める」

うっとうしい父・梁商が死んだ。
梁冀は、父が高位にあるのに、好き勝手にやらないのが不満だった。目の前に馳走があるのに、手を伸ばさず飢え死を選ぶくらいに愚かで矛盾だ。たいそうイライラした。
順帝は、梁商の謙譲たっぷりの態度に、好感を持っていた。梁商という梁(ハリ)がなくなって、王朝の負担が自分の双肩に戻ってきた。この皇帝は、曹騰とホモのように親しんだように、孤独に耐えられない人だ。
「次の梁氏は誰か。早く後を任せよう」
順帝は、梁商の再来を期待した。だから、まだ梁商を葬っていないのに、急いで詔した。それくらいすぐに、心強い外戚のサポートが欲しかったのだろう。
「梁商の後継を、大将軍とする」
順帝は、まだ梁冀を知らない。イタズラに砂をかけるのが上手な梁冀だから、順帝に本性を知られていない。
梁冀は、大将軍になった。弟の梁不疑は、侍中から河南尹になった。ところてん式である。

ほどなく順帝が崩御し、子の沖帝が立った。梁太后が臨朝した。幼帝を、前の皇帝の皇后が支える。それを皇后の一族がバックアップする。典型的な外戚政治の舞台設定である。
「邪魔なものは何もない。視界はクリアだ」
梁冀は大笑いした。
梁商は、慎ましい外戚のあり方を模索した。しかし道半ばにして、心労で倒れた。いま梁冀が継ぎ、外戚の中の外戚として、己の境遇を楽しんだ。くり返すが、外戚が今日の地位をこの王朝で手に入れたのは、梁貴人の悲劇を和帝が悼んだからである。
「オレは、外戚の特権を使い尽くす権利があるぞ。父の分も取り替えそう。いや梁竦の分まで、オレが楽しむ。いいや、梁統が建国を助けた報酬も、オレがもらう」
梁冀は勝手に決めた。外戚の害というものがあるとしたら、それを最も発揮する立場に、梁冀がいる。王朝に対して最大の預金を持った梁氏の通帳と銀行印を、自制心のない悪ガキが握った。

詔があった。
「梁冀よ。太傅の趙峻と、大尉の李固とともに、尚書のことを司れ」
と言っても、乳児に詔は出せないから、梁冀以外の役人が、それっぽい文面を整えただけだろう。
「ご辞退します」
目には目を、歯には歯を。ヤクザの行動原理である。役人が内容のない詔を作るなら、梁冀は内容のない返答をして、それに逆らった行動をしてやろう。それが梁冀なりの復讐である。
梁冀は、ますますやりたい放題にやった。
「沖帝、崩御!」
歳を挟んで、また皇帝が死んだ。梁冀は質帝を立てた。陰の立役者は、曹騰である。梁商と連座したことのあるこの宦官は、梁冀に手を貸した。曹騰の意図がどこにあったかは、別の日に考えるとしよう・・・
質帝は郡臣を集めて、梁冀を見た。
「これは跋扈将軍だ」
この言葉の裏に、梁扈という人がいるんじゃないかという推測は、前にやりました。
「ぬおお、チン毒を餅粥に浮かべて食べさせよ!
梁冀は質帝の発言に怒って、毒殺を命じた。質帝はその日のうちに死んだ。累代の外戚は、皇帝より偉いのだ。
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このコンテンツの目次
>破壊者・梁冀の血の成分
1)後漢の建国を輔けた
2)抑圧されたマザコン
3)気遣いの気疲れ
4)特権の預金残高
5)世襲できない血筋