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『三国志』への宿題、王莽伝
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1)永遠の漢帝国
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東晋次氏の『王莽』を前回まで読み、知識がいくらか付いたところで、自前の王莽伝を書いてみようと思います。
◆曹氏と王莽の共通点
なぜ三国志のサイトで王莽の話をするのか。それは王莽の「新」と曹氏の「魏」に、共通点がとても多いからです。
2つの王朝の君主が辿った道のりを、順に書いてみます。
(1)治世の行き詰った漢帝国に登場し、
(2)無力な漢皇帝に代わって政治を行い、
(3)改革を成功させて、高い身分に昇ったせいで、
(4)臣下でも皇帝でもない、微妙な立場に陥り、
(5)放伐でなく禅譲によって、皇位に即くが、
(6)けっきょく短期間で支持を失って滅び、
(7)後世からは、散々に叩かれる不幸な結末となる。
何百年も続いた「漢」の呪縛が強いせいで、後に続く王朝は、舵取りが苦しいのです。悪いことをしたわけじゃないのに、
「なんか、オレがスベッたみたいに、なっとるやんか」
と顔色を変える関西人みたいに、損な役回りを歴史の中で演じた。 王莽の話をする準備として、
まずは『三国志』の世界に蔓延した、漢の呪縛の中身について、見てみようと思います。
個人の業績に絞り込んだ「王莽伝」は、3ページ目から始めますので、お急ぎの方はお飛び下さい。
◆「漢」が好きな中国人
中国人は、王朝が滅びて1800年経っても、いまだに自分たちのことを「漢民族」と言っている。
なぜ中国人は、そんなに漢が好きか。
ぼくは日本人だし、中国人に聞いたわけじゃないから、推測するしかないのだが、
「民族が初めて獲得した、長命の統一王朝だから」
じゃないだろうか。
夏の思い出は儚くて(笑)、殷や周は単なる都市国家だから、広大な大陸を覆う国家の前身と見なすには、どうも物足りない。秦は2代でコケたから、なんだか縁起が悪い。だが漢は400年も続いたから、これこそ中国という国家の基点なんだと。
初恋がその人の恋愛スタイルを規定するように、漢が中国人の国家観を規定したんじゃないか。人が道に迷うと回帰したくなる、原点だ。
◆『漢書』に込められた永遠
『史記』と『漢書』は、しょっちゅう比較されてきたようです。いわゆる正史の、1番目と2番目の本です。
現代日本の世間的な評価としては、
「『史記』は登場人物の描写がイキイキしているから、面白い。扱っている時代が長くて、オトクな感じがする」
として、ファンが多くて、出版物もとても多い。 対して『漢書』は、
「前漢のことだけを説教くさく記した固い本に過ぎず、興味なし。歴史ファンでも、あまり読まない」
と言ったところか。
ちくまの文庫版の『漢書』の完訳が、リリースからまだ10年なのに、出版社にも在庫なし。ほしいなあ。。 まあ、当世の『漢書』の評価は、そんなもんです。
『漢書』を、断代史(1つの王朝の歴史をまとめたもの)の1番目だと位置づけることも出来るが、これは著者の班固の認識と違う。
班固が生きたのは、後漢の前期です。 このときは、漢が滅びるなんて誰も思っていない。もちろん、のちに「断代史」なんて分野が確立して、20冊以上も異なる王朝の「正史」が認定されるなんて、誰も思っていない。
班固に喋らせたら、
「私の『漢書』は、永遠に続く漢王朝の歴史のうち、『史記』の後の時代を書き足したものだ。いくら司馬遷でも、己の死んだ後の歴史は、書けなかったからね。後世にも、この漢王朝に、私のような優秀な文筆家が登場して、『漢書』の続きを書き足してほしい」
と言うだろう。そして、
「儒教をまるで分かっていない『史記』の弱点は、私が手直ししてあげましたけどね」 と自慢げに付け足すに違いない(笑)
少し道草を食ったが、ぼくが言いたかったのは、
「漢帝国は、班固の例に顕著なように、永遠だと信じられていた」
ということ。
◆神がかった永遠
初めて成就した恋愛を楽しむ若者は、
「この恋愛は、永遠だ」
と信じています。盲目的に信じないまでも、永遠たることを少しは願っているでしょう。 下世話な例ですが、やや古い歌に、 「恋には始まりと終わりがあると思っていたが、キミと恋をしたら終わりがないことを知った」
みたいなフレーズがあった。即座に、
「まだ現在の恋が終わってないだけだ。反例がないだけだ」
と突っ込みたくなったが、人間の感性なんて、そこまでロジカルじゃない。願っちゃうし、信じちゃう。
王莽のときすでに、呂氏の禍いを乗り越えて、漢は奇跡的に200年も続いていた。前代の秦と比較したら、さながら神話的な生命力を持った、前代未聞の王朝だったわけだ。 まして曹操のときは、光武帝の奇跡まで加算され、宗教的な真理にも近い永遠性があった。
次は「永遠」と、儒教について考えます。思想史をきちんと踏まえた、難しい話はできませんが。
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このコンテンツの目次
『三国志』への宿題、王莽伝
1)永遠の漢帝国
2)儒教が生み出す「永遠」
3)王莽の強みは語学力
4)平帝を毒殺していない
5)背理法の苦しみ
6)禅譲は、改革の延長
7)禁忌、異民族政策
8)光武帝は簒奪者だ
9)曹操への宿題
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