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『三国志』への宿題、王莽伝 3)王莽の強みは語学力
◆前回までのまとめ
曹氏の魏は、漢から「禅譲」を受けて、新しい国を作ることに苦労した。あまり、うまく行かなかった。
なぜか。
「漢は永遠に続くもの」
という思い込みが、世論を形成していたから。

なぜ「永遠」なんていう、後世のぼくたちから見たら「間違った」思い込みが、信じられていたか。
ひとつには、漢の歴史が稀有に長いから。唯一漢を中断させた王莽は失敗した。皮肉にも、漢の永続神話に、協力させられた。曹操は、同じ轍を踏みたくないと思っただろう。
ふたつには、漢が、
「秦末戦争に勝った劉氏のための、刹那な私的機関」
から、
「知識人が知恵を出し合って参画する、永遠の公的な仕組み
に化けていたから。
仕組みの永遠性を支えたのは、頭脳が紡いだ非自然的なロジックの集積=儒教だった。

曹操が漢から「禅譲」を受けることは、すでに絶望的に見える。・・・そもそも先例たる王莽は、何をしたのか。曹操のために(笑)考えてみた。
◆王莽の脱線時期
王莽は簒奪者として、後世の評価が最悪だ。どこで間違ったんだろうか。すなわち、どこから「簒奪者」への道を歩み始めたのか。他の前漢の高官と、何が違ったのか。見てみます。

王莽は、前漢の外戚として、大司馬になった。
政治家の習性として、自派が勝利したら嬉しい。富貴を楽しめる。自派が敗北したら、一族が滅ぼされるかも知れない。だから、負けてはならない。当たり前だ。

哀帝のとき、前漢は国力が低下していた。登場が望まれるのは、改革ができる人材だ。
敵対した哀帝が病没すると、王莽が台頭した。王莽の改革政策は、人々に支持された。
前漢には以前、霍光という、とても功績が大きい外戚がいた。王莽がやったのは、時代背景こそ違えど、霍光と同じ性質のことだ。
王莽は政治家だから、派閥争いをした。これは、普通のことだ。理想化された霍光だって、派閥争いに勝ち抜いて、すばらしい政策を打った。だから、王莽はおかしなことをやっていない。うーん。

◆権力争いの作法
霍光も王莽も、
「オレが立派だから、オレが権力を持つべきだ」
というゴリ押しの政治をしない。
そういう理屈を持ち出したら、
「いやいや、それを言うなら、皇帝が親政をすべきでしょう。秦末に戦って、劉邦が勝ち抜いたんだから、劉氏にその権利がある。もしイヤなら、戦争をやって、あんたが勝ちなさい
とたしなめられて、終わりだ。せっかく平和なんだ。誰も戦争は望まないから、挙兵しても支持されなかろう。皇帝は、べつに劉氏でいい。

とは言え、皇帝は幼弱だったりする。親政を頼めない。
そこで、前漢の賢い政治家は、
「儒教のテキストをこう解釈すれば、Aという政治の仕組みが、あるべき姿だと結論できる。Aを実現するには、オレが宰相になるのが、論理的にベストですよね」
と主張していく。
内朝と外朝、外戚や近臣や学者、血統や人脈・・・
みんな自分の属性に都合のいい政治のあり方を主張するために、儒教の解釈本をたくさん作った。
『春秋公羊伝』『春秋穀梁伝』『春秋左氏伝』は、この政争の産物。

なぜ儒学の『春秋』を教材にしたかと言えば、前ページに書いたとおり、人為の知的な営みである政治に、とてもよく溶け合うから。
「確信の持てる真理など、1つもない。ただ生命の原理的なほとばしりに忠実に生きろ・・・」
という『老子』を持ち出しても、政治の議論にならない。

◆独自の語学力で勝ち抜く
王莽は、自分が漢朝を改革したい。あくまで漢臣として勝ち抜くために、周公旦(武王の弟)を専攻して、自説を組み立てた。
「周公は、幼い成王を補佐しました。いま漢帝は幼い。私が輔佐すれば、同じ構図になりますよ」
王莽の祖先は、周公と接点があった(という設定にした)。
――幼い君主と、年長の輔佐。
まあシナリオとして成立してはいるが、構図が平凡だ。ちっとも面白くない。ライバルに勝てない。

王莽がやったのは、「古文学」のテキストを使うことだった。
始皇帝が焚書する前、文字を統一する前に書かれたテキストだ。あんまり字を読める人がいない。興味を持っている人が少ない。入手もしにくい。それだけで、アドバンテイジは特大だ。
「オレは英語が苦手。海外の研究論文は、1つも読んでないよ」
なんて奴は、ろくな成果を出せない。
一方で、
「一般公開されていないヘブライ語の文献に基づけば、これはこうです。この文献は、日本語訳どころか英語訳も出版されてませんがね」
とやれば、有利に議論ができる。
おまけに、
「周公は、孔子よりも昔の人で、孔子よりも格上です。孔子の言行をゴチャゴチャ検討している連中なんて、話になりませんわ」
と言えば、王莽は最強である。

王莽は、漢臣としてのマナーを遵守して、政権を握った。
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このコンテンツの目次
『三国志』への宿題、王莽伝
1)永遠の漢帝国
2)儒教が生み出す「永遠」
3)王莽の強みは語学力
4)平帝を毒殺していない
5)背理法の苦しみ
6)禅譲は、改革の延長
7)禁忌、異民族政策
8)光武帝は簒奪者だ
9)曹操への宿題