表紙 > 読書録 > 菊澤研宗『戦略の不条理』から、三国志を解く

01) 占領統治は、お客様対応

漢籍を翻訳するにはパワーがいるので、読書三昧です。
でも、ただ漫然と読むだけでは仕方なく、
せっかくなら三国志に結び付けて読もうと思ってます。

今回は 菊澤研宗『戦略の不条理-なぜ合理的な行動は失敗するのか』2009光文社新書を読みました。
本の特徴は、
 ◆軍事戦略には、3つの要素がある
 ◆勝利は、3つの要素の足し算で決まる
 ◆軍事戦略を経営戦略に転用すれば、経済的に成功する
です。
現代日本人は、戦場に出て指揮を執るわけじゃないからね、あくまで企業活動に落とし込みをかけるのです。
しかし、
ぼくたち三国ファンは、直接に軍事を語る素材に恵まれてる。だから、この本を読むことは、
 ◆三国志の勝ち負け分析に、新しい視点を提供する
という効果があると思うのです。やってみましょう。
基本的には、本を要約しながら、思ったことを注釈していくというスタイルをとります。

序章

ビジネス世界に、軍事用語である「戦略」が用いられるようになった。アメリカに追随すれば、経済成長できる時代は終わった。日本は、自ら戦略を立てねばならない。

こんな時代だから、『三国演義』を戦略の教科書だとか勘違いする人が増える。諸葛亮の政治ではなく、北伐でのトリックを見て、満足するだけである笑。悲しいことだ。

軍事戦略と経営戦略で扱うプレーヤーの数は、同じである。
図式化すると、
自軍:敵軍:占領民=自社:他社:顧客
である。
奪った地域住民の支持を得ないと、占領統治が成功しない。占領統治は、顧客の獲得に同じである。

三国志の占領統治を、「お客様対応」だと思えば、現代人のぼくらは多くを発見できるはずで。
例えば諸葛亮と法正の、益州統治の意見対立。法正の主張は、
「ケータイにたくさん機能はいらん。操作が難しいだけだ。かつて劉邦は、ボタンが3つしかなく、誰にでも取り扱える機種を打ち出して、支持された。同様に、カンタンにすべきだ」
となる。対する諸葛亮は、
「劉邦の前に出回っていたケータイは、操作マニュアルが1万ページありました。その後だから、ボタン3つが歓迎されたのです。しかし現状はどうですか。シンプルすぎて不便だという声の方が多い。それなら、いくらか機能を付加しても、良いのではありませんか」
と。劉邦の法三章を、ボタン3つに置き換えたんだが、こんな感じで笑


戦略とは、生存のための積極的(あるいは消極的)な方法、生き残るための知恵、生存するためのアートのこと。生存のためには、
「ひたすら誠実にがんばる」
「ただ、がむしゃらに突き進む」
だけでは不充分だ。
この本では、あるべき戦略として、ポパーの説を紹介する。ポパーは、戦略には3つの側面があることを指摘した人である。3つ全てに気を配らないと、生存することができない。

1章、山本七平と孫子の思想

旧日本軍の山本は、『孫子』を読んで驚いた。『孫子』は、
「愛国心、滅私奉公、必勝の信念」
に触れていない。日本軍の戦い方は『孫子』に照らしたとき、間違っていたと山本は思った。空虚な観念論を振りかざしたので、日本軍は敗れたのだと納得した。

だが山本の『孫子』の読み方はダメである。じつは『孫子』は、観念を説いている。
「敵の鋭気を避けて、惰気を撃つ」
「包囲するときは、逃げ道を作ってやれ」
などが、そうである。
日本軍は、観念に頼ったから敗れたのではない。敵国に対して競合優位である心理の要素を、作戦に生かしたのは正解である。だが観念以外の要素を軽んじたから、敗れた。こっちが本当だ。

黄巾の乱は、人数と地域的広がりが、前代未聞だった。しかし、洛陽で謀略が漏れたり、補給が伴っていなかったり、いろいろ問題があったんだろうね。旧日本軍に似てる?
「信者を『方』という組織に分け、リーダーたる『渠帥』を設け」
と書いてあっても、ヤッツケでテキトーな集団だと思う。だが、実はけっこう複雑な組織があったかも知れない。
現代思想史を語るほどの知識はないけどさ、黄巾の乱を、新興の怪しげな宗教団体と見なすから、興味が失われるのです。しかし、旧日本軍と比べてみたら、いろいろ見えてくるかも?
もちろん、元首の尊さについて言及したいのではない。際どい問題になるから難しいけど、、このサイトはあくまで三国志がテーマです。


『孫子』が言う最高の戦い方とは、「謀」で事前に戦いを封じてしまうこと。兵士個人の勇気に頼らず、集団の勢いで攻めること。兵士の生存本能をくすぐり、
「相手を殺さなければ、自分が死ぬ」
という状況を作ることである。

『孫子』の教えを、著者が読み替えると、こうなる。
まず、物質的な豊かさに頼って力押しするだけではいけない。アメリカ軍は、硫黄島や沖縄戦で、18万人のうち、1万5千人が病んだ。物質だけでは、不充分である。
かと言って、心理的な強さに頼って、気合で突っ走るだけではいけない。日本軍は、滅びた。山本の話で、すでに見た。
物質と心理では、戦略を語りきれず、、
やっと真打登場です。この本が一押しするポパーは、物質と心理につづく、第3の要素を提唱している。それは、
「知性的」
な要素だ。誰でもアクセスできる、客観的な要素である。

これが、非常に分かりにくい。ぼくなりに噛み砕くと、
「どれだけ物質が多かろうと少なかろうと、どれだけ心理が強かろうと弱かろうと、それらに全く関係なく、必然的にそうなってしまう状況
のことかな。戦う前も後も関係なく、外側からカッチリはまっている枠のことです。
三国志に例えるならば、後漢皇帝の尊さです。
どれだけ物量が少なく、どれだけ臣下がやる気がない集団でも、後漢皇帝を戴くことで、いきなり光り輝く。曹操がいちばんうまく利用した。
「知性的な要素」は、まだいくらでも本が解説してくれるので、後に譲ります。

次回に続きます。