03) 戦史と『孫子』の3要素
3章~5章は、防衛大学校仕込みの西欧の事例が並びます。ぼくは西欧よりも斉王に興味があるのだが、、
3章、物理的要素のサンプル
クラウゼヴィッツによる、強者の戦略論。要は、
「力攻めして、徹底殲滅しましょう」
という話。実戦で裏打ちされた自信は大いに結構でございますね、と。
クラウゼヴィッツを、経営戦略に例える。
ヒト、モノ、カネは、力のある人々に効率的に配分される。完全合理的に利益を求めて、競争する。
ポーターは、ファイブ・フォース・モデルに唱えた。企業には5つの脅威がある。新規参入の脅威、業界内の競争者、代替品の脅威、買い手(お客様)の交渉力、売り手(仕入先)の交渉力である。
新興勢力の孫策、競争者である劉備、違う皇帝を立てそうな袁氏、領民の逃亡、臣下の離反。おお!当てはまった(笑)
力で力を押し返す世界である。
ブルー・オーシャン戦略も、物理的要素の話だ。
新製品を差別化しても、模倣されて、企業は互いを傷つけあう。血みどろのレッド・オーシャンとなる。
ブルーに行くには、4つのアクションをする。取り除く、増やす、減らす、付け加える。これにて、差別化することが出来れば、殴り合いを脱する。成功だ。
取り除くのは、道徳による人材登用基準。増やすのは、屯田による生産力。減らすのは、非合理的な文化や信仰。付け加えるのは、献帝の正統性。
アクションは、言葉にすると曖昧だ。数字にするなら、
「0から10、3から7、7から3、10から0をやれ」
ってことです。つまり、思い切って0を絡ませるのがポイント?
しかし人間は、限定合理的(完璧に合理的には動かない)から、物理的要素だけは勝てない。
4章、心理的要素のサンプル
リデル・ハートによる、弱者の戦略論。
ハートは実戦に参加して、悲惨な体験をした。だからハートは、兵力も物資も消耗しない戦い方を唱えた。
「敵の配備を混乱させる。兵力を分断する。補給を危機にする。路線を脅威にさらす」
という撹乱が有効である。
「もっとも予想外の方法で、もっとも弱いところを攻めろ」
ハートを経済学に例えると、レファレンス・ポイントです。
Sの字が寝たようなグラフだが、言語化するなら、
▼利益と満足は、正比例しない。
▼1を得るより、1を失うほうが影響がでかい。
▼好調のとき、少しでも損をすると落ち込む。
(不調のとき、少しくらい損をしても落ち込まない)
▼不調のとき、少しでも得をすると嬉しい。
(好調のとき、少しくらい得をしても嬉しくない)
不調のときは、ちょっとくらいリスクがあっても、消費者は買い換えようとする。正攻法でいい製品を作り続けるより、不満足な状態に陥れる側が、効果的である。
まるで奇襲でもかけるように、勘所を攻めよ、と。
袁紹は官渡で、ちょっと兵糧が焼けたら乱れた。曹操は赤壁で、ちょっと船が焼けたら乱れた。劉備は夷陵で、ちょっと柵が焼けたら、乱れた。
大軍は、けっこう勝っても嬉しくないくせに、ちょっとでも失うと狼狽する。だから負けるのでは?
逆に小兵力なら、敗れてモトモトの覚悟があり、ちょっと勝つと士気がうなぎ上りだ。逆転できる。
時代は下るが、前秦が東晋を攻めた、肥水の戦いも、同じ説明が付くんじゃないかなあ。
オリジナルな着想なので危ういが、史料を読んで膨らませたい。
5章、知性的要素のサンプル
エルヴィン・ロンメルは、戦争の達人。小隊から大軍団まで、あらゆる規模の指揮がうまかった。
(韓信は、小隊長でもなかったそうです。訂正します)
ロンメルは、戦争法規を守った。人道的な将軍として、自国のドイツだけでなく、敵国のイギリスからも支持された。
物理+心理+αの戦略家だとは認めるが、、腹に落ちないねえ。
知性的世界を経営学に横滑りさせると、「取引コスト」である。
もし圧倒的に安くて優れた商品があっても、人は簡単には鞍替えをしない。不確実なことをやって、無駄な時間や労力をかけたくないから。現状から変わることは、たとえどんな改善であれ、面倒くさい。
物理的でも心理的でも説明が付かない、「第3の何か」くらいの意味だろうか。それ自体が積極的な定義を持つのではなく、消去法の結果として残るものか。面白くない論理展開である。
『孫子』と3つの戦略
本は次にハンニバルとナポレオンの例を見せますが、省略。『孫子』を、3つの戦略で解釈してくれているので、引用。
孫子の五事七計を分類。物理的要素とは、天候と地形。心理的要素とは、君主の人心収攬と、将軍の優秀さ。知性的要素とは、軍紀や法令の遵守、兵士の訓練、賞罰の公明正大。
『孫子』の他の部分にも分析が加えられ、
物理は、戦費と兵糧。心理とは、勢いに乗り、虚を突くこと。知性は、主導権を握ることと、情報を先取りすること。
本は言っていないが、外交も知性に含まれるのでしょう。物理でも心理でもなければオールオッケーならば、皇帝の正統を含めてもいいはずだ。
おわりに
本はまだ続きますが、新しい概念の提出は以上でした。だから要約を終わります。
「自分の捉えられる範囲でベストを尽くしているのに、なぜか結果が付いてこない」
とは、よくあることで。
そのときに人間が打開する方策は、2つだと思う。
①何としても自分が正しいことを証明する
②やり方を変える
目の前にある現実が、うまくいってないなら、後者②が正解なのです。しかし人間はプライドのカタマリなので、ついつい前者①に固執してしまう。そして、退却のタイミングを失う。
本が言った知性的要素とは、
「本人が気づいていない、勝敗を左右する指標」
と言い換えていいと思う。ゲームの隠しパラメータみたいなもので、それに気づいた人だけが反則級に有利になるものです。そのパラメータの例が、ロンメルの軍法遵守であり、経済学の取引コストであり、孫子の諜報であり。ぼくが気づいたのが、皇帝の正統性であり。
リアルタイムに成功したい人は、
「私が気づいていないパラメータがないか」
と探すといい。歴史を読む人は、
「この成功と失敗には、あんなパラメータが作用していたのでは」
と推測してみると楽しい。
栄養となる果実を提供するではなく、作物の育て方を書いてある本でした。本屋で手にしたときは、
「この3次元に座標を取れば、全ての戦略の優劣を評価できますよ」
ってのを期待したんだが、果実ではなかった(苦笑) 091022