表紙 > 読書録 > 仲達が司馬炎に『孟子』『荀子』を講義したら

02) 孟子と荀子の要約

澤田多喜男&小野四平訳『荀子』中央公論新社2001
貝塚茂樹訳『孟子』中央公論新社2006

を読みました。
司馬懿が孫の司馬炎に、『孟子』と『荀子』を講義します。

ザクッと要点だけ言ってしまうと

仲達は、司馬炎と向かって座った。
「細かい話に入る前に、全体の見通しを与えておく」
「お願いします」
「まず『孟子』は、この世を、必ずハッピーエンドで終わる、ドラマの脚本だと捉えた

ぼくが勝手に例えています。例えが現代日本風なのは、ご愛嬌で、、

「『孟子』は、人の性質は、善であるという。善であるから、放っておいても、良い行動をとる。必ず登場人物の努力は報われ、必ず伏線を回収してくれる、親切なドラマと同じだ」
「安心して、ドラマを見れますね」
「そう。そして『孟子』は、優れた君主であれば、どんな困難に出会っても、必ず成功すると考えた」
「確かにハッピーです」
「例えば、堯から舜へのバトンタッチは、舜が素晴らしい人なので、お約束の成り行きとして、当たり前に行なわれたとする。このような筋書きを用意してくれるのが・・・」
天、でございますね」
「そのとおりだ」

「いっぽう『荀子』は違う。捻くれた大人向けのドラマだ。予定調和したエンディングを、用意してくれない」
「どのように、期待を裏切りますか」
「『荀子』は、人の性質は、悪だと言った。悪であるから、成り行きでは幸せになれない。登場人物たちは、努力して欲望を抑え、成功を勝ち取らねばならない」
脚本家の『見えざる手』は存在しないと」
「そうだ」
「自力で救済するアクティブな『荀子』の設定は、少年漫画に馴染みそうな気がします」
「ちょっと違う。少年漫画は、努力した主人公が敗北しれば、作者を責めたらよい。次週には、大逆転が用意されるだろう。だが『荀子』は、努力した主人公が失敗すれば、その主人公が、力量不足を責められる。読者の期待を裏切った作者は、咎められない」

司馬炎は、ため息を吐いた。
「・・・そんな救いのない」
「これが性悪説だ。そして『荀子』が説く優れた君主とは、人の欲望を抑える役目ができる人だ。脚本家の助けを借りず、欲望をコントロールした人が、君主となる。逆に、どんなに素晴らしい人であっても、気のいい脚本家に頼るようでは、君主にはなれない」
「なるほど」
『荀子』は、堯から舜への禅譲を否定した。君主の位を、右から左へ受け渡すなど、非現実的であると。そんな茶番は、脚本家の助けを借りねば、できないことだ」
「でも、堯のつぎに、舜は君主となりました」
「そうだ。堯がうまく欲望を制御し、たまたま次に、舜がうまく欲望を制御したから、君主となった。これが『荀子』の説明だ。2人が君主になれたのは、おのおのが独立して、自助努力をした結果だと考える」
「天でなくて、人の意志を重んじる・・・」
「そうだ。いま漢から魏への禅譲は、『孟子』に沿って行なわれた。今日は『孟子』を詳しく読んでおこう」

「五十歩百歩」のルーツ

仲達が、書物を開いた。
「『孟子』第1巻から読もう」
「お願いします」
「孟子が、梁の恵王を訪問した。梁の恵王が、孟子に質問した。恵王が質問するセリフは、炎が読みなさい」

講義するときに、こんな風に役柄を分けたら、楽しそう。そう思ったから、演劇の「本読み」風にしてみた。実際の儒学の講義は、先生が一方的に喋ったんだろうが。

司馬炎が、本を渡された。
「ええと、恵王は聞きました。孟先生は、どのようなプロフィットを、わが国にもたしてくれますか、と」
「孟子は答えた。恵王よ、どうして利益の話ばかりするのですか。仁義のことをお考えになるべきです」

仲達が促した。
司馬炎は、つぎの恵王のセリフを読んだ。
「孟先生は、仁義と申されますが、王である私は、利益のことを心配してしまいます。私は飢饉のとき、人民が飢えないように、移住させました。隣国よりも行き届いた行政サービスをしているのに、私の国の人口は増えません。どうして成功しませんか」
仲達が、孟子のセリフを読んだ。
「例え話をいたしましょう。戦場から50歩逃げた人と、100歩逃げた人がいました。どちらが劣っていますか」
「どちらも臆病だ。逃げたことには変わりない」
「恵王さまの政治も同じです。利益ばかり求めて、仁義のない政治をしているという意味では、恵王も隣国も、似たり寄ったりです」

もっとも有名なので、圧縮して載せました。

天下を統一する人とは

仲達が指差したところを、司馬炎が読んだ。
「ある人が孟子に聞きました。梁の襄王は、冴えない人物でした。天下は、どのようにして、安定しますか」
仲達が、孟子のセリフを読む。
「天下は統一いたします」
「誰が統一しますか」
人を殺すことを嫌う人が、天下を統一することができます。初夏になると、植物が一斉に生長するように、天下の人が協力するからです。水が高みから流れ落ちるように、天下は統一されるでしょう」

司馬炎が、本を置いた。
「おじいさま、質問がございます」
「言いなさい」
いま曹氏の魏は、天下を統一していません。初代の曹操が、人を殺すことを、好んだからですか」

いまは魏の世の中だから、曹操を「太祖武帝」と読んだだろうが、、分かりにくくなるので、呼び捨てにしています。

「お前は、どう思うかな」
「曹操のせいだと思います。父上(司馬昭)は、よくそのことを仰います。蜀と呉が独立して、天下が統一しないのは、魏にその資格がないからだと。魏に代わって、天下を治めるべきは・・・」
「こら炎、黙りなさい。いくら司馬氏の家中とはいえ、口に出していいことと、悪いことがある」
「申し訳ありません」
「お前の父・昭は、先走るところがある。炎だけでも、『孟子』が説く、王道を学んでおきなさい」・・・つづきます。