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03) 安物に飛びつかせる広告

前回、ブランドがどんなふうに支持されるのか見ました。
今回は、広告が有効に機能する2つのパターンです。

情報受動型の広告

日本ではテレビ広告に2兆円が使われる。だが、効果を測定することが難しい。高額な金を払ったから、効いているに違いないという憶測があるだけだ。

広告が効くには2つのパターンがある。
1つ目は情報受動型だ。
価格が高くない日用品で、やり直しが利くときに当てはまる。広告で名前を聞いたから、ペットボトルのお茶を買う。もし不快な思いをしても、次に買わなければいい。

黄巾の乱が始まったときの、人々の動きに似てるかも。どんな立場を表明するか、けっこう自由です。威勢のいい声が聞こえたら、取りあえず従う。
官軍に混ざったり、義勇軍を作ったり、早々と独立したり。何となく走っとけ!みたいなノリです。方向転換は、まだまだ無限に可能。『演義』が開幕したシーンは、ペットボトルを選ぶ気持ちを移入して読むと、理解できるかも。

シャンプーは、数週間は使わなければいけないから、リスクが少し大きい。だから試供品を配ってもらうと、消費者は助かる。メーカーは、嫌われるリスクも承知で、小袋のサンプルを配る。
化粧品は、数千円したものでも、肌に合わなければ使えない。

董卓が死んだ後に似ている。黄巾のときほどの自由度はないが、まだどっちに転ぶか分からない。

この情報受動型には、連呼する広告や、タレントを使った広告が有効である。特徴でアピールするのではない。
なぜなら、すっきりしたお茶、真っ白になる洗剤、などいくらでもある。消費者は区別がつかない。だから特徴では売らず、連呼やタレントで印象づける。短期的に成功する。

190年代は、万人が正義を唱えた。群雄の本当の正邪は、士大夫にも平民にも分からん。
袁術は、自らCMに登場した出たがりの社長である。袁紹は、独自にタレントをスカウトした。曹操は、元天才子役をCMに抜擢した。


広告は、話者によって説得力が違う。
「このもやしは、高いから買うなよ」
というCMがあった。広告だから、買ってほしいに決まっている。だが高いと宣伝するのだから、品質に自信があるという意味か、と視聴者は勘ぐる。広告は、広告として見られている限り、額面どおりに受け止められない。広告主のメッセージは、そのまま届かない。だから工夫して、
「売れています」
と、第三者的な客観的な情報に見せかける。あたかもニュースキャスターの報道にする。

同じ効果を三国志で果たしたのが、符命です。王朝の成立を祝う、文字が刻まれた隕石なんかが出土する。ニュースキャスターどころか、天が王朝を支持している。
王朝に迎合した人が、ウソの報告をしただけだ」
と、理性人を自任するぼくらは鼻で笑いたくなる。
でも笑えない。ぼくらは、毎日テレビやネット、街角で広告に晒されてる。少なからず、広告に影響されて買い物をする。メディアのスタイルこそ違えど、同じことじゃないか。
「金儲けは汚いことだ。全ての広告主を儲けさせてはいけない
という高潔がないのなら、符命をバカに出来ないよね。ぼくらが購買して生活を成立させるように、王朝と臣民もウィンウィンの関係を作っていたのかも。


マーケティングには、争点を設定する手法が開発された。例えばクルマは、バブル期には走行性能や豪華な設備が、90年代には安全が、その後は燃費など環境性能が、順にクローズアップされた。

曹操は後漢の正統性を争点とした。これを武器に、袁氏を倒した。つぎに曹丕は、抽象レベルを1つ上げて、あるべき中原の王朝の姿を争点とした。結果、漢魏革命を行なった。
蜀は、魏による争点ずらしに抵抗した。
例えばクルマで「これからは燃費のいい車を選ぼう」というCMに逆らい、「いや、まだまだ安全性でクルマを選ぶべきだよ」とこだわったのが蜀である。
燃費のいい車が、必ずしも安全性が低いわけじゃない。だから蜀は苦しんだ。じつは蜀は、燃費のいいエンジンを作れない。だから争点が移り変わることに、抵抗しただけなんだ。

アサヒは「鮮度でビールを選ぼう」というキャンペーンを始めた。その初年度、消費者は「自分は鮮度を気にしないけど、世間の人は鮮度を気にするらしい」とアンケートに答えた。翌年に消費者は「私は鮮度を気にする」と答えた。世間の流れに従った。

三国志ならば、
「ぼくは漢魏革命を支持しないけど、世間では認めたらしい。っていうか、段々とぼくも漢魏革命を正しいと思うようになってきたよ」
という心の動きである。
先月の選挙で民主党が大勝したように、民衆はビールを選ぶように、支持王朝を選ぶ。いや、これは言いすぎかなあ(笑)

プレステは「行くぜ100万台!」と、ユーザーを主語に巻き込んだ広告をした。多数派のハードを持っていれば、面白いソフトが次々発売されるはずだ。人は、長いものに巻かれた。
このタイプの商品で、ベータマックスやセガサターンのように自虐広告をやると、ますますユーザーが離れた。航空会社の自虐も、乗客を不安にした。

自虐に近い例で臣下を不安にさせたのは、公孫瓉だ。
「援軍を出したら甘えるだろうから、将兵は見殺しにしよう」
と言った。そんなことで奮起するはずもなく、滅びた。もやしが高いだけならコミカルだが、それより重要なものは、キャッチコピーの意外性よりも、安心感がほしい。


次回は、もう1つのパターン「情報検索型」を見ます。