表紙 > 読書録 > 吉川幸次郎『漢文の話』より、ぼくらが漢文を読める理由

02) だから漢文は読みやすい

「漢文は、プレゼンテーションのスライドだ」
吉川氏の学説のもっとも美味しいと感じたところを、ぼくなりに紹介させて頂きました。
ここからは『漢文の話』の順に沿って、面白いと思った話をまとめていきます。

正岡子規のミス漢文

日本人の祖先は、漢文を愛した。明治の文豪もその例に漏れない。夏目漱石、森鷗外、幸田露伴、島崎藤村、田山花袋、石川啄木ら。
夏目は、英語はけっこう苦手でも、漢文には自信があった。

イギリスでノイローゼになるくらいだから、英語はキライなのね。

漢詩を作るとき、音のリズムを機械的に覚えて、本場中国のルールを踏襲した。リズムは、中国人ならば自然に分かるものだが、日本人は、
「この字は平で、この字は仄で・・・」
といちいち約束を覚えた。労苦や熱心さは、中国人以上のものだ。

正岡子規は「可比何」と書いて「何をか比すべき」と読ませたが、文法の誤りだ。正しくは「何可比」だった。
こんなミスもあるが、日本人は漢文にとても関心を持ってきた。読者も、漢文アレルギーを直してほしい。

漢文を読ませたいのが、著者の願いのようです。
ちなみに著者は、清代の中国人になりたくて、中国服で日本の大学の周囲で生活したらしい。ぼくは、そこまでは・・・傾倒してない。

漢字は、眺めていれば意味が分かる

漢文ノイローゼには2つある。
1つは、読めない漢字が出てくることだ。
しかし漢字は多くない。『康熙字典』には49000字が載っているが、実際に漢文で使われるのは5000字だ。『論語』は1512字で、少ない。杜甫が4390字なのは、多い例だ。
英語の常用単語が10000語以上なので、漢字の方が少ない。

読めない単語は、字典を引かなくても分かる。
「読書百遍、意、自ずから通ず」
である。著者は漢文に対して、これができる。

そんな名人芸を見せられて「読者のみんなに、ノイローゼをなくしてほしい」もないもんだ。

『源氏物語』より、『孟子』は読みやすい

ノイローゼの2つ目は、「漢文は古典だから、文法が複雑だ」という誤解だ。
著者が言うには『論語』『孟子』は、『枕草子』『源氏物語』ほど難しくない。なぜ紀元前の中国古典のほうが、時代が近い&日本の古典よりも読みやすいのか??

著者はそうらしい。ぼくも、ややその傾向がある。

平安文学は、当時の口語だ。理屈では割り切れない、自由な表現だ。文法で割り切れず、理解が複雑になる。だが『論語』『孟子』は、当時の口語ではない。口語の煩雑さを整理して、より簡潔な文章語として、凝縮させたものだ。
例えば口語の「来lai」「来罷laiba」「来了laile」は、すべて「来」とだけ書いて、時制は読者の判断に委ねる。他に『論語』の、
「朝聞道、夕死可矣」
は、口語っぽく言うならば、
「如朝聞道、則夕雖死、可矣」
となるが、煮詰めて短くしてある。

同じことが、数字の表現に言える。英語では、
「one thousand two hundred and ninty seven」
と、わざわざ「and」を挟み込んで、1297という数を冗長に言う。フランス語では、もっと長ったらしい。しかし漢文では、
「千二百九十七」
でいい。漢文が、要点を並べてくれているのと同じだ。

上司に借りた本に「プレゼンは、禅寺の庭園のようにやれ。必要な要素だけ、ポン、ポンと簡潔に配置するのだ」というのがありました。漢文の話と、ちょっと通じる?

日本人が漢文を読むために

日本人が漢文を学ぶとき、原音でやるべきだ。

著者の教育方針のうち、とても特徴的な主張。
日本語に書き下しをすると、原文のリズムに込められていた意味が、見えなくなってしまうからなんだって。
このことは同じ著者の『読書の学』で読みました。こちらも、ちくま学芸文庫です。次のページで要約してます。


日本語の「てにをは」に当たるのは、漢文の「助字」である。例えば「者」「而」「之」などである。
ただし本居宣長が言ったように、漢文の助字は、あってもなくても、意味が成立する。だから、「てにをは」がないと意味が成立しない日本語とは、根本的に異なる。
助字は、字数やリズムを整えるときに使われる。
ゆえに文末の「之」は、ムリに「これ」と書き下す必要はない。
「学而時習之」
を読むとき、朝廷づきの儒者・清原氏は「これを習う」と読まない。句末の置き字だという解釈である。「これ」と言ったって、指し示す言葉が前出していないのだし。

東晋ごろから、人名が2文字となり「之」がつき始める。劉牢之、とかね。疑わしき早い例では「出師の表」で諸葛亮が推薦した郭攸之だ。あざなかも知れないが。有名なのは南朝宋の裴松之!
王莽が「二字の名前はダメ」と禁じたから、後漢や三国の人物は、名が1字だった。2字が解禁されたとき、恐る恐る付け加えられ始めたのは、リズムを整えるだけで意味のない「之」だった。
・・・という話は成り立たないかなあ?

「AxBy」から「AB」へ

「学而時習之、不亦説乎」
を現代中国語の口語で言えば、
「学什么,然而有時時候学習它,可不也喜悦麽」
となる。長い!
もともと口語は、意味を表す言葉の間に、喋るための「てにをは」などを突っ込んだものである。模式するなら、「AxBy」である。しかし漢文を書くときは、「AB」に凝縮した。

「眼球運動を鍛えろ」を語らない速度法を語っている本に、書いてありました。
「日本語は、漢字だけ拾えば、だいたい意味が分かる」
今の話とちょっと共通点がありますね。しかし最近の日本語は、用言(動詞、形容詞、形容動詞)の否定をひらがなで書くので、ちょっと苦しいかなあ、ともぼくは思う。

『論語』の頃からすでに、口語とは別の文語が作られた。これが簡潔の美しさを生んだ。

簡潔さだけではない。漢文は、リズムを生んだ。
中国語は、孤立語だ。1字が1音を表す。

反対語は、膠着語です。日本語は、膠着語だ。
前置詞の使用がうるさい英語も、膠着語だ。

ゆえに文字数を整えることで、美しいリズムとなる。
後漢から唐の前半まで、四六駢儷体が盛んになった。極度の美文だ。「駢」は並走する馬を、「儷」は人間の夫婦を意味する。
基本的には4字句をペアでくり返し、 ときどき6字で調子を整える。
唐の韓愈が、字数の自由な古代の文体を復活するまで、畸形的な4字句が書かれまくった。『文選』が代表である。