表紙 > 漢文和訳 > 『世説新語』に登場する、司馬炎を総ざらい!

01) 西晋はオレ1代で終わり?

南朝宋に書かれた『世説新語』を扱います。
『世説新語』がカバーするのは、後漢から東晋までの人物です。

詳しい解題は、またそのうち。
『世説新語』は、裴松之の注釈にも、たくさん採用されてます。

すなわち、黄巾から五丈原までだけの三国物に物足りなさを感じ始めた、ちょっと詳しい三国ファンを満たしてくれる本です。
今回はお試しに、司馬炎の登場エピソードを網羅します。

読んでいただきたい方

以下の方をターゲットに書いてみます。
 ○三国を統一した、司馬炎(西晋の武帝)をまとめて知りたい
 ○図書館に行くのは面倒だが、『世説新語』を覗いてみたい
 ○専門書の口語訳ではなく、手軽な物語として読みたい

凡例

参考文献:『世説新語』新釈漢文大系(上中下)明治書院
エピソードの通し番号は、参考文献に準拠。タイトルは、ぼくが勝手につけています。本文は南朝宋の劉義慶が編纂し、注釈は南朝梁の劉孝標によるもの。注釈をときどき借りて書きます。

いちおう断っておきますと、『世説新語』はもともと面白い話を集めたものです。だから引用すれば、面白くて当たり前なのです。
当たり前のことをやっても、わざわざ当サイトでお読みいただく価値がないと思いますので、解説を付け、分かりやすくアレンジします。

言語19、西晋は1代で滅びるだろう

司馬炎が皇帝になった。
「わが司馬氏の王朝は、何代まで続くだろうか。占ってみろ」
天文官が占った。
「で、どんな数字が出た? 50か?100か?」
「い・・・」
「聞こえない。なんだ」
「い、いち・・・」
「1代だと? オレの代ですぐに滅ぶのか? 何てことだ。っていうか、超ありえん。ウソの占い結果を出した、この者を殺してしまえ」
侍中の裴楷が取りなした。
「落ち着きなさいませ。1という数字は、万物の根源です。1を起点にして、無限に大きな数が、発生するのであります」
「むふぅ、それもそうだな。司馬氏は永遠だな」

西晋の平話な時代は、占いの結果どおり1代で終わるから、この逸話が面白いのです。未来を知る読者は、バカな権力者を嗤う。
裴楷は原文で、もっと難しいことを言ってるけど、省略。『老子』の大極の考え方を使ってる。老子は、大を小と言い、強を弱と言うからね、何でもありなんだ。最短も最長も同じだ。

徳行17、肉を食べても栄養失調

司馬炎は、劉毅に聞いた。

劉毅の名前は、忘れてくださって大丈夫です。

和嶠と王戎が、同じタイミングに母を亡くしたね」
「はい。2人は喪に服しております」
「和嶠の様子はどんなか」
「和嶠は、儒教のルールどおりに、少量の粥だけをすすって、悲しみを表しています

「悲しくて食べ物がのどを通らない」という感情の表し方が決まっていた。朝と夕に食べる量までマニュアル化されてる! 服喪用の専用ミニパックを売ってしまえば、けっこう西晋で売れると思う。
葬礼のマニュアル化は、コンビニで金を奪って逃げる犯人に、バイトが「またお越し下さいませ」と言うのと同じ滑稽さだ。

「王戎はどうしている?」
王戎は、酒を飲み、肉を食らっています。母親が死んだのに、普段どおり碁を楽しんでいるようです」
「和嶠の健康が心配だ・・・逆に、王戎はけしからん!」
「司馬炎さま、逆でございます。ルールどおりに慎ましくしている和嶠は、気力がしっかりしております。王戎は容貌が衰えて、杖でやっと立ち上がるほどです

ルールは万人が守るものだから、無茶な少食は強いない。悲しみにくれても、最低限に必要なカロリーは摂取できるわけだ (笑)

「なぜだ? 王戎は酒肉を食らっているんだろ?」
「母の死を、心から悲しがっているのです」
「あっ! 王戎よ・・・」

司馬炎は「至孝の皇帝」と呼ばれるほど、儒教のルールを杓子定規に守り、両親の服喪をきちんとやった。王戎の憔悴は、中身よりカタチに目を奪われる世間への、強烈な皮肉だ。
このエピソードで司馬炎は何もしていない。ただ王戎の真心を当てつけられて、サッと青ざめる役割だ。常識人の代表だ。

言語20、呉の水牛は、月光でも暑がる

満奮という人は、風の恐怖症だった。

満奮は、魏の満寵の孫、司隷校尉。で、風が怖いって何だろう? 黒板を爪でこするのが不快とか、そういう次元なのか?

北の窓に、宝石=瑠璃を散りばめた部屋があった。司馬炎と満奮は、その部屋にいた。窓はきちんと密閉されているが、キラキラ輝くので、風が入る隙間があるように見えた。
「ひぃ、いま風が吹きませんでしたか?」
満奮がビビッた。
「ほお、そんなに風が怖いか、ふふふ」
司馬炎は笑った。満奮は応えた。
「南方はひどく暑い地域です。南方のウシは、太陽でなく月光を浴びても、暑い暑いと喘ぐそうです。私が瑠璃の窓を怖がるのは、南方のウシと同じです」
満奮の例え話が面白いので、『世説新語』は収録した。

司馬炎は、孫呉を併呑した人だ。勘違いで苦しむ、呉の愚か者というネタは、心地よかったに違いない。満奮の性癖はぼくには分からんが、生理的弱点をからかわれながらも、主君の機嫌をとった臣下魂に感服!
ちなみに山口久和『三国志の迷宮』で、孫権が呉牛に例えられてる。

言語53、何だこれは?ガラクタではないか?

庾翼は荊州刺史となり、司馬炎に毛扇をプレゼントした。
「つまらないものですが、どうぞ」
「ん?汚い毛扇だな。オレにガラクタを押し付けるのか
毛扇を贈った庾翼は、司馬炎の怒りを買ったので、冷や汗をかいた。
「絶体絶命だ・・・」
横から侍中の劉劭が、司馬炎に説明した。
「司馬炎さま。庾翼は、この毛扇が新しくてキレイだから、献上したのではありません。少し古くても、特別に美しい逸品だから、献上したのだと思います。ここは、怒るところではありません」
「うん、それもそうか。分かった」

庾翼は、ほっと胸をなでおろし、後から呟いた。
「司馬炎さまのそばには、劉劭のような解説係が必要だな

庾翼は東晋の人。原文のバカ殿は「武帝」だが、これは成帝の間違いであることが、ほぼ確定的。司馬炎じゃないじゃん。