表紙 > 漢文和訳 > 江戸時代の『通俗続三国志』口語訳-巻02~04

02) 「劉淵」の誕生

司馬炎が天下泰平に酔っているが、
着々と次の時代の準備が、カゲで進んでいます。

靳准にかくまってもらう

鄧艾による成都の包囲を脱出した、王弥と、関羽の孫たち。
王弥は、河西郡の馬邑で、靳准という人の家に泊まった。靳准は中国に住んでいるが、もとは胡種である。

靳准は史実にて、劉淵が建国した「漢」で、外戚となる人。胡種という血筋の設定は、史実と同じ。

靳准は、経略を胸に抱いており、英士と交わりたいと思っていた。靳准は、王弥たちを賓客として待遇し、質問した。
「あなたたちは、ただ者ではありませんね。見れば分かります。どういう来歴をお持ちの方なのか、教えて下さい」
「私たちは蜀漢の生き残りです。ここまで逃げてきました。しかし陽泉侯の劉豹という人と、はぐれてしまったので、とても残念に思っているのです」

劉豹は、史実で2人いる。蜀漢で陽泉侯となったのは、劉備の皇帝即位を勧めた人。もう1人は匈奴で、趙漢の初代皇帝・劉淵の父だ。
時代はズレてるけど、同名の人を一体化させるのは、上手いことだ。
西晋末の賊・王弥を、ただ王姓というだけで「王平の子」だとコジ付けたことより、レベルが高い。

靳准は、劉豹との生き別れ話に共感し、涙してくれた。

王弥の一行は、靳准の家に匿われた。
ある雨の日、立派な体格の男が、靳准の家を訪問した。
「あれは誰ですか」
関羽の孫は、靳准に聞いた。
「あなた方がお知りになることではありません」
「いえいえ、だから誰なのですか」

大切な人物の登場は、勿体ぶられるものです。

「仕方ない、お教えしましょう。彼は北海太守・孔融の孫です。孔萇、あざなは世魯。曹操に殺されたとき、ひそかに脱出した幼子の息子です。かつて穿山夜叉という獣人を退治したことがある、勇者です」

史実の孔萇は、石勒に仕えた人。孔融の孫なんかじゃない。例により、西晋に敵対した人=蜀漢の再興に協力する人、という操作だ。

靳准は、孔萇について説明を加えた。
「孔萇には、同居の義兄弟がいます。桃豹、あざなは霧化という人です。彼らは、酔うと暴れます。あんまり会わないほうが、王弥さんたちのためなので、隠したのです」

孔萇と桃豹らが、大喧嘩して仲直りする

靳准の心配は的中した。
王弥と関防(関羽の孫)は、孔萇と桃豹と、殴り合いになった。原因は、狩猟の獲物はどっちが先だとか、飲ませた酒が薄いとか、そんな下らないこと。

孔萇と桃豹は、重要人物なのか? ケンカの経緯が長々と書いてあるけど、ちっとも面白くない。大胆に省略!

靳准の家財を壊すほど、乱闘した。騒ぎが大きくなり、軍隊が出動した。王弥たちは騒ぎを詫びて、靳准の家を立ち去った。途中、孔萇たちが追いついた。
「さっきは悪かった。関防さんは、あの関羽の孫らしいな。どうかオレたちを、家来にして下さい

ヤクザ者って、いつもこうなんだ (笑) 理解に苦しみます。

智嚢・劉璩が、劉淵と改名する

王弥や関防と別の道で、蜀から逃げているのは、劉禅の三男で「智嚢」と呼ばれている劉璩。羌族の斉万年に道を先導してもらっている。

巻01でも書きましたが、斉万年は史実では、蜀漢にゆかりはない。西晋に叛乱した人だから、蜀漢の味方として扱われてる。

斉万年は言った。
「劉備さまは、羌胡に優しかった。諸葛亮も優しかった。馬超将軍はヒーローだから、羌胡は馬超さんの祠を建てて、毎年祭っているんだ」

これが斉万年が劉氏に味方する理由づけだ。読者に説明しているかのように、言わなくていいことを喋っている。


劉璩は、悩みを漏らした。
「関所を通るたびに、姓名を聞かれる。逃避中だから、本名は名乗れない。私たち劉備の子孫は、名を広く知られているから、毎回困る」
廖化の孫・廖全が言った。
「劉璩さまは、偽名をつくれば良いでしょう」
「そうか。母が私を身ごもったとき、大きな魚が胎内に飛びこむ夢を見たらしい。私が生まれたとき、手のひらに『淵』の字があった。よし、私は今日から、劉淵と名乗ろう。魚や淵など、水に関係する奇跡にちなみ、あざなは元海としよう」

『晋書』載記に、劉淵の出生譚と、名前の由来があります。ここにある通りです。しかし劉備の孫でなく、匈奴の劉豹の子としての伝説だが。
以後、劉璩のことを劉淵と呼びます。フィクションが、史実と結びついた、記念すべき瞬間です。

劉璩こと劉淵は、言った。
「曹操は匈奴を5部に分割した。左部を率いたのは、劉豹という人だ。劉豹どのは、晋陽にいるらしい。劉豹どのは、曹操には冷遇されたが、蜀漢から陽泉侯の称号を贈られて、恩義を受けた。きっと私たちに味方してくれるだろう」

史実の劉豹は、史実の劉淵の父。この小説で、劉豹と「劉淵」の2人は、同盟者となるようです。匈奴が曹操に分割統治されたのは本当だが、蜀漢とゆかりはない。上に書いたように、同姓同名の漢族・劉豹が、蜀漢にいたけれども。

劉淵は、涼州の北辺にいる郝元度に身を寄せた。

次回、ついに蜀漢の残党が、根拠地を確保します。