表紙 > 漢文和訳 > 江戸時代の『通俗続三国志』口語訳-巻02~04

03) 涼州が、漢再興の拠点となる

前回、劉備の孫の劉璩が「劉淵」を名乗りました。
言わずと知れた、匈奴出身で、趙漢の初代皇帝に成り代わります。
このフィクションが『通俗続三国志』のセールスポイント。

涼州の郝元度

劉淵の参謀は、劉伯根という。劉璩に「劉淵」という改名をアドバイスしたのも、この劉伯根である。劉伯根は、蜀臣・劉巴の一族だ。
劉伯根は、涼州の郝元度を説得した。
「私たちは、蜀漢の生き残りです。鄧艾の包囲から、逃げて参りました。漢の復興のために、味方になってくれませんか」
「もちろんです。私の祖父は、蜀臣でした」

何のことやら。ともかく劉淵は、涼州に安住の地を得ました。


涼州の郝元度は、劉淵が連れている斉万年と意気投合した。斉万年が自己紹介して曰く、
「私は戦国時代の斉に仕えた、田単の子孫です。国名をとって、斉を姓としています。郝元度さん、私は武芸に自信があります。競ってみませんか」

血筋の紹介が、めちゃくちゃだ。斉万年は、史実では異民族だったはず。異民族っぽさを消し去り、斉万年を根っからの漢の忠臣に仕立てるため、架空の血筋を作った。

一緒にスポーツして、郝元度と斉万年は親友になった。

涼州には、馬蘭という人がいる。馬超の嫡流で、馬鉄の孫である。

「バラン」とカタカナで検索すると、同姓同名がたくさん出てくる。

馬蘭は、斉万年と話し、劉淵と会うと、たちまち味方になってくれた。
また劉淵は、赤兎馬を連想させるような名馬を手に入れた。蜀の老将・張翼の孫が合流した。
西涼の豪傑たちは、馬蘭の背後にある馬超の勇名を追いかけ、次々と漢の味方になった。

漢が西晋に叛乱する

郝元度と劉淵は、数万の勢力に膨れ上がった。蜀漢の遺臣たちは、西晋の馮翊太守・欧陽建を破った。西晋の2郡を、漢が陥落させた。
叛乱を聞いて、西晋の雍州刺史・解系が、漢を迎え撃った。だが西晋の軍が敗れた。

西晋の武帝は、武装解除してしまったから、漢に太刀打ちできない。
郝元度を討伐することを諦め、かえって郝元度を西晋の将軍に任命した。武帝は、郝元度を手懐けたい。

無力な後漢が、異民族によく使った手です。
しかし郝元度って誰だろう。ぼくは知らないし、ネットを検索しても出てこない。元度ってのが、あざな臭いが、名は何だろう。
郝姓と言えば・・・諸葛亮を陳倉で防いだ郝昭は、并州太原の人で、子は郝凱。この小説の郝元度は、涼州北地の人。親戚じゃなさそうだ。
・・・後になって気づいたが、斉万年の叛乱に同調した、匈奴の「郝度元」の間違いだと判明。しっかりしてくれ、江戸時代の書肆さん。


新しい時代の役者が集った。
郝元度と斉万年、劉備の孫・劉淵、馬超の孫・馬蘭、劉封の子・劉霊たちは、互いの武芸を認め合った。
「馬超から伝わる弓箭は、見事な品だなあ」
斉万年は、誰も倒せなかった猛虎をしとめた。

これでもか、ってほどに、漢再興チームの武人の交流が描かれています。虎をしとめるだけなのに、長い長い。でもぼくは、体育会系の友情が分からんので、省略します。面白くないので。

西晋の武帝・司馬炎が死ぬ

場面は洛陽に移動します。西晋の尚書令は、衛瓘だ。
衛瓘は、武帝の皇太子が無能だから、武帝のイスを叩いて、
「この席が、勿体のうございます」
と泣いた。
だが皇太子の母・楊皇后が頑張り、跡継ぎは代わらない。

『世説新語』にある話です。

洛陽で火事があった。武帝が楼に上って見物した。
まだ5歳の皇孫・司馬遹は、暗愚な皇太子の子である。司馬遹は、武帝の衣を引っ張った。
「おじいさまは、皇帝です。大切な身体です。火事に顔を照らされ、顔を人々に晒してはいけません。暗がりにお戻り下さい」

尊貴な人が顔を隠すのは、暗殺を恐れるから?

武帝は、考えた。
「私の子で皇太子の司馬衷は、惰弱である。でも、司馬衷の子、つまり私の孫の司馬遹は、幼いのに聡明だ。皇太子を、孫への中継ぎだと考えれば、廃嫡する必要はないだろう」
楊駿、馮紞、荀勖たちは、武帝の意見に迎合した。

だが尚書の衛瓘と、小保の和嶠は、ひそかに反対した。
「皇太子が昏庸なのは事実だ。また皇孫は、明敏かも知れないが、薄っぺらい性格である。天下を治めることができない」

弁舌が達者な人は、薄っぺらいと見られがちだ。賢い人は、賢さをアピールするのではなく、黙っているべきだ。目立つのは損なのだ。


武帝が、病に倒れた。皇弟の汝南王・司馬亮が、洛陽に駆けつけた。武帝は、司馬亮の後事を託して、死んだ。55歳だった。
外戚の楊駿は、策略して、司馬亮を遠ざけた。
楊駿の一味は、高位を独占した。張華や和嶠など、楊駿のライバルとなる「忠臣」たちを、疎ましく思った。

賈皇后が、荒淫する

西晋の恵帝が即位した。凡庸なバカである。
賈皇后が、街中の若い男を連れ込んで、淫らに遊んだ。

荒淫ぶりは、史書に同じなので、引用しません。

賈皇后の振る舞いは、公然の秘密となった。

次回、張飛の孫が活躍します!