02) 張昭と、君臣の礼の教訓
張昭が、曹操への外交を保留した孫権に、戸を隔てて『六韜』を説いています。本編が始まります。
第1、文王の師
張昭が講義を始めた。
「太公望が言いました。国家を治めることは、釣りに似ていると。さて孫権さま、その心は、何でしたか」
「オレが答えるのか?講義するのは張公だ」
「さては孫権どの。『六韜』を読んだと言いながら、冒頭からすでにお忘れになったな。とんだ、うつけですな」
「違う、聞け。太公望曰く、細い釣り糸で、小さなエサを付ければ、小魚しか釣れない。太い釣り糸で、大きなエサを付ければ、大魚が釣れる。人材を招くには、充分な待遇を用意しろと。どうだ」
「暗誦だけなら、童子でもできますがね」
「すると張公は、オレが臣下への給与をケチっていると言うか。断じてそんなつもりはない」
張昭は、一息おいた。
「では問います。曹操の国力と、孫権さまの国力、いずれが上か」
「知ったことを聞くな」
「そのとおり。いくら孫権さまが奮発しても、臣下の待遇は、大きく曹操に劣ります。孫権さまが求心力を失うのは、必至です」
「・・・うぐ」
「バカは黙るしかないと見えますね。いいですか。太公望は続けて、こう言っています。人間は死を嫌がり、生きることを楽しみ、仁徳と利益に従うものです。これは自然の道理です。ただし物量と仁徳、両面を見なければ不可です」
どうしても大企業の方が待遇が良くなる。中小企業は、給料や福利厚生以外のところで、従業員の忠誠心を引き出さねばならん。難しい。少なくとも勤め人としては、まずお金が欲しいもんね。
第2、国家の治乱
「国家の盛衰は、ただ君主の賢愚が原因です。天運によって、国家が左右されることはありません」
「例えば――」
「帝堯こそが、太公望があげる、賢い君主の典型例です。衣食住を慎み、潔癖な役人を用い、庶民の孝行を称えました。善人の家には、善の旗を立てて顕彰しました」
「オレにも、善という字の旗を作れと?」
「孫権さまも、少しはジョークが言えるようになりましたか。後見役として、私は嬉しい」
「張公よ。上から目線を、辞めてくれ」
第3、政治の基本
「国政の最大の務めは、人民の生業を保護することです。租税を取り過ぎないで下さい。これイコール、人民への愛」
「オレの揚州では、水運業の保護も必要だな」
第4、君臣の礼
「太公望曰く、臣下は、ひたすら従順であるべきです」
「語るに落ちたな、張公。あなたの態度は、『六韜』を踏み外している。さあ、今この場から、改めてもらおうか」
「イチを知って、ニを知らぬ。孫権どの、愚かですね・・・」
「何だと?」
「君主は威光を振りかざし、臣下を遠ざけてはいけない。臣下は恐縮して、言うべきことを隠してはいけない」
「それはいま張公が、即興で捏造した文句だな?」
「疑うなら、この戸を開けなさい。『六韜』の該当する部分を見せて差し上げます」
孫権は、戸をより強く押さえ、沈黙した。
張昭が続きを喋った。
「太公望曰く、君主は自主性を持つべきです。臣下の言葉を、みだりに信じてはいけない。しかし臣下の言葉を、全て却下してもいけない。平静に判断すべきです。曹操の書状に色めきたって、会議から逃げ出してしまう孫権どのは、これが出来ていません」
「張公だから言うが、、」
「何なりと、聞きましょう」
「実はオレは曹操に降服したくない。だが群臣は、全員が降服すべしと言った。張公も、降服せよと発言したではないか。他に、何を聞けと言うのか」
「太公望曰く、目と耳と知恵を総動員すれば、君主は全てを見通すことができる。孫権どのは、これが出来ていません」
「これ以上、何を見ろと言うのか!」
孫権の声に、涙が混じった。プレッシャーに押しつぶされて、悲嘆や自暴自棄の叫びとなった。
第5、聖人の道を伝える
「文王は死ぬ間際、太公望に聞きました。聖人の道は、どういう理由で行なわれなくなるのかと」
孫権は戸をきつく閉ざしたままだ。
「太公望は言いました。
1つ、必要だと分かっているのに、怠け心でやらない。
2つ、やるべき時期なのに、迷ってタイミングを逃す。
3つ、悪いと思っているのに、惰性で続けてしまう。
この3つが、道を踏み外す理由です」
張昭は、ゆっくり孫権に語りかけるように喋っている。
「孫権どの、心当たりはありませんか?」
孫権は、口に出さずに考えた。
1つ、「曹操に対抗する」と宣言すべきなのに、怖気づいてやらない。
2つ、曹操の進軍を許し、何もできずに踏み潰される。
3つ、部屋に籠もっている場合ではないのに、ダラダラと酒を飲み続け、自分をごまかしてしまう。
「父と兄が築いた国が・・・だがオレは・・・」
孫権は唸った。
次は「国を滅ぼす臣下」「国土の防衛」がテーマです。
赤壁の孫権と『六韜』という組み合わせは、さっき思いついたテキトーなものだが、妙に状況にハマって嬉しいです (笑)