表紙 > 読書録 > 赤壁の開戦前、張昭が孫権に『六韜』を講義したら

05) 周公瑾とでも読みなさい

「武韜」の最後で、武王は太公望に、溜まっていた疑問をぶつけます。このタイミングを借りて、ぼくは孫権に質問させてみました。

第17、3つの疑問

孫権の表情が、静かになった。
「張公、オレには分からんことがある」
「フン、逆に問う。孫権どのは、何が分かっているのですか」
「よせ、よしてくれ。大事な話なんだ。張公は会議で、曹操に臣従せよと、意見を述べた。だがこうして『六韜』を説き、君主としての教育を続けてくれる。矛盾していないか。どう理解すれば良いのか」
張昭が、襟を直した。
「お答えします。漢室の士人として私は、孫権どのは、曹操に従うべきだと考えておりまする。群臣の会議で述べたことに、偽りはない」
孫権は、眉をしかめた。彼なりの、悲しい顔だ。

張昭は、前言に被せるように続けた。
「だが、孫策さまと心を通わせ、その弟を託された一介の男として、孫権どのは、曹操に屈してはならんと私は思う」
張昭は、息を吸った。
「どんな志から、孫権どのが独立を望まれるのか、私は知らない。どうせ、若いプライドを突っ張らせた、愚にもつかない、ゴミクズみたいな動機なんだとお察しします。しかし孫権どの本人が、曹操を拒みたい、と言うなら、支えます。ただし、相応の君主になって頂かねば、孫策さまに申し訳が立たない。私が困る。だから講義します」

張昭の列伝は、不可解です。
20歳で孝廉になったが、都に行かなかった。若くして王朗や陳琳と議論したから、一級の名士だ。陶謙の招きを断り、獄にまで下された。よほど、君主に対する要求が厳しかったんだろう。
孫策は、張昭の母に挨拶をした。江東では、母ぐるみで付き合うことは、最大の親愛の表現です。張昭は、孫策に個人的にかなり傾倒したはずだ。傾倒の理由は、ぼくのような後世人には、まったく分かりません。せいぜい、妄想するしか許されない。

「張公――」
「腐ったツラをなさるな。『六韜』は、まだ3分の1しか講義しておりません。今日だけで、全て理解せよとは言うまいが、最低も最低も最低限の基礎の基礎の知識ですぞ」
「張公、オレは――」
「孫権どの、甘えてはいけない。明日の会議でも、私は曹操への降服を説きますぞ。揚州の会議で、私は公人ですから」
「助けてくれぬのか」
「いま、貴重な時間を、あなたのために割いている。これ以上、私に何をせよと申されるか」

「『六韜』に戻ります。宜しいな」
「・・・うん」
「武王は太公望に、3つを聞いた。
1つ、自国の力量不足で、強い敵を攻められず、
2つ、敵の君臣が親密で、関係性を裂くことができず、
3つ、敵の人民が団結し、国力を削げないとき、どうしたら良いか」
「どうするんだ」
「1つ、敵の強さを逆に利用し、油断させます。
2つ、特に親しまれている臣を逆に利用して、中傷させます。
3つ、人民が多ければ多いほど、崩れる穴ができやすい」
「それほどうまく、できるかな」
「出来ないなら、すぐに曹操に降服しなさい。歓迎しますよ。面倒くさい守役を、私はこれ以上しなくて済む」

第18以降の『六韜』について

「第3巻は竜韜。将軍の選出や指揮方法、情報伝達のやり方について、述べてあります。第4巻は、虎韜です」
「俗に言う、虎の巻だ」
「然り。虎韜には、シチュエーションごとの戦い方が、細々と書いてございます。こんなものは、軍人と読書会でも開いて、読めば宜しい」

孫権が呂蒙に読書を命じた本の中に、『六韜』が入っています。ってことは、それ以前に孫権は『六韜』に、深くありがたみを感じていた。今回の文章は、その前提の上で作っています。


張昭は、竹片を左から右へ流した。
「第4巻までで『六韜』のテキスト量の80%が終わります。主要な内容は、ほぼ尽くされた」
「残り2巻は?」
「第5巻は、豹韜。特徴的な地形への対処について詳しい。第6は、犬韜です。お忘れか」
「犬韜とは、ケチな名だ」
「巻名すら忘れてしまう、孫権どのの頭脳の方が、よほどケチです。犬韜の内容は、兵士の採用や訓練について。バックの仕事です」
「喋ってくれないのか」
「勝手に読みなさい。1人では集中力が持たぬなら、周公瑾でも呼び寄せて、彼から学ぶが良いでしょう」
「そうか、周瑜か・・・」
「周公瑾は、2世代で三公を出した家柄です。群臣たちと、国家方針を決める会議で、周瑜の発言は重たいでしょう。私がツベコベ言うよりも、よほど影響力がある」
「周瑜に助けを求めることを、忘れていた。周瑜なら、全員の反対を覆し、曹操と開戦できるかな」
「さあね。私は最後まで、孫権どのに反対してみせますがね

孫権と張昭を、書き終えて

『六韜』の最後を駆け足にしたのは、ぼく自身が面白いと思えなかったからです。自分が使わないケイタイのマニュアルって、読むわけありませんよね。

自分の使っているケイタイですら、マニュアルを見ないのに。

それと同じで、戦争の実務を細かく説明してもらっても、戦場に立たないぼくは、引用する(=張昭に喋らせる)価値を感じなかった。
書いている途中のアイディアとして、
「講義を中断し、孫権が開戦を決断=机を切断する場面を描く。決断後、周瑜を同席させて、3人で竜と虎を読ませる。豹と犬は、孫権が合肥に赴いて、曹操と対峙しながら講義を聞く」
ってのも考えました。実際の戦争をしながらなら、リアルタイムな関心になるから。でも、しんどいので中止しました。

次に孫権と張昭を描くときは、言葉だけじゃなくて、工夫をこらしたイタズラ行為の応酬を創作したいなあ。
この文でも、孫権が閉じた戸を、張昭が衝車で破るとか、投石器で破壊するとか、火をつけるとか、土で埋めるとか、床下を掘り進むとか、水に沈めるとか、いろいろ本歌取りを考えたのだが。
ひき続き、教科書と登場人物を募集させて頂きます。100116