表紙 > 漢文和訳 > 『世説新語』に登場する、鍾会を総ざらい!

01) 恐れ入って、汗も出ません

『世説新語』より、
鍾会が登場する全てを抜き出します。

『世説新語』は、裴松之が注釈にも使っている本。南朝宋に成立。
前回は同じことを司馬炎と曹操でやりました。
『世説新語』に登場する、司馬炎を総ざらい!
『世説新語』に登場する、曹操を総ざらい!

以下の方をターゲットに書いてみます。
 ○魏末の名士武将・鍾会をもっと知りたい

なぜ鍾会を扱うか。『世説新語』に鍾会の話が多いからです。
史料を楽しむとき、気分は登山家っぽい感じで。

 ○図書館に行くのは面倒だが、『世説新語』を覗いてみたい
 ○専門書の口語訳ではなく、手軽な物語として読みたい
参考文献:『世説新語』新釈漢文大系(上中下)明治書院

言語11、兄との器量の差

曹丕は、鍾繇に賢い2人の息子がいると聞いて、興味を持った。
「鍾繇よ、息子らをオレに会わせろ」
兄の鍾毓は、曹丕の前に出ると、汗でビッショリになった。弟の鍾会は、涼しい顔をしている。
曹丕が尋ねた。
「鍾毓、なぜ汗をかいているのか」
「皇帝陛下に謁見し、戦戦惶惶として、汗が止まりません

惶は「おそれる」です。兄の鍾毓は、車騎将軍にまでなる。

曹丕が尋ねた。
「鍾会、なぜ汗をかかないのか」
「皇帝陛下に謁見し、戦戦慄慄として、汗も出ません

どうせ鍾会は、恐縮していない。恐縮していないくせに、恐れ入った風に言いくるめたから、面白エピソードとして残っているのでしょう。

言語12、続・兄との器量の差

父の鍾繇が昼寝していると、鍾毓と鍾会の兄弟が、
「父上の薬酒を、盗み飲みしよう」
ということになった。
鍾繇は目を覚ましたが、寝たふりを続けた。こっそり薄目を開けて、息子たちのイタズラを見ていた。

タヌキ寝入りする鍾繇の性格も、あまり良くないと思うのだが。
ときどき大人をハッとさせる兄弟が、どんな奇抜なことをやるか期待する、親バカによるものか。

兄の鍾繇は、拝礼をしてから飲んだ。弟の鍾会は、飲んでも拝礼しなかった。鍾繇はいま起きたふりをして、兄弟に聞いた。
「鍾毓(兄)は、なぜ拝礼したのかね」
「酒は拝礼して飲むべきものだからです」
「鍾会(弟)は、なぜ拝礼しなかったのかね」
盗み飲みは、そもそも礼に外れた行いです。今さら拝礼も何も、あったもんじゃないでしょう」

鍾会は、司馬氏に敵対した人です。つまり、東晋を滅ぼした南朝宋にとっては、共感を得られる人物です。このエピソードの収録は、鍾会への親愛によるものなんでしょうね。

文学5、これが本当の「投書」だ

鍾会は、「四本論」を書いた。

「四本論」とはカール=マルクスの著書で・・・
人間の「才」と「性」が、①同じか、②異なるか、③合するか、④離れるか、を議論したものです。

鍾会は自分の書いた本を、嵇康に一目でも見てもらいたかった。だからいつでも取り出せるように、懐に自著を入れていた。
だが鍾会は、嵇康から批判されることを怖れて、嵇康に見せることが出来なかった。

皇帝の曹丕、父親の鍾繇には、まったくビビらない。そのくせ、一流の文人からのコメントを、細心に恐れる。コントラストが面白い。

鍾会は、嵇康の家の外から、自著を投げ込んだ。あとも振り返らずに、鍾会は逃げ出した。

方正6、囚われの身でも、からかうな

夏侯玄は、司馬師を倒そうとして、逆に捕まった。

夏侯玄は、夏侯尚の子。司馬師の前妻の兄。

このとき囚人を管理する廷尉は、兄の鍾毓だった。鍾会は、夏侯玄に話しかけた。

兄の仕事場に行ったんですね。お気軽すぎるだろ。

「やあ夏侯玄さん。囚人になった気持ちはどうだい?」
夏侯玄は答えた。
「私は捕われたが、鍾会さんに馴れ馴れしくされる理由はありません。あっちへ行って下さい」

セリフはぼくが作りました。原文は「狎」です。

夏侯玄は拷問されても、一切に口を割らなかった。顔色を変えず、毅然として、処刑された。

以上、夏侯玄の「方正」を称える話でしたとさ。