表紙 > 考察 > 『三国演義』の袁術の記述を集め、物語の演出手法を指摘する

04) 『演義』袁術、4つの特徴

ぼくの好きな袁術について、『演義』の記述を集めました。
ちょっと『演義』読解の足が出ましたが、今回は考察です。

第21回:劉備と戦って死んだと創作

玄德曰:「備肉眼安識英雄?」操曰:「休得過謙。」玄德曰:「備叨恩庇,得仕於朝。天下英雄,實有未知。」操曰:「既不識其面,亦聞其名。」玄德曰:「淮南,兵糧足備,可謂英雄。」操笑曰:「塚中枯骨,吾早晚必擒之!」

『演義』で曹操はいう。袁術は、墓のなかの枯れ骨だと。
元ネタは、先主伝です。
北海相孔融謂先主曰:「袁公路豈憂國忘家者邪?塚中枯骨,何足介意。今日之事,百姓與能,天與不取,悔不可追。」
しかし注意したいのは、これは徐州にいる孔融が、袁術をコメントしたもの。 曹操が云ったのではない。
先主伝で曹操は、袁紹のことしか云わない。
是時曹公從容謂先主曰:「今天下英雄,唯使君與操耳。本初之徒,不足數也。」先主方食,失匕箸。
主役がおいしいところを、もっていくのは『演義』で頻繁。諸葛亮の手柄が水増しされるとか。今回は曹操が、孔融のセリフをうばった。


ここから、袁術の北上が始まる。劉備が迎え撃つ。『演義』全文を、まるまる引用することになるので、はぶきます。細かい戦闘シーンは、もちろん創作だ。
相見,在門旗下責備曰:
「汝反逆不道,吾今奉明詔前來討汝。汝當束手受降,免你罪犯。」
罵曰:「織席編屨小輩,安敢輕我!」
なんて、ドラマチックな会話のやりとりもありつつ。

正史との比較はできません。なぜなら正史では、袁術と劉備は、会戦していないから。2人の絡みが、まるまるフィクションとなる。


嫌飯粗,不能下咽,乃命庖人取蜜水止渴。庖人曰:「止有血水,安得蜜水?」坐於床上,大叫一聲,倒於地下,吐血斗餘而死。時建安四年六月也。

袁術が死んだシーン。裴注『呉書』と同じ。
吳書曰:術既為雷薄等所拒,留住三日,士眾絕糧,乃還至江亭,去壽春八十裏。問廚下,尚有麥屑三十斛。時盛暑,欲得蜜漿,又無蜜。坐櫺床上,歎息良久,乃大吒曰:「袁術至於此乎!」因頓伏床下,嘔血鬥餘而死。
死んだ月は、『後漢書』献帝紀で分かります。


まとめ

『演義』袁術は、4つが指摘できます。
 1)袁術の動きは、すべて曹操の手のひらの上
 2)神様・関帝に叱られた、『演義』の典型的な悪役
 3)劉備に、戦勝する見せ場を提供するピエロ
 4)孫堅と孫策を、物語につなぎとめる媒介

1について。
袁紹と袁術が軸でうごく190年代を、すべて曹操が指揮棒を振るったことにしてある。史実と違う上、ストーリーが難解。脇役の呂布、劉備、袁術、孫策の行動原理に、一貫性がない。覚えにくい。

とくに呂布。史書では、長安を出てから、じつは袁術派で一貫している。『演義』では、曹操の敵なのか味方なのか、よく分からない。
呂布の一貫ぶりは、こちらに書きました。
袁術に徐州の経営を委任&期待された、一軍人の呂布伝

2について。
第17回、呂布に負けた後、袁術は関羽に叱られた。ストーリー上、まったく必要がない。武将の負傷や戦死がない。「言葉の交通事故」「言われ損」としか、表現ができない。 『演義』の世界の基準で、かなり意図的に、悪役&やられ役を割り振られている。

袁術が関羽に叱られていることを、どれだけの『演義』ファンが、注意して認識しているんだろうか。
これから『演義』の傾向を論じる人は、関羽と呂蒙をつかって概説するとき、袁術のサンプルもあげてほしいです。『演義』の傾向:関羽バンザイを、シンプルに証明する、好例だと思います。

3について。
劉備は、袁術と戦う。正史にあることだ。その戦闘シーンを詳しく描くことで、関羽と張飛が活躍する場を与えた。袁術が死ぬ戦いなんて、最たるものだ。じつは劉備が戦っていないのに、戦わせた。

民衆が喜ぶシーンは、1つでも多いほうがいい。興行収入が増える。

4について。
『演義』は、曹操と劉備、司馬懿と諸葛亮の、二項対立の物語。第三勢力の孫氏は、初期?の『演義』では、織り込まれていないらしい。あとから、『演義』を正史に近づけるために、孫氏の話が挿入された。
証拠に、孫堅は登場場面によってキャラが違う。孫策がいなくても、物語にまったく支障がない。袁術を媒介に、付け足された。

孫堅は、ただの海賊か、後漢の名将か、独立志向があるか。劉表を攻めたのはなぜか。もともと裴注が複雑だが、『演義』は裴注の矛盾を消化せずに、そのままブチこんだ印象だ。キャラなし。
江南の孫策編は、話が独立している。『江表伝』あたりに基づき、爽やかで楽しい。だが楽しいだけである。また孫策が死ぬのは、官渡が中盤まで終わったあと。遅すぎる。あとづけくさい。
孫権については、二宮の変すら、忘れられている。笑


袁術が、三国の君主+呂布に叩かれるシーンがある。
今回ぼくが指摘した4つが、見事に融合されたお話だ。『演義』らしい、みごとなフィクションである。袁術の、情けなさを印象づけたんだから、すごい腕前だなあ。100623