表紙 > 漢文和訳 > 『後漢書』劉玄伝を抄訳、袁術が目標とした、一番のりの皇帝

02) 南陽から洛陽&汝南と長安へ

『後漢書』列伝第一、劉玄伝をやります。
吉川忠夫訓注をみて、抄訳と感想をつけます。
光武帝を知ることが目的。劉玄とは更始帝を自称した。
劉玄と光武帝は、近くて遠い親戚で、ライバル関係にある。

のちに光武帝は、兄を劉玄に殺されて、自立する。

長安と洛陽を陥落させ、袁術の前例となる

長安中起兵攻未央官。九月,東海人公賓就斬王莽於漸台,收璽綬,傳首詣宛。更始時在便坐黃堂,取視之,喜曰:「莽不如是,當與霍光等。」寵姬韓夫人笑曰:「若不如是,帝焉得之乎?」更始悅,乃懸莽首于宛城市。

長安の未央官で、王莽を攻めた。
9月、東海の人である公賓就が、王莽を斬った。璽綬と首級を宛に送った。劉玄は受けとり、喜んで云った。
「王莽は、こうならなければ、霍光とおなじだったのに」

霍光も王莽も、前漢の外戚。おさない皇帝を支えて、漢室を切り盛りした。霍光と王莽の相違点を考えるのは、刺激的な作業だ。やりたい。
このセリフは、劉玄のいちばんの名台詞だと思う。
霍光伝を、やったことがある。
『漢書』より、皇帝を廃しても名臣とされる、霍光伝の表現技法を味わう

劉玄が寵愛する韓夫人は、笑って云った。
「王莽がこうならなければ、劉玄さまは、王莽の首を得られませんでしたよ?」
劉玄は悦び、王莽の首を、宛城の市にかけた。

韓夫人は、のちに劉玄を誤らせる。韓夫人と、笑えない冗談を交わすのは、史家がつくった面白エピソードかも知れない。劉玄の浅さを示す?
すぐ下で指摘するが、袁術は劉玄を手本にしたっぽい。光武帝を手本にしたのではない。袁術は董卓の首を受けとり、云うつもりだったはず。笑
「董卓も、こうならなければ、霍光とおなじだったのに」


是月,拔洛陽,生縛王匡、哀章,至,皆斬之。十月,使奮威大將軍劉信擊殺劉望于汝南,並誅嚴尤、陳茂。更始遂北都洛陽,以劉賜為丞相。申屠建、李松自長安傳送乘輿服禦,又遣中黃門從官奉迎遷都。二年二月,更始自洛陽而西。初發,李松奉引,馬驚奔,觸北宮鐵柱門,三馬皆死。

この月、洛陽をぬいた。王匡と哀章を生けどり、斬った。
10月、汝南の劉望を殺した。新室から劉望にうつった、厳尤と陳茂を誅した。
劉玄は、北にゆき、洛陽に遷都した。劉賜を丞相とした。

南陽郡に本拠をおき、長安と洛陽を同時に攻める。汝南を平定する。劉玄のルートは、袁術が見習った前例だろう。
皮肉なことに、はやく皇帝になりすぎて、劉玄は失敗する。「一番手は失敗する」は、范曄が劉玄にくだした評価だ。袁術も、これをなぞる。
袁術は、劉玄を分析したはずだ。
「劉玄は、性格に問題がありそうだ。照れたり、傲慢になったり。劉玄の性格を反面教師にすれば、私が天下が取れるはずだ。一番手が、もっとも有利なのは、間違いない。地理的な戦略は、マネればよい」とか?
だが袁術は、思い違いである。
ぼくが思うに、劉玄が失敗した真因は、性格ばかりでない。性格の歪みは、光武帝を正当化するために、史家がくっつけた逸話だ。袁術は、真因をとり違えて、修正を試みた。だれか袁術サマに、史料批判を教えてあげて。笑
(案の定、袁術も後世の史家に、根拠うすく、ひどい性格に描かれた)
劉玄が失敗した真因は、宿題。つぎのページで分かります。
ところで、劉玄と光武帝は、同郷の同族で、やや血が遠い。ライバル関係である。こんな絵が書ける?
劉玄:更始帝:南陽:一番手:劉秀を弾圧=袁術
劉秀:光武帝:冀州:二番手:劉玄を逃亡=袁紹

劉玄の部将・申屠建と李松は、長安から、天子の道具一式をおくった。中黄門をつかわして、遷都の段取りをさせた。
更始二年(24年)劉玄は、洛陽から西にゆく。はじめ李松が馬をひくと、馬が驚いて暴走し、柱にぶつかって3匹とも死んだ。

長安への遷都が、不吉であることを云いたい。ふーん。


照れて略奪の成果を聞き、劉氏でない人を王にする

初,王莽敗,唯未央宮被焚而已,其餘宮館一無所毀。宮女數千,備列後庭,自鐘鼓、帷帳、輿輦、器服、太倉、武庫、官府、市里,不改於舊。更始既至,居長樂宮,升前殿,郎吏以次列庭中。更始羞怍,俯首刮席不敢視。諸將後至者,更始問虜掠得幾何,左右侍官皆宮省久吏,各驚相視。

王莽が敗れたとき、未央宮だけ焼けた。ほかは、焼け残った。劉玄は、長安をまるまる引きついだ。
劉玄は、長楽宮で、郡臣と向き合った。劉玄は、照れてうつむき、皇帝の席をさすって、郡臣を見ない。あとから諸将がやってくると、劉玄は聞いた。
「長安を略奪して、どれくらい儲かったか?」
ながく長安に仕える官吏たちは、驚いて目を見合わせた。

劉玄は、皇帝の地位にビビったように見えて、略奪の成果が気になる。皇帝なんだから、ぜんぶ自分のものだ。っていうか、もっと高い目線で、国全体の最適を気にしてほしい。
照れているのは、ただ、ジワジワと名誉欲を満たしているだけだ。おいしいものを、ゆっくり食べているに等しい。ぼくが袁術なら「この性格さえ、直せば成功できる」と、歯がゆく思って読むだろう。
いちおう注釈。袁術のとき、范曄『後漢書』は成立していない。だが范曄が参照した、元ネタは多く編まれていたはず。劉玄を貶める記述は、すでに流布していたと思う。推測ですけど。


李松與棘陽人趙萌說更始,宜悉王諸功臣。朱鮪爭之,以為高祖約,非劉氏不王。更始乃先封宗室太常將軍劉祉為定陶王、劉賜為宛王、劉慶為燕王、劉歙為元氏王、大將軍劉嘉為漢中王、劉信為汝陰王,後遂立王匡為比陽王、王鳳為宜城王、朱鮪為膠東王、衛尉大將軍張B421為淮陽王、廷尉大將軍王常為鄧王,執金吾大將軍廖湛為穰王、申屠建為平氏王、尚書胡殷為隨王、柱天大將軍李通為西平王、五威中郎將李軼為舞陰王、水衡大將軍成丹為襄邑王、大司空陳牧為陰平王、驃騎大將軍宋佻為潁陰王、尹尊為郾王。唯朱鮪辭曰:「臣非劉宗,不敢幹典。」遂讓不受。乃徙鮪為左大司馬,劉賜為前大司馬,使與李軼、李通、王常等鎮撫關東。以李松為丞相,趙萌為右大司馬,共秉內任。

李松と、棘陽の人である趙萌は、劉玄に説いた。
「功臣を、みな王に封じてください」
朱鮪は、反対した。
「高祖劉邦のときから、王になるのは劉氏だけと決まっています。いくら功臣でも、劉氏ではなければ、王にしてはいけません」
劉玄は、まず劉氏を王にした。
劉祉=定陶王、劉賜=宛王、劉慶=燕王、劉歙=元氏王、
劉嘉=漢中王、劉信=汝陰王。

光武帝にちかい親族は、王になってないかな。

劉玄は、劉氏でなくても、王にした。
王匡=比陽王、王鳳=宜城王、朱鮪=膠東王、
張卬=淮陽王、王常=鄧王,廖湛=穰王、申屠建=平氏王、
胡殷=隨王、李通=西平王、李軼=舞陰王、成丹=襄邑王、
陳牧=陰平王、宋佻=潁陰王、尹尊=郾王。

袁術の臣下も、これくらい名が残っていればいいのに。
劉玄は、劉邦の約束を守っている場合ではない。功臣を味方に引きつけておかないと、すぐに転覆する。王号をあたえて、劉玄に従ってくれるなら、安いものだ。
忘れちゃいけない。劉玄は、平林軍を母体とする、地方政権にすぎない。もし平林軍の諸将の機嫌を損ねたら、皇帝でいられない。
劉氏でない王を弾圧するのは、皇帝権力が安定したあとでいい。

ただ朱鮪だけは、自分が劉氏でないから、王を辞退した。
朱鮪を左大司馬にして、劉賜を前大司馬にした。
李軼、李通、王常らに、関東を鎮撫させた。
李松を丞相にして、趙萌を右大司馬にして、内政をさせた。

酒と女に酔い、郡臣に見捨てられる

更始納趙萌女為夫人,有寵,遂委政於萌,日夜與婦人飲宴後庭。群臣欲言事,輒醉不能見,時不得已,乃令侍中坐帷內與語。諸將識非更始聲,出皆怨曰:「成敗未可知,遽自縱放若此!」韓夫人尤嗜酒,每侍飲,見常侍奏事,輒怒曰:「帝方對我飲,正用此時持事來乎!」起,抵破書案,趙萌專權,威福自己。郎吏有說萌放縱者,更始怒,拔劍擊之。自是無複敢言。萌私忿侍中,引下斬之,更始救請,不從。時李軼、朱鮪擅命山東,王匡、張B421橫暴三輔。其所授官爵者,皆群小賈豎,或有膳夫庖人,多著繡面衣、錦褲、EB7CB25D、諸於,罵詈道中。長安為之語曰:「灶下養,中郎將。爛羊胃,騎都尉。爛羊頭,關內侯。」

劉玄は、趙萌の娘を寵愛した。趙萌に、政治をまる投げした。劉玄は、後宮で食っちゃ寝した。郡臣が報告したくても、劉玄は酔っぱらい、会わない。侍中が幕のウラから、代わりに答えた。命令したのが、劉玄の声ではないから、郡臣は嘆いた。
「まだ天下を統一していないのに、劉玄さまは、遊びすぎだ」
寵姫の韓夫人は、酒好きだ。常侍が政治文書を持ってくると、
「劉玄さんは、いま私と飲んでいるんだ!」
と怒り、書類を壊した。常侍は斬られた。楽しい宴会に、政治文書を持ってきたからだ。
更始帝の地方軍も、好きにあばれた。
長安の人は「料理人ふぜいが、軍の高官についている」と皮肉った。

料理人は、身分がとても低いという常識があるのだろう。
このあたり、光武帝を正当化するために、誇張されてもいるだろう。宝くじを当てた人が、不幸になる。これと同じで、劉玄は、少なからず、浮ついただろうが。
袁術がこれを読み、
「劉玄みたいに油断しなければ、成功できるはずだ。ねらうべきは、やはり一番手だ。南陽から洛陽と長安を落とす」
と、野心を高めたんじゃないかな。オレなら、できるぞ!と。


軍帥將軍豫章李淑上書諫曰:
方今賊寇始誅,王化未行,百官有司宜慎其任。夫三公上應台宿,九卿下括河海,故天工人其代之。陛下定業,雖因下江、平林之勢,斯蓋臨時濟用,不可施之既安。宜厘改制度,更延英俊,因才授爵,以匡王國。今公卿大位莫非戎陳,尚書顯官皆出庸伍,資亭長、賊捕之用,而當輔佐綱維之任。唯名與器,聖人所重。今以所重加非其人,望其毘益萬分,興化致理,譬猶緣木求魚,升山采珠。海內望此,有以窺度漢祚。臣非有憎疾以求進也,但為陛下惜此舉厝。敗材傷錦,所宜至慮。惟割既往廖妄之失,思隆周文濟濟之美。
更始怒,系淑詔獄。自是,關中離心,四方怨叛。諸將出征,各自專置牧守,州郡交錯,不知所從。

軍師将軍をつとめる豫章の 李淑が、諌めた。

諌めの内容は、はぶく。常識の範囲のいさめです。
それより、軍師将軍という官位があったことが、気になる。笑

劉玄は怒り、李淑を獄にくだした。
関中の豪族は、劉玄を見限った。劉玄の地方軍は、気ままに地方官を任じた。命令系統が、ぐちゃぐちゃになった。

次回、劉玄が敗れます。青州の軍に殺される。
曹操に負けた袁術を思い出させます。笑