表紙 > 漢文和訳 > 「荀彧伝」:赤壁を撤退させ、曹操の天下統一を妨げたのは荀彧だ

04) 荀彧は曹操のカウンセラー

荀彧について考えを深めるチャンスに恵まれたので、
その成果を書き留めます。
 ◆赤壁を撤退させ、曹操の天下統一を妨げたのは荀彧である。
 ◆荀彧は、全土統一という目標に殉じた。漢室に殉じていない。
これを示すために、『三国志』の列伝を抄訳します。

曹操の胸中に、土足で踏み込み、献帝奉戴

建安元年,漢獻帝自河東還洛陽.太祖議奉迎都許,未可卒制.彧勸太祖曰:雖禦難于外, 乃心無不在王室,是將軍匡天下之素志也.秉至公以服雄傑,大略也.

建安元年(196年)後漢の獻帝は、河東から洛陽に還った。
曹操は献帝を迎えて、許に遷都させることを、議論した。だが障害が多く、実現しない。荀彧は曹操に、献帝を招くことを勧めた。
「現状、献帝が遠くにいるので、献帝を自らの手で守ることが難しい。でも、曹操将軍の心は、後漢の王室にあります。これは曹操将軍が天下を正すという、素志だったはずです」

「素志」とは、混じりっ気のない、原点のユメ。
ぼくが曹操だったら、学生時代のユメと、現状とのギャップを、他人にとやかく言われたくないものだ。荀彧は、曹操に対して相当に強気だから、こんな踏み込んだことを言える。

荀彧がいう。
「曹操将軍が三公に登って、雄傑を服従させる。これは大略です」

ちくま訳ではウヤムヤで、分からなくなっている。でも荀彧は、「公に至り」と言っている。と思う。オオヤケじゃ、意味が通じにくい。


太祖遂至洛陽,奉迎天子都許.天子拜太祖大將軍,進彧為漢侍中,守尚書令.

曹操や洛陽にいたり、献帝を許に移した。献帝は、曹操を大将軍にした。荀彧を後漢の侍中とし、尚書令を任せた。

強くなりすぎる荀彧

常居中持重,太祖雖征伐在外,軍國事皆與彧籌焉.

荀彧はつねに宮中にいて、重きをなした。曹操が外征しても、軍事と国政は、荀彧と相談した。

兗州を保ち、献帝を迎えたのは、荀彧の手柄。当然の待遇。


太祖問彧:「誰能代卿為我謀者?」彧言「荀攸、鍾繇」.先是,彧言策謀士,進戲志才. 志才卒,又進郭嘉.太祖以彧為知人,諸所進達皆稱職.

曹操は、荀彧に問うた。
「荀彧と一緒に、オレを助けてくるのは、誰かな」
「荀攸、鍾繇」

センテンスじゃなくて、単語で答えた。ぶっきらぼうだ。陳寿がダイジェスト感覚で、簡潔に書いたのだと信じたい。態度が悪すぎる。。

これより先、荀彧は戯志才を推薦した。戯志才が死に、郭嘉を推薦した。曹操は、荀彧には人を見る目があると感じた。荀彧が勧めた人は、みな高位に昇った。

荀彧は才能の発掘がうまいなあ、、ではない!違う!
曹操が荀彧の言いなりだったんだ。荀彧が推薦した人を却下したら、荀彧に逆らったことになる。「皆稱職」は、不自然だ。
いま思いついた。のちに曹操は献帝の下で、強くなりすぎた。同じ構図が、荀彧と曹操にないか。荀彧は曹操の下で、強くなりすぎた。だから、居心地が悪くなった。荀彧の個人的な能力の高さが、曹操を圧倒したように思える。「名士だから強い」は、荀彧の後輩の代から顕著になる?

荀彧は、悪質な心理カウンセラー

自太祖之迎天子也,袁紹內懷不服.紹既并河朔,天下畏其彊.太祖方東憂呂布,南拒張繡, 而繡敗太祖軍於宛.

曹操が献帝を迎えてから、袁紹は曹操に不服を抱いた。袁紹は河北を統一した。天下は、袁紹の強さを畏れた。

曹操にしてみれば、「荀彧の言うことを聞いたら、強大な敵を作ってしまったじゃないか。どうするんだ、もう!」と言いたい。

曹操は、北に袁紹、東に呂布、南に張繍がいる。しかも悪いことに、曹操は宛で、張繍に敗れた。

紹益驕,與太祖書,其辭悖慢.太祖大怒,出入動靜變於常, 衆皆謂以失利於張繡故也.鍾繇以問彧,彧曰:「公之聰明,必不追咎往事,殆有他慮.」 則見太祖問之,太祖乃以紹書示彧,曰:「今將討不義,而力不敵,何如?」

袁紹はますます驕り、曹操に書状を与えた。その文面は、悖慢だった。

「曹くん。献帝ともども、冀州を頼って降伏しないかね?」かな。

曹操は、大いに怒った。曹操の立ち居振る舞いが、ちょっとおかしくなった。皆はその原因を、張繍に敗れたせいだと思った。
鍾繇は、荀彧に、曹操がおかしい理由を問うた。荀彧は答えた。
「曹操公は聡明です。すんだこと(張繍への敗北)を気に病んでいません。他に心配事があるのでしょうね」

原因は、袁紹である。なぜ鍾繇は分からないのか?

曹操は荀彧に会って、袁紹の書状を見せた。
「オレは不義の袁紹を討ちたい。でも軍事力が敵わない。どうしよう

のび太くんである。相談するなら、自分の仮説を持てよ。


彧曰:唯袁紹爾.紹貌外寬而內忌,任人而疑其心,公明達不拘,唯才所宜, 此度勝也.公能斷大事,應變無方,此謀勝也.公法令既明,賞罰必行,此武勝也.公以至仁待人,此德勝也.
夫以四勝輔天子,扶義征伐,誰敢不從?紹之彊其何能為!

荀彧は、曹操に言った。
「袁紹は、外面は寛大だが、胸中で他人を忌んでいます。人を任用しても、その心を疑っています。曹操公は明達で、才能を用いています。度量で、曹操公は袁紹に勝っています。
曹操公は決断ができ、変化に対応できます。謀略で、勝ります。
曹操公の軍法は明らかで、賞罰が必ず行われます。武力で、勝ります。
曹操公は、真心をもって人を待遇します。仁徳でも、袁紹に勝ります。

戦況分析というより、曹操を励まし、導いているように見える。曹操公が、そういう君主になれなければ、袁紹に勝てませんよ、と。
また曹操の4つのアドバンテージは、荀彧が作り上げてきたものだと分かる。曹操の人格をほめているようで、曹操軍の来歴と組織をほめている。曹操は、ますます荀彧に頼るしかない。
下手な心理カウンセラーは、患者が自活する支援をしない。ますますカウンセラーに依存させてしまうらしい。面談の頻度が増すから、カウンセラーは儲かる。だが医療としてはイマイチ。
荀彧は、曹操に自分を頼らせたいのだから、これでいい。

曹操公は4つの点で袁紹に勝ち、献帝を助けています。献帝を後ろ盾にして、袁紹を攻撃すれば、誰が曹操公に敵対するでしょうか。袁紹の強さは、役に立たないのです

詭弁である。袁紹は強いのに、弱いのか? メッセージが矛盾するのは、荀彧がバカだからではない。曹操を励ましているからだ。
「いまは苦しいけど、そのうち良くなるよ」という激励は、根拠がとくにないし、論理的に矛盾している。それと同じだ。


太祖悅.

曹操は、悦んだ。 …次回、曹操が悲観的な「戦略」を展開します!