表紙 > 漢文和訳 > 『世説新語』に登場する、東晋の元帝・司馬睿を総ざらい!

01) 末っ子を可愛がるバカ皇帝?

『世説新語』より、
東晋の元帝・司馬睿が登場する全てを抜き出します。

『世説新語』は、裴松之が注釈にも使っている本。南朝宋に成立。
前回は同じことを司馬炎と曹操と鍾会でやりました。
『世説新語』に登場する、司馬炎を総ざらい!
『世説新語』に登場する、曹操を総ざらい!
『世説新語』に登場する、鍾会を総ざらい!

以下の方をターゲットに書いてみます。
 ○三国の勝者・司馬氏が傾き、孫呉の跡地に逃げた心境を知りたい
 ○図書館に行くのは面倒だが、『世説新語』を覗いてみたい
 ○専門書の口語訳ではなく、手軽な物語として読みたい
参考文献:『世説新語』新釈漢文大系(上中下)明治書院

言語29、他人の土地へ下る無念さ

司馬睿が初めて長江を渡ったとき、顧榮に言った。
他人の国土に移り住むことになった。明日から、つねに心は愧じ続けることになるだろう」

揚州は、西晋の一部でした。司馬氏にとって、「自分の国土」のはず。それなのに「他人」と言うとは、きっと孫権の呉を意識しているに違いない。司馬睿は、つらいねえ。

顧榮は、ひざまずき、答えた。
「私は聞いております。古代の王者は、天下を1つの家と見なしました。殷室は遷都をくり返しました。さらに殷の前、禹の夏室は、洛陽に遷都しました。司馬睿さまは、お気に病んではいけません」

気休めにもならん。殷室は、黄河に氾濫されて、遷都したらしい。しかし司馬睿は、西晋のバカたちの人為ミスで、国土を大幅に失って逃げるのです。事情が違う。

言語33、年寄りの目を覚まさせる方法

顧和がまだ無名のとき、王導と会った。王導は疲れていて、居眠りを始めた。

顧和は、上のエピソードで出た顧榮の一族です。顧榮曰く、
「顧和くんは、衰えた私たちの一族を、再び盛り返してくれるだろう」

顧和は、王導の目を覚まさせ、自分を印象づけたいと思った。顧和は、同席している人に言った。

王導に聞こえるように、顧和はわざと大声で言ったに違いない。

「むかし私は、一族の顧榮から聞かされました。元帝・司馬睿さまが建国したとき、王導さまがよく輔佐して、国土を保全なさったそうです。いまその王導さまがお疲れですから、私は気が気ではない」
王導は、飛び起きた。

自分への褒め言葉を聴けば、嬉しくて目が覚める。王導もまた、人の子です。司馬睿のために苦労したなら、なおさらだ。

王導は、顧和に言った。
「顧和くんの機転は、するどく尖った宝玉のようだ」

王導が起きているときなら、賛辞が嬉しくても、心が平静なフリをしたはずだ。謙遜もしただろう。だが王導は、寝ぼけを突かれたから、本性が出た。顧和を褒めるしかなかった。王導、気まずいな。
司馬睿は名前だけの出演だったが、、書いちゃったから、いいや。

方正23、末っ子のほうが可愛い

司馬睿は、長男の司馬紹よりも、末っ子の司馬昱を跡継ぎにしたいと思った。司馬睿は、末っ子の母である鄭皇后を、寵愛していたからだ。

ありがちな展開。末っ子の母は、若くてかわいい。長男の母は、すでに死んでいるか、ばあさんである。司馬睿の場合は、死んでいる。

だが、王導と周顗は、司馬睿に反対した。
「年長者を差し置くのは、道義にもとります。ましてや長男の司馬紹さんは、聡亮にして英断な人です。つぎの皇帝から、外す理由がないでしょう」

極めて当たり前の話だ。当たり前だから、守るべきなんだ。


皇太子を決める時期が来た。
司馬睿は、王導と周顗を別室に追いやって、その間に末っ子・司馬昱を皇太子にしてしまおうと思った。
司馬睿はさきに王導を呼び寄せた。王導が参内しようとすると、司馬睿はその途中で、
「しばらく、東の部屋で待っておれ」
と突然に命令した。これを聞いた王導は、不審に思った。王導は、司馬睿に問うた。
「司馬睿さまは、何の用件で私を呼んだんですか?」
司馬睿は、黙ってしまった。
「ああ、王導さんを騙そうとした、私が悪かったよ」
司馬睿は、懐から黄紙を出して、破り捨てた。こうして、長男の司馬紹が、皇太子になることができた。

黄色い紙には「末っ子・司馬昱を皇太子に」と書いてあったのでしょう。


周顗もまた、王導と同じように足止を食らった。だが周顗は、王導のように、司馬睿の隠れた意図に気づかなかった。周顗は、嘆いた。
「私の才能は、王導に負けないと思っていた。だがいま、私は王導に及ばないことを知ったよ」

方正23には、東晋ファン周知の後日談がありまして・・・司馬紹の血筋が耐えて、司馬昱その人が即位するのです。簡文帝です。
さすがの王導も、そこまでは読めなかったと思います。