2)劉備がひとりで黄巾平定
天帝は、劉邦に殺された3人の武将を、生まれ変わらせることにした。曹操、劉備、孫権として。
軍師の任命
天帝の遊びみたいな判決は、まだ続く。
「彭越は劉備になるわけだが、なかなか智謀の士と知り合えない。3人のうち、彭越だけビハインドにするのは良くない。蒯通を生まれ変わらせ、諸葛亮にしよう。劉備(彭越)を助けるように」
これで裁判は終わりだが、約束があった。
「司馬仲相が上手に裁判をできたら、地上で皇帝にする」
という話だった。
「司馬仲相は、司馬仲達に生まれ変われ。劉邦との因縁を晴らすため、さっきの3人が争うだろうが、その後始末をキミに命じる。最後にはキミが天下統一して、皇帝になれ」
司馬仲相には悪くない話だが、出来レースを仕込まれた3人(韓信・彭越・英布)は、たまったものではない。1度目の人生で、劉邦に殺された。2度目の人生で、司馬仲達に駆逐される運命だ。
さて、ご覧になっている皆さんに、お詫びがあります(笑)
ここまで話を引っ張ってきた、孤独な読書家・司馬仲相は、以降2度と登場しません!司馬懿が出てきたとき、
「私は、司馬仲相の生まれ変わりだ」
と自覚していない。ふつうの魏の軍師だ。天帝は記憶を失わせて、フェアな天下争奪戦をやらせたかったらしい。もしくは『平話』の編者が、複雑な設定にしたくなかったか。
「伏線の回収」という、現代小説に課せられる義務的なマナーも、『平話』には適用されていません。もっとも、司馬仲相は再登場しなくても、工夫された結末はあるので、ご心配なく。
『平話』の導入がこんな風なのは、三国時代より楚漢戦争の方が、元代の民衆には親しまれていたことを意味するのでしょう。三国ファンとは感覚がズレますね。むしろ三国ファンなら、楚漢戦争の理解を助ける目的で、曹操たちを登場させたいくらいだ。
後漢が滅ぶキッカケ
ここからは後漢末の話。いつもの三国志の時代です。もう、冥界にトリップしたりもしません。唐突な展開ですが、それが『平話』です。
浦島太郎に通じますが、転生の手続きがすぐ済むなら、司馬仲相は150年かけて裁判をやっていた計算になります。劉邦その他の死人たちが、よほど揉めたんだろうなあ。
霊帝が即位したとき、天下の銅製・鉄製のものが、一斉に鳴り響いた。
「グワーン、グワーン、グワーン」
霊帝は、吉なのか凶なのか、とても気にした。臣下の列から、皇甫嵩が答えた。
「春秋時代、斉の国で同じことがありました。これは、吉でも凶でもありません。単なる、山が崩れる前兆です。金属製品は、山から産出しますから、呼び合っているのです」
「ああそうか、安心した」
冒頭から空虚な逸話を突っ込んでしまい、責任問題に発展しそうです。
『後漢書』の霊帝本紀は、怪事件の宝庫です。『演義』に出てくる玉座のヘビや、性転換のメンドリは、本紀を踏まえている。
だが、『平話』が紹介したグワーンの件は、本紀に載っていない。わざわざフィクションを挿入したのに、あまり面白くない。作中で「凶兆でない」と明らかにされたから、後漢の滅亡を暗示しない。紙幅泥棒。最低である。
金属が鳴ったせいでしょう。土砂が崩れ、泰山の麓に、ポッカリ大きな穴が現れた。
その穴のそばに、農家がいた。
農家の次男はライ病になり、髪の毛が抜け落ち、全身から血膿が流れ出した。家族がイヤイヤ介護するのを見て、死のうと思った。
――ライ病の次男がウロついたから、漢家400年が滅びるのである。
というのが、『平話』に登場する天の声です。
次男が死に場所を探していると、6メートルの大蛇と会った。大蛇が逃げたから追うと、薬草の解説本を見つけた。書いてあるとおりに薬草を調合すると、ライ病が治った。
「この病人が、張角である」
と続けば美しいのだが、そんな期待を抱いてはいけない。この次男の弟子が、張角である。張角が、母の看病のため帰省するとき、書物を借り受けた。張角は、薬学の普及活動を始めた。金を取らない代わりに、弟子にした。
黄巾の乱が起きた。天下の3分の2が占領された。
「大赦し、将軍を任じて、討伐をなさいますように。もし将軍に適任者がいなければ、私にお命じ下さい」
と霊帝に提案したのが、皇甫嵩だ。勅命曰く、
「任せよう。皇甫嵩の命令は、皇帝の命令と同じである」
劉備たちの登場
関羽と張飛が、涿県で出会った。名場面に違いないですが、『演義』では読めない表現やエピソードを中心にやっていきますので、省略します。
劉備がいた。容貌について『演義』と違うのは、夏の禹王のごとき背、殷の湯王のごとき肩の持ち主とあることだ。聖人の特徴を盛り込みたいのは分かるが、「背中が似てる」って何だろう。
3人は桃園で義兄弟になった。
「燕の国主に、義軍を召集してもらおう。オレたちが義軍に参加すれば、自分たちの財産を守れるぞ」
と張飛が言った。『平話』の特徴だが、地名の時代がズレている。後漢だから、「幽州」でなくちゃ。
『演義』では、義勇軍を募集する高札の前で、劉備と張飛が出会う。だが『平話』の劉備たちは、もっと国政に積極的だ。役所に赴き、軍を募集することを、国主に掛け合った。
「国庫には金がないんだよ。募集は無理」
「オレの家には、財産があります。これで兵を雇えばよい」
と張飛。なんと張飛の私財を元手に、官軍が編成された。
このとき劉備の下に、簡雍、麋芳、孫乾が加わった。気の早いことである。麋芳と孫乾は、劉備が徐州に入ってから出会うはずなのに、早くも味方になってしまった。諸葛亮以外の文官は、登場のタイミングは適当だ。
「黄巾が100里に近づいているそうだ」
という報せが入った。張飛が、
「中央の皇甫嵩さまは、黄巾を破った人を、取り立ててくれるそうだ。オレたちも頑張ろうじゃないか」
とやる気になった。
『平話』では、張飛の活躍が目覚しい。金も出すし、口も出す。文学史では、庶民の共感を得るキャラクターとして位置づけられるらしい。
皇甫嵩は、劉備を歓迎した。
「劉備に、5万を与える。黄巾の頭目の張宝と張表を探りなさい」
劉備がいきなり出世をしてしまった。『演義』では、無官だからと董卓に侮られた。『演義』の方がリアリティがある。そして、黄巾の頭目の名前は、張表ではなく張梁です!
「5万を率いる自信がありません」
劉備は辞退して、3千5百だけを率いて黄巾を攻めた。張飛はたった12人で敵陣に乗り込み、張宝たち兄弟と会った。張飛は、漢の正義を雄弁に説いた。張飛らしくない頭脳キャラ的な活躍です。
劉備たちは、皇甫嵩の先鋒として、張角を討ち取った。
「長安に使いを出す。恩賞を与える」
ええっと。後漢の都は洛陽なんだけどなあ・・・『平話』は破天荒です。