4)悪役・曹操に関する発見
呂布が死んだ。『平話』では、ここから中巻です。
『平話』の特徴
ここでちょっと休んで、『平話』の特徴について言っておきます。
ぼくが今回、『平話』をネタにしている理由は、『演義』との差異を指摘しておきたいからです。
紀伝体は、ストーリーテリングとしては失格です。やがて『演義』へと昇華する講談のタネ本が、どれだけ正史を捕捉しているか、見たかったのです。清代の学者によれば、『演義』は、
「史実7割、虚構3割」
だそうです。これは羅貫中が、知識人の目にも堪えるようにがんばった結果だと言います。それなら、『平話』の段階では、比率はどうだったんだろうか、と興味を持っています。
『平話』が史実から逸脱するときは、2つのパタンがあるようです。
まず、複数の本紀・列伝に散在しているできごとを描くとき。
劉備なら劉備の列伝だけ読めばいいときは、破綻しません。でも、黄巾の乱や赤壁の戦い、各国の皇帝即位など、あちこちから素材を集めてくる必要があるとき、史実と違うことを言い出したり、前後関係が壊れたりします。省略が増えて、雑になります。
つぎに、歴史を単純化しようとしたとき。
観客が聞きたいのは、劉備や張飛の活躍です。次点で、曹操や周瑜の負けっぷりです。孔明の知恵は、あまり関心がないようです。
主人公に関係ないことを、話が矛盾しない範囲でまとめるとき、ひどいコジツケが起きます。後で見ますが、諸葛亮の北伐と、その外野の出来事は、ぐちゃぐちゃです。魏末もぐちゃぐちゃです。
これに気づけただけでも成果がありました。文体が一定せず、「ウェブ講談」という趣向には失敗していますが・・・
それでは、『演義』と違うところをメインにして、続きをお送りします。
悪役になった曹操
呂布を殺した曹操と劉備は、長安に凱旋した。
どうやって確かめたのか知りませんが、
「劉備は、前漢の景帝に似ている。もしかして、宗室ではないか」
という話になった。系図を調べると、案の定、そのとおり。
ここでソックリだと言われた景帝は、300年前の人です。誰が顔を知っているんだか。日本に例えるなら、
「徳川家宣公にそっくりだ」
といきなり指摘されるくらい、びっくりな話です。肖像画と照らしたんでしょうか。中国の古い肖像画なんて、みんな同じ顔なのに(笑)
曹操は、危機感を持った。
「呂布に攻められた劉備を、助けないほうが良かった。彼が漢の宗室だったとは・・・献帝と結びつかれると邪魔になる」
曹操が劉備に敵意を持った。つまり悪役になるのは、ここからです。前段までは、良き理解者だった。
『演義』と違って、ここまでの曹操に悪役要素はありません。叔父をウソでやり込め、「姦雄」と言われ、呂伯奢を殺し、徐栄に惨敗し、徐州で虐殺し、陳宮に裏切られ・・・という、曹操を悪役・やられ役にするとき便利な話は、『平話』では採用されていません。
ぼくのちょっとした発見でした。
曹操と敵対した劉備は、徐州で自立。しかし張飛の計略が漏れ、曹操に追い出された。自刃を図るが、仲間たちに止められた。
関羽と趙雲
関羽は捕虜になった。『平話』の関羽は、後漢で賢良の科目に推挙されたことがある、知識人という設定です。
斜め読みしてスルーして、史実だと思い込んではいけません。
曹操が関羽をほめたとき、『平話』は廟の賛を紹介します。
「勇気は雲を凌ぐ。1人で1国の存在感で、1人で1万人の強さだ。でも関羽は、呉に殺されるよ。残念なことだ」
ええ!
まだ官渡すら戦っていないのに、関羽の死に様をネタバレしてしまった。『平話』は、読者に対するマナーを、とことん無視しても平気らしい。
曹操は、関羽が馬に乗れば金を与え、馬から降りれば銀を与えた。関羽の厚遇ぶりを例えているんですが、秀逸です。思わずニヤリとしてしまいます。
徐州を去り、
行き場を失った劉備は、袁譚(袁紹の長子)を頼った。
「もし私に5万を貸せば、曹操を倒してみせる」
と劉備が言うが、袁譚は首を縦に振らない。当たり前です。敗軍の将に、5万も出せるか。劉備は自分が、無理なお願いをしているという自覚なく、グチを歌にした。
「天下は乱れー、黄巾があふれてー、賊がアリのようだったよー。曹操は、自分で皇帝になるつもりだしー、献帝は無力だなー。だから私が劉氏を復興しようと思ったのにー、袁譚はケチだから協力してくんないよー」
廊下のカゲから、歌の続きが聞こえてきた。
「私は武術がすごいけどー、使い道がなくて溜息さー。朝廷の政治は、ちっとも正しくないのにー、壮士は活躍できないなー。劉氏の英雄が現れてー、曹操を討つならばー、全力で協力するのになー」
この俳優は、趙雲だった。
講談なので、漢詩がたびたび出てきて、物語の重要な転機になります。趙雲の参加は、ミュージカル仕立てでした。
次回、赤壁前夜まで飛びます。官渡の戦いも、三顧の礼も、『演義』と目立った違いがないからです。