表紙 > 読書録 > 「兵法三十六計」1行で分かる計略のコツ

07) 最後2つはオマケか、敗戦計

計略の最短ダイジェスト。
弱者の戦略と言うと、ランチェスターを思い出します。今回はテーマではないので扱いませんが、三十六計との共通点は、強者が強みを発揮できないようにすることだろうね。
今までずっと4文字だったのに、敗戦計だけは全て3文字です。文学的な狙いがあるのか?
もっと言えば、実は3文字ではなくて2文字です。なぜなら敗戦計の名前には、全て「計」が末尾に付いているから。今までの4字の計略は全て「瞞天過海計」のようにと、「計」を付けて言い換えることができる。「計」を除けば、2文字になってしまう。

敗戦の計

◆31◆ 美人計(びじんのけい)
美女や金品で、闘志を奪え

解説不要ですね。本は貂蝉を紹介してます。
本はマキャベリを引用して、とてもすごいことを言ってる。
「女性そのものが問題ではない。女性を辱めたり、人妻を奪うことは、ある男が他の男を侮辱することになるから、問題なのだ」
なるほど!
色恋が持ち込まれると、争点の焦点がボケがちである。他人から見れば紛れもなく権力争いなのに、権力争いではなく、もっと別のテーマで戦っているような錯覚に陥る。『演義』のような文学作品は、このズレを利用して盛り上げるわけですが。色恋は、政治的対立と無関係に熱中してしまう。この誰しも抱いてしまう錯覚を、充分に利用しようというのが、この計略。
注意したいのは、敗戦の計に収録されているということ。力関係が対等以上なら、やらないに越したことがない、という女性擁護の発想、、ではないよな。でも傷つく人は増やすべきでなく、、微妙だから解釈が難しい。
貂蝉のキャラクターや死に様に、やたらにバリエーションが多いのは、美人計の魅力と難しさを伝えていると思う。


◆32◆ 空城計(くうじょうのけい)
手薄なことを隠さず、逆に敵に警戒させる

諸葛亮が撤退するとき、司馬懿にやったこと。解説不要。
「無中生有」は敵と対決しているときに使い、「空城計」は不利なときに使う。状況に違いがあります。
「無中生有」が成功すると大勝で、失敗しても舌打ちすれば済む。「空城計」が成功すると命からがら逃げられ、失敗すると全滅だ。
ゼロからイチを生むのは同じだが、いざ自分が仕掛ける立場になったときの心理を想像すると、全然違う。2つを混同するとは、よほど想像力がないことを暴露するに等しいので、注意せねばね。


◆33◆ 反間計(はんかんのけい)
敵のスパイを買収&利用して、自軍のために利用する

ぼくは勘違いをしていました。「間」とは、人間関係のことだと思っていた。敵同士の間柄を叛かせる、と捉えていました。違う。それは「離間の計」との混同です。いまは「間諜」を叛かせるのですね。
例えば『演義』赤壁で、周瑜が仕掛けたのは、曹操と蔡瑁の間柄を叛かせたのではなく、スパイである蒋幹を味方に付けてしまったことを言うのです。へええ。


◆34◆ 苦肉計(くにくのけい)
わが身を傷つけて、敵をだませ

古典の解題にある。
「人は自分のことを傷つけるわけがないから、敵に信じ込ませられる」
という前提が、この計略を支えているらしい。
やたら自虐的になったり、自殺者が減らない現代日本では、発想としてどこまで有効なのか怪しいな。っていうか、ふつうの企業活動では、ミスをしても肉刑を科せられることがないから、すこし拡大解釈をせねば活かせまい。
例えば、理不尽すぎる左遷、とかね。敵に与えるインパクトは欠けるが。
サンプルは、黄蓋で充分。
しかし黄蓋のために可哀想なのは、よくこの計略が「苦肉の策」と日本語で言われること。そうじゃないよ!まだまだ余裕のある情勢で、創造的に思いつき、主体的に実行した作戦なのだよ!


◆35◆ 連環計(れんかんのけい)
複数の計略を、同時に用いろ

もはや三十六計の原典の筆者は、本題を終わったつもりです。漫才で、すでにやったボケをくり返して「もう、ええわ」と締めくくります。新しいボケではダメで、既出でなければ終われません。あれと同じです。
次の36番目の計も、何も計略について言っていない。つまり三十六計とは、実は三十四計しかない。
赤壁で船をつなげたことを「連環の計」と言いますが、あれは船を繋いだから連環ではないようだ。長江を挟み、いろんな計略を合わせ技したから、連環なんだって。へええ!


◆36◆ 走為上(にげるを、じょうさくとなす)
優勢なままに退却するのは、負けではない

これまでの34の計略と比べると、どうもスタイルが違う。それもそのはずで、これだけは元ネタが固いのだから。これを「創作」したら、三十六計は正史との接点を失う。
ところで、
「下手に策を弄するよりも、サッサと戦闘放棄した方がケガが少ない
みたいなニュアンスに思っていたが、違いますね。小難しい議論をする人を皮肉り、思慮の浅い人がゲラゲラ笑いながら、逃げ出すのではない。万全を尽くして、計算高く一時的に領土を譲ることを、この計略は教えています。
逃げるときには「算を乱して」みたいなダサいやり方ではなく、他の34の計略を総動員して、堂々と撤退すべきのようです。

おわりに

歴史について、後からゴチャゴチャと解説し、ルールを見つけようとする本は、いくらでもあります。このサイトもその1つです (笑)
今回読んだ三十六計は、それら解説の中でも、もっとも愛されてきたものの1つです。もはやスピンオフという元来のポジションを越えて、バイブルみたいになってるからスゴイものです。楽しかった。091228