表紙 > 読書録 > 川村康之『クラウゼヴィッツの戦争論』と三国志

04) 曹操は、軍事的天才でない

クラウゼヴィッツは、戦争は極限までエスカレートせず、どこかで休止したり、講和に及んだりすると言った。三国鼎立とは、大いなる休戦である。
微かですが、オリジナルな知見を得られたと思います。以下でも、検証していきたいです。

諸葛亮の隆中対を、クラウゼヴィッツで言い換えると、
「弱小勢力である劉備さまが生き残るには、曹操に『絶対的戦争』を仕掛けさせないことがポイントです。今日の輸送能力に照らせば、益州に籠もれば手出しが難しくなります。『現実の戦争』に持ち込み、鼎立という休戦状態を作り出して下さい。万事はそこからです」
となります。

政治的目的を達成する手段

敵を完全に撃滅しなくても、政治的目的は達成できる。
 1.戦闘力の撃滅
 2.一地方の占領(講和の引き取り材料)
 3.一時的な領土の占領(戦後日本のマッカーサー)
 4.領土への侵略(土地でなく、敵の消耗が狙い)
 5.同盟を弱体化させる

合肥の戦いは、曹操と孫権が一進一退で、あまり派手さがない。北方『三国志』では、外征の意欲のない孫権が、例外的に合肥に執着したと描かれている。北方氏には孫権の思考回路が分からなかったようだ。
いちおう、
「合肥は長江の上流で、建業を守るための重要拠点だから」
という説明をどこかで読み、ぼくは納得した。
いまクラウゼヴィッツに照らすと、5.以外の全てに合肥が当てはまる気がする。魏の全領土を恒久的に支配する気はなくても、合肥を材料にして魏との講和条件を有利に運ぼうとしているようだ。講和とはすなわち「割拠を追認させる」ってことだが。


政治的目的を達成するための上の5つの手段には、全て戦闘の要素を含む。
「戦争は、武力によって決定される」
というのは一つの最高法則である。敵が武力で攻め込んできたら、武力で対抗するしかない。

黄巾がどんな理想を語ったか知らないが、けっきょくは武装集団へと昇華した。政治の目的を達成するには、武力が必要だという証拠だ。黄巾が途中で道を誤り、堕落したわけじゃない。

摩擦を克服できるのは、軍事的天才

計画のときは思いもしなかった障害が、戦争を妨害することがある。クラウゼヴィッツは「摩擦」という。
天候や情報の不確実性がこれに当たる。
霧は敵の姿を見えなくする。雨が降れば大隊の到着が遅れる。多くの人が関わると不確定要素が膨らみ、摩擦に邪魔される可能性は高くなる。

東南の風は、船を燃え広がらせる。長江流域の寄生虫は、北方出身の兵士を疫病にさせる。


摩擦を克服できるのが、軍事的天才である。困難を乗り越える実行力、強固な意志、機転や聡明な知力の持ち主だ。軍事的天才は、偶然すら味方の利益に転じる。

赤壁で敗れた曹操は、クラウゼヴィッツが言う「軍事の天才」ではなかった。「法家の怪物」だけでも充分に怖いのだが (笑)

軍事的天才は、偶然や精神的な要素が戦争に関係することを説明するために、クラウゼヴィッツがもうけた特有の概念である。

これまでが『戦争論』の第1編でした。
次から、第2編です。