表紙 > 読書録 > 中島悟史『曹操注解 孫子の兵法』より、曹操の注釈を抜粋

02) 孫子は数字の感性を磨かせる

曹操の部下教育は、多分に「脅し」が効いていると思う。
怖いなあ・・・

2章、作戦篇

孫子のいう「作戦」とは、本番の前にソロバン勘定を合わせておくということだ。戦費と労役のコストをはじき、不足分は現地調達をせよ。

軽戦車とは、馬4頭で引き、軽戦車1000台で1部隊だ。
重戦車は装甲があり、1台で騎馬1万に等しい防御力がある。
現在では、戦車1000台に、歩兵30000がつく。
戦車1台に、騎馬が10つく。
重戦車1台に、炊事係2人、衣装などの世話係1人、馬番2人。
つまり戦車1台に、非戦闘員5人と、歩兵10人がつく。
軍鼓や階閣を載せた巨大な戦車は、ウシに引かせる。 ウシを使うなら、馬番が不要だから、非戦闘員は3人でいい。
「武装した10万人」には、非戦闘員がたくさん付随する。

孫子の古典的な部隊編成を、曹操が現代バージョンに言い換えている。面倒だったけど、三国の軍隊をイメージできるので、引用してみました。


孫子が教える戦争費用には、漏れがある。
敵の用心を買収する費用、戦勝したときのボーナスも計算しておけ。

今日的な経理でいうところの「引当金」です。


故郷から長く離れると、ストレスが溜まる。粗食が続き、肉体も身体も疲弊する。武器を使い古し、戦力が極端に落ちることがある。
長期戦になると、どんなに有利でも、国内経済が混乱するリスクを負う。戦争費用を、租税収入では補えない。軍隊は補給が不足し、国内は食料が欠乏する。一国が崩壊するだろう。

孫子が「深入りするな」と言ったのを、曹操が補ってる。
赤壁や漢中で曹操が撤退したから、三国は鼎立した。もし曹操が徹底的に攻めていれば、孫権も劉備も必ず降服したはずなのに。曹操が『孫子』を学び、国内経済を安定させるためのバランス感覚に優れていたせいで、三国が鼎立した。皮肉なことにね。そんな気すらしてくる。


軍事的勝利のためには、上司への根回し&事前会議を省略してもよい。孫子は、
「事務作業に時間を費やして、緊急事態を乗り切ったという実例は、お目にかかったことがない」
と言っている。これは、本当に見たことがないという、文字どおりの意味ではなく、「そんなことはあり得ない」と否定しているのだ。

野暮な注釈だなあ。曹操様ともあろうお方が。
ちなみにこれは「拙速」の解説です。「拙速」とは、「拙くて速い」のではなく、「手順を省略して速く」と意味。『司馬法』の言葉なんだって。中島氏の解説に拠りました。


徴兵は強制労働だ。合理的な範囲で、少なければ少ないほど良い。
いちどで大勝し、食糧補給や税収がはじめから万全ならば、それ以上は領民に負担をかけることはない。

つまり曹操は「合理的な理由があれば、徴兵も増税もやりますよ」と断っているんだ。
孫子は「領民の負担を最小限にするよう、周到に準備せよ」と言っているだけなのに。託けて曹操は、開き直った!


孫子は軍事物資を現地調達せよと言うが、違う。食料は現地調達でよいが、武器や甲冑、戦術兵器やその材料は、自分の国で用意していく必要がある。

先進国の言い分です。劉備なんか、自前よりも、敵の製品を横取りしたほうが、絶対に性能がいいに決まっている (笑)


孫子は、開戦するだけで民間経済の60%が打撃を受けると言った。民間経済が停滞すれば、税収が減る。
食料の輸送は難しい。遠距離を運ぶリスクとコストを差し引くと、5%しか現地に届かない。

このあたり、孫子は具体的な金銭や穀物の量で、経済政策や輸送のシミュレーションを説明している。曹操の注釈は、度量衡の換算に忙殺されてます。さすが学者肌。
しかし、輸送で95%が失われるとは、、蜀の桟道での輸送効率は、もっと効率が悪かったはず。諸葛亮は、曹操の注釈を読んでいたはずなのに、無謀なことです。
道中で食料を雨にぬらし、また谷底に落っことさなくても、輸送人員の食べ物、徴兵&徴税が与える経済へのマイナス影響を加味すれば、コストは跳ね上がるのですね。戦争なんか辞めればいいのに (笑)


敵の戦車を10台以上とらえた人は、大抜擢して、すぐに奪った戦車を率いさせろ。奪った戦車そのものと、指揮権を与えるのだ。逆に、その場で褒賞を与えても仕方がない。味方が死戦しているのに、もらった褒賞を見せびらかして喜ぶ人は、いないからだ。
能力を持った人を、飛び級で昇進させることが、組織を活性化させる。

孫子は「捕虜は役に立つから、すぐに自軍の一員として用いよ」と言った。だが、いくら降参したからと言って、勝手に行動させるわけにはいかない。

そりゃ、そうだろう。
部下が字面どおりに捉えることを怖れたか。もしくは、曹操が字面どおり捉えがちな自分を律したのか。こんな注釈、思いつかないよなあ。自分がそちら方面に間違えそうにならない限り。


長期戦になると、どんな戦争でもコストが増大し、メリットがなくなる。また戦争は、業火と同じだ。使用目的を果たした後、きちんと後始末しておかないと、自分の身を焼く。

中島氏は言わないが、損益分岐点の見極めです。そして、マーケットから撤退するときは、きちんと撤退しろ、ってことですね。片手間にダラダラやっていると、固定費ばかり垂れ流す。


以上、作戦篇でした。かなり数字にシビアですね。
もっとビジネス書でさかんに謳われてもよさそうな話なのに、、今日のビジネス書が『孫子』を扱うとき、定性的な抽象論&精神論に終わっているように見える。特化して本にしたら売れないかなあ (笑)