06) デスノートとトヨタと韓非子と
蔡志忠『マンガ 孫子・韓非子の思想』講談社1990
のマンガを、さらに圧縮したメモを作りました。
人間差別の思想
『韓非子』のエピソードを平たく読んできましたが、
ぼくには、変に思ったことがありました。
矛盾したことを言っているのです。
人を利で釣れと言いながら、人は利では動かないという。
大人しくルールを守れと言いながら、先王のマネをするなと言う。
他人に死力を尽くさせろと教えつつ、他人に踊らされるなと言う。
『韓非子』を学んだ人は、どんな教訓を読めばいいのか?
2頭立ての馬車で、馬が逆方向に走るように、さっぱり進まない。分からない。矛盾した命令を、同時に出してはいけないと言ったのは、韓非じゃないか。
いま矛盾の理由を考えると、
韓非が人間を差別していたからだと分かりました。
韓非にとって人間は、2種類います。
手を動かしていればいい愚民(ライン)
頭を働かして生きるべき為政者(スタッフ)
この2種類は、決して混同されることがなく、厳然と違う。韓非が、韓の公子として生まれ、貴族として一生を終えたから、差別が染み付いているのでしょう。
なんて話を、ぼくが始めたいのではない。
韓非子が面白いのは、なぜか
韓非の記したエピソードは、素直な期待を断ち切って、ショートショートのように裏をかく。このどんでん返しが面白いのですが・・・どんでん返しを仕掛けることが許されるのは、為政者だけです。
ぼくら読者が、
「ここで、そう来るか! こんなことを自分で思いつけたら、爽快だろうなあ。いつかマネしていたい」
と楽しく読むときは、為政者の上から目線になっています。上から目線ならば、楽しくないはずがない。人の優位に立つのは、理屈ぬきで、楽しいのです。
もし、為政者に使い倒され、翻弄される側に感情移入して読めば、『韓非子』ほど不愉快な書物はありません。
始皇帝は『韓非子』に親しんだ。
当たり前の話です。在野の論客とか、政治的に挫折した思想家の話が、始皇帝にとって面白いわけがない。偉そうに、大所高所から愚民を操縦する『韓非子』こそ、始皇帝と波長が合う。
『韓非子』の君主像
まず君主は、自分の頭で考えねばならない。前例を維持するだけでは、ダメだ。ボタン1つで、数千万人が死地に向かうような、権力者様のためだけの政治システムを作ることが、生涯の宿題だ。
つぎに君主は、ラクをしなければならない。政治システムを完成させたら、ゆったりと座っているべきだ。堯舜のように産業を指導したり、子産のように市井で名裁きをしているようでは、ダメなんだ。
政治システムを実現するため、厳しすぎる罰を設定する。1ミリの逸脱で、たちまち死刑になるような罰を設定する。
君主が裁判に参加するなら、罰則にいくらか柔軟性を持たせておきたい。柔軟性は、君主の温情が入り込む余地となる。
だが『韓非子』の君主は、
「愚民が犯罪をしようと思いつきもしない社会」
を作って、裁判の発生すら防がねばならない。
発想が『デスノート』の夜神月である。
もう3年早くに思いついていれば、かなりアリな企画だったかも? デスノートの主人公は「言っても分からぬ馬鹿ばかり」と、衆人を見下していた。温室育ちだった。韓非と同じだ。
同類に「嫉妬」されて、競り負ける死に様も同じだ。
政治システムを維持するため、ルールを過剰に徹底する。寝冷えを心配し、衣をかけてくれた冠係は、ふつうなら恩人である。きっと寒くて眠りが浅くなった王も、これをよく分かっていた。
しかし恩人を罰してでも、ルールの堅牢さを誇示する必要が、君主にはある。ルールに隙を作れば、ボタン1つで回るはずの仕組みが、ボタン2つになり、3つになり・・・と効率が落ちていく。これは避けたい。
人間性を肯定するとは
以前に『韓非子』を読んだとき、トヨタの「標準作業」との共通点を見出しました。
あの会社は、かつて批判されたらしい。
「ベルトコンベアにしがみ付き、決まった作業ばかりやらせるのは、ラインに従事する人の、人間性を否定しているのではないか」
これに対する会社の反論が、
「ラインの人にも、カイゼンに取り組んでもらっています。だから、人間性を否定していない」と。
初めて読んだとき、ぼくは思いました。
「毎日ずっと決まった作業をさせられる上に、知恵まで出せと言われる。やり切れないよなあ。会社に使い倒されて、ひどい話だ」と。
この議論の是非について、ぼくは論じる資格を持ちません。
ただ指摘できることがある。カイゼンに取り組むとは、『韓非子』が君主の仕事に分類した仕事です。
人間の基本的欲求ないしは本能の中に、「思考欲」でもあるんだろうか。工場のラインの人は、『韓非子』の愚民モデルとは違う。
ああ・・・せっかく趣味の中国古典が、仕事くさくなってきたので、おしまいです。『韓非子』の和訳を手に入れてきたので、そのうち三国の人物に講義させます。100220