表紙 > 人物伝 > 袁術に徐州の経営を委任&期待された、一軍人の呂布伝

05) 戟を射る仲裁は、ウソかも

「魏志」巻7より、呂布伝をやります。
『三国志集解』を片手に、翻訳します。
グレーかこみのなかに、ぼくの思いつきをメモします。

呂布が生き残りをかけ、紀霊と劉備を仲裁する

術遣將紀靈等步騎三萬攻備,備求救於布。布諸將謂布曰:「將軍常欲殺備,今可假手於術。」布曰:「不然。術若破備,則北連太山諸將,吾為在術圍中,不得不救也。」

袁術は紀霊をやり、劉備を攻めた。

劉備は、呂布に下邳を追い出されて、根拠地を失ったところ。

劉備は、呂布に救いを求めた。諸将は、呂布に云った。
「呂布将軍は、いつも劉備を殺したいと、云っていた。いま袁術に手を貸すべきだ」
呂布は、これに反対した。
「ちがう。もし袁術が劉備を破れば、袁術は、泰山の諸将とむすぶ。オレは袁術に、包囲されてしまう」

胡三省がいう。泰山の諸将とは、臧覇、孫観、呉敦、尹礼らだ。


便嚴步 兵千、騎二百,馳往赴備。靈等聞布至,皆斂兵不敢複攻。布於沛西南一裏安屯,遣鈴下請靈等,靈等亦請布共飲食。布謂靈等曰:「玄德,布弟也。弟為諸君所困,故來救之。布性不喜合鬥,但喜解鬥耳。」布令門候于營門中舉一隻戟,布言:「諸君觀布射戟小支,一發中者諸君當解去,不中可留決鬥。」布舉弓射戟,正中小支。諸將皆驚,言「將軍天威也」!明日複歡會,然後各罷。

呂布は、紀霊と劉備を仲裁した。

「鈴下」について、盧弼がたくさん注釈してる。無視。呂布が戟を得る芸当について、場面や武器の解説が多い。これも無視。

紀霊は撤退し、劉備は助かった。

呂布は、なぜ仲裁をしたか。
陳寿の記述に基づいて指摘すれば、自分を高く売り込むためである。呂布が自ら云ったように、強者・袁術に勝たせれば、活躍の場がなくなる。
さらに膨らませてみる。
もし紀霊が劉備を斬れば、丹楊兵や河内兵、徐州の士大夫は、雪崩をうって袁術にしたがうだろう。いま劉備という、怪しげな傭兵隊長がいるから、呂布は徐州の「護衛」として、刺史を任されているだけだ。
徐州に袁術が入れば、劉邦が韓信を殺したように、袁術は呂布を追いはらうかも知れない。 呂布と子飼の部将が、行き場に困る。
(いや、ちがう。袁術が呂布に恩を感じ、厚遇してくれるかも。笑)


術欲結布為援,乃為子索布女,布許之。術遣使韓胤以僭號議告布,並求迎婦。

袁術は、呂布を敵に回したくない。

呂布の狙いどおり、呂布の存在感は、大きくなった。生き場が残った。成功だ。いま袁術は、2つの理由で、呂布に手出しができない。
まず、呂布が強いから。袁術は、戦さが得意でない。
つぎに袁術は、道義にもとる作戦を取らないから。袁紹や曹操は狡猾&残忍だが、袁術は彼らとちがう。侵略戦争はしない(と自負している)
紀霊は、袁術の認識では、劉備という無名の一個人を討伐しただけ。徐州刺史・呂布という、公人を攻めることはしない。皇帝を自称するために、袁術は評判を落としたくない。
袁術は、ことを荒立てず、やんわりと呂布を味方にしたい。

袁術の子と、呂布の娘を、結婚させることになった。袁術は韓胤を遣わした。袁術は、皇帝に即位することについて、呂布に相談した。

戟を射て、紀霊を追いかえしたのは、ウソだろう

翻訳の途中ですが、また考察です。笑

ここまで呂布は、行動に一貫性がある。袁術派だ。

『英雄記』で呂布は袁術に怒っていたが、あれは別の話。ここでは、陳寿の本文についてのみ、考えています。

呂布は、過酷な袁紹に殺されかかったが、張邈との友情を得た。張邈は後漢の名士で、袁術の非侵略主義を支持する。呂布は、張邈&袁術のため、袁紹の手先・曹操を、兗州に攻めた。
呂布と曹操が戦っているあいだに、劉備が徐州を盗んだ。徐州の丹楊兵や名士は、袁術を頼りたい。呂布は袁術に手を貸して、劉備を追い出した。呂布は、まるでかつての孫堅のように、袁術のために働く。

となると、呂布が紀霊を脅迫まがいに制止し、劉備を助けた理由が、見えにくい。呂布は、袁術をジャマしているじゃないか!
突然、行動が矛盾する。

この矛盾を説明するため、陳寿は、呂布に喋らせた。「袁術と泰山に包囲されたら、オレは立場がなくなる」とか、なんとか。後から何とでも、創作できるセリフである。笑

しかも呂布は、戦士のくせに、いきなり「停戦させるのが好き」なんて口走り、いかにも不自然だ。・・・だから呂布は、信用ならない奴なんだ!と決めつければカンタンだが、別の可能性を検討したい。

歴史書を読むとき、「面白いエピソードがあれば、創作だと疑え」という人がいます。これに則って、考えてみる。
陳寿は、戟を射た話を載せた。面白すぎる。紀霊軍たち、ギャラリーの反応は「呂布将軍は、天威である」だ。大げさすぎる。
妄想ですが、
じつは呂布は、平凡に、紀霊を口頭で諌めたのではないか?
呂布のセリフを考えてみた。
「袁術さんは、袁紹と違って、人に優しいと聞いている。劉備は徐州を盗み、罪を犯した。だが劉備は、すでに徐州を失い、罰を受けた。この上さらに、劉備を殺すのは、やり過ぎである。紀霊さん。袁術さんの名声を落とさぬため、劉備を見逃さないか」
極めて呂布らしくないが、停戦するとしたら、話し合いが自然だ。どう転ぶか分からないバクチで、休戦を唱えてはいけない。

もし、戟に矢が命中しなかったら、どうするんだ。呂布には、養うべき兵がたくさんいる。兵に食糧を配れなければ、呂布が殺されるリスクだって、あるのだ。ふざけられない。
ある人は「奇跡に近い演出が必要だったのだ」と主張するでしょう。しかし、これも当てはまらない。紀霊は呂布を、同盟者だと認識している。敵を圧倒するには、奇跡が必要だ。だが味方を説得するなら、ふつうに話せば、いいじゃないか。笑


一般にイメージされる孫堅のように、一直線な呂布さんは、袁術の名声を保つため、切々と紀霊を説得したのだ。袁術派の一員として。

陳寿が三国志を書いた段階で、すでに「呂布は、全身武器の化け物」という伝説が始まっていたのかも? 呂布は、魏呉蜀の創業者とすべて敵対したから、真っ当な歴史記録はなさそう。・・・袁術と同じだ。笑

袁術と呂布の婚姻計画は、きわめて自然な流れで、出た話では?

呂布が紀霊をねじ伏せた直後、婚姻の話が出てくるのは、やはり不自然だ。同盟が、ふつーに継続して、関係がじわじわ温まったのだ。


ところが次回、下邳の陳珪が、呂布と袁術を裂きます。