表紙 > 漢文和訳 > 『晋書』桓温伝の翻訳と小考

5)簒奪への色気

洛陽に都を戻すことが、受け入れてもらえません。

中央との駆け引き

於是改授並、司、冀三州,以交廣遼遠,罷都督,温表辭不受。又加侍中、大司馬、都督中外諸軍事、假黃鉞。温以既總督內外,不宜在遠,又上疏陳便宜七事:其一,朋黨雷同,私議沸騰,宜抑杜浮競,莫使能植。其二,戶口凋寡,不當漢之一郡,宜並官省職,令久於其事。其三,機務不可停廢,常行文案宜為限日。其四,宜明長幼之禮,獎忠公之吏。其五,褒貶賞罰,宜允其實。其六,宜述遵前典,敦明學業。其七,宜選建史官,以成晉書。有司皆奏行之。尋加羽葆鼓吹,置左右長史、司馬、從事中郎四人。受鼓吹,餘皆辭。複率舟軍進合肥。加揚州牧、錄尚書事,使侍中顏旄宣旨,召温入參朝政。

桓温は、并州、司州、冀州の3州を司ることを許された。東晋の朝廷と、距離が離れているという理由で、桓温は都督を解任された。だが、解任の命令を受けなかった。侍中を加えられ、大司馬、都督中外諸軍事、假黄鉞を与えられた。
桓温は、すでに内外の軍事権を握っていた。しかし桓温は、都から遠いところにいて、朝廷に発言力がないことを、不満に思った。7つの建言をした。
その1、派閥でつるんで、政治を誤らせるな。その2、人口が漢代の1郡に満たないところは、税金の無駄だから役人を減らせ。その3、仕事が遅れないように、リミットを設けろ。その4、年長者を敬い、国への忠を奨励せよ。その5、人事考課は、きっちりと。その6、学問を盛んにせよ。その7、歴史官を立てて、『晋書』を作れ。

特別な政策はない。むしろ粗い。桓温は「どんな政治をやるか」より、「オレがやるか、他人がやるか」に主眼があったようだ。洛陽遷都を希望したのも、皇帝を手元に置きたかったからに見える。
建康から遠いから、都督を解任されるという危機もあった。

朝廷では、桓温に羽葆鼓吹を加え、左右長史、司馬、從事中郎の4人を置くことを提案した。桓温は鼓吹を受けたが、それ以外は全て辞退した。
桓温は、水軍を率いて合肥に進んだ。揚州牧を加えられ、錄尚書事となった。侍中の顏旄は、宣旨を持って、桓温を建康に呼び戻そうとした。

温上疏曰:
方攘除群凶,掃平禍亂,當竭天下智力,與眾共濟,而朝議鹹疑,聖詔彌固,事異本圖,豈敢執遂!至於入參朝政,非所敢聞。臣違離宮省二十餘載,鞸奉戎務,役勤思苦,若得解帶逍遙,鳴玉闕廷,參贊無為之契,豫聞曲成之化,雖實不敏,豈不是願!但顧以江漢艱難,不同曩日,而益梁新平,寧州始服,懸兵漢川,戍禦彌廣,加強蠻盤牙,勢處上流,江湖悠遠,當制命侯伯,自非望實重威,無以鎮禦遐外。臣知舍此之艱危,敢背之而無怨,願奮臂投身造事中原者,實恥帝道皇居仄陋于東南,痛神華桑梓遂埋于戎狄。若憑宗廟之靈,則雲徹席捲,呼吸蕩清。如當假息遊魂,則臣據河洛,親臨二寇,廣宣皇靈,襟帶秦趙,遠不五載,大事必定。
今臣昱以親賢贊國,光輔二世,即無煩以臣疏鈍,並是機務。且不有行者,誰捍牧圉?表裏相濟,實深實重。伏願陛下察臣所陳,兼訪內外,乞時還屯,撫甯方隅。

桓温は、建康に召還されたことに対し、上疏した。
(抄訳) 私は20年以上、中央に戻らず、軍務についています。国家に貢献するために、つらい仕事を引き受けています。それを理解なさらず、中央に戻れと仰る。私が成漢や洛陽で出した成果を、ご存知でしょう。私はこのまま、外敵を倒す仕事がしたい。

詔不許,複征温。温至赭圻,詔又使尚書車灌止之,温遂城赭圻,固讓內錄,遙領揚州牧。屬鮮卑攻洛陽,陳祐出奔,簡文帝時輔政,會温於洌洲,議征討事,温移鎮姑孰。會哀帝崩,事遂寢。

詔は、桓温が北方に留まることを許さなかった。桓温が赭圻に来ると、ふたたび尚書の車灌が、桓温に中央に戻るように説得した。桓温は、赭圻で敵城を落とし、詔を辞退した。桓温は揚州に戻らず、遠隔地で揚州牧に着任した。
洛陽が鮮卑に攻められた。洛陽を守っていた陳祐が逃げてしまった。
司馬昱は政治を輔けていた。たまたま桓温が洌洲にいたから、司馬昱は、桓温に洛陽を守らせることを検討した。桓温は拠点を移動させた。だが哀帝が崩じたので、キャンセルになった。

禅譲の気配

温性儉,每燕惟下七奠柈茶果而已。然以雄武專朝,窺覦非望,或臥對親僚曰:「為爾寂寂,將為文景所笑。」眾莫敢對。既而撫枕起曰:「既不能流芳後世,不足複遺臭萬載邪!」嘗行經王敦墓,望之曰:「可人,可人!」其心跡若是。時有遠方比丘尼名有道術,於別室浴,温竊窺之。尼倮身先以刀自破腹,次斷兩足。浴竟出,温問吉凶,尼雲:「公若作天子,亦當如是。」

桓温は質素な性格だった。だが東晋の朝廷でナンバーワンになったから、ひそかに皇帝の座への野心を抱いた。

「覦」は、ひそかに願う、盗み見る。

あるとき桓温はリラックスして寝転がり、親しい幕僚たちに言った。
「アレのことで気後れしていたら、司馬師・司馬昭に笑われちゃうだろうな」
その場の人たちは、言葉を返せなかった。

「爾」は、あなた、しかり、それ、その、のみ。目の前の仲間たちのことを指しているようだが、実は隠語で、皇帝の位を指すのでは?司馬師と司馬昭は、魏から皇帝を奪うことに、遠慮がなかった先例だ。

桓温は、枕を撫でて、起き上がった。桓温は言った。
「私は、名声を後世に残すには、キャラが立ってない。悪臭で後世を満たすにも、キャラが立ってない。中途半端な男だなあ」
かつて桓温は、王敦の墓前を通った。墓を見て言った。
「よき人だ、よき人だ」
桓温の心理遍歴は、こんな感じである。

むかし「王敦に似てるね」と言われると、桓温は不機嫌になっていた。今は王敦を肯定した。王敦は、元帝・明帝を凌いだ逆臣。

遠方に比丘尼がいて、道術が使えた。比丘尼は別室で湯浴みをした。桓温は、比丘尼の様子をこっそり覗いた。尼は刀で腹を破り、次に両足を切り落として、浴室から出てきた。桓温が吉凶を問うと、尼は言った。
「あなたが天子になるとは、こういうことです」

分かりにくい。逸話を創作した人の自己満足だ(笑)桓温が簒奪すれば、まず根幹が傷つき、つぎに枝葉が傷つくと言いたかったのでしょう。