01) 1200年未来からの瑞祥
今回は、小説仕立てでマキャベリを読みます。中国の古典で多く採用されている形式を真似て、問答形式にしてあります。
参考文献は、
マキャベリ著、佐々木毅訳『君主論』講談社学術文庫
です。さっそく本題に入ります。
『君主論』の献上
曹操が、病床の郭嘉を訪れた。
「体調はどうだ。烏桓を北伐した後、お前は床に伏したままだ」
郭嘉は答えた。
「お役に立てず、申し訳ありません。ところで、許の南40里で、不思議なものが発見されました。本日はこれについてお話したく」
「ほお、瑞兆か。麒麟や、鳳凰か。俺に魏王になれと」
「ご冗談を仰られては困ります。書物です」
「仙術の本か」
「いいえ、マキャベリ『君主論』です。大秦の文字で書かれています」
「郭嘉よ。お前は大秦の言葉が分かるのか」
「もちろんです。
イタリア語も、1000年以上の時間を経て、けっこう変化をしたはずだが、ぼくは詳しくありません。
ただし語学の壁よりももっと高いのは、時代の壁でございます」
「どういうことか」
「『君主論』が上程されるのは、西暦1515年です。三国志よりも、1200年も後の時代に書かれるため、私たちが手に出来るわけがありません」
「じゃあ設定の破綻ではないか。と言うより、西暦とは、胡族の暦か。そして三国志とは何か。いまは漢室があるのみ。どこに3つも国がある」
「お答え出来ません。あまり先のことを知りすぎると、曹操様の人生がつまらなくなります。それに私は、早く本題に入りたいです」
「まあ良い。郭嘉は未来が分かるのだ」
「ご厚意に感謝します」
「では、話を先へ進めます。マキャベリは『君主論』を、自らの君主に提出しました。伝統的な裏づけがない乱世で、新しい君主が生き残るための方策を論じたものでございます」
「郭嘉はオレに、無益な時間を取らせない男だよな」
「まさに。私はマキャベリの言説が、曹操様の事業のお役に立つと思うから、講義いたしたく思うのであります。曹操様も新しい君主の1人です。マキャベリになり代わり、本日は私がご提言を申し上げます」
「やってみろ」
「ありがとうございます。『君主論』は全部で26章です。しかし各章は短いので、それほど負担&時間はかかりません。病身の私でも、一気にお話できます」
「では、早くやれ」
1章、支配権の種類とその獲得方法
「まず1章。ここでは、ただフレームを示すのみです。国には、2種類があります。共和制か、君主制か」
「共和制とは何か」
「曹操様が共和国をご存知ないのも、無理はありません。わが国にはない発想です。君主がおらず、人民が自律的に治めます」
「『老子』の小国寡民か」
「違います。君主そのものがおりません。曹操様が目指す国は、共和制ではありませんから、無視して下さい」
「おう。皇帝や王侯を欠かす統治など、あり得ない」
「君主には、2種類がおります。長らく世襲した伝統的な君主と、新しく台頭した君主です」
「漢室の皇帝と、オレたち漢末の群雄だな」
「はい。新しい君主は、さらに2種類に分かれます。完全に独立する者と、伝統の権力に一体化した者」
「自ら皇帝を名乗った袁術と、漢室の皇帝を頂くオレのことだな」
「そうです。1章は、これで終わりです」
2章、世襲の君主権について
「まず、漢皇帝の特徴について」
「やってくれ」
「漢皇帝は、領土の維持がカンタンです。先祖からの秩序を逸脱せず、平均レベルに勤勉であれば、存続できます」
「そりゃそうだろうな。で、後漢王朝は、平均未満だったんだな?」
「ノーコメントでお願いします」
「郭嘉は後漢の忠臣で、オレだけが逆臣か」
「お戯れを。さて漢皇帝は、もし簒奪されても、簒奪した人に不都合なことが起きれば、すぐに権力を回復することができます」
「古くは王莽、近くは梁冀」
「そうです。王莽も梁冀も、失敗しました。漢皇帝は、支配した時間が長いという理由で、強いのです。積極的な理由がなければ、わざわざ打倒されることはありません。もし仮に、後漢がどれだけ腐敗しているとしても、世間の人々は、二言目には、漢室の復興をスローガンにしています」
「確かにな」
マキャベリは、新しい君主に仕えている。だから、フランス王国ような伝統的な権力は、羨みの対象にはなるが、研究のメイン対象にはならない。
「翻って、曹操様の曹氏は2代前が宦官であり、世襲の君主権を持ちません。いかに有能な人が出ても、1代では漢帝国のようなアドバンテージは手に入りません」
「知っている」
曹操の声に怒気が混じった。
「はい。ですから私たちは、新興勢力を論じる3章に進むべきです」