03) 郡県制とアレクサンドロス
郭嘉は、死後のことを見通せるから、蜀漢の建国まで予想できた。
この設定は大丈夫なんだろうか?
4章、アレクサンドロスの死後、帝国が安泰だった理由
「曹操様、アレクサンドロス大王をご存知ですか」
「知るわけがあるか」
「それは残念です。今から題材とするアレクサンドロスは、秦の始皇帝より100年前に、大帝国を作り上げた大王でございます」
「つまり、オレたち後漢人がアレクサンドロスを知っていても、年代的には問題がないということか」
「いかにも。曹操様ほどの読書家が、、残念でした」
「黙れ。オレは漢字しか読まないと決めている」
「さて君主の統治方法には、2つのタイプがあります。まず君主の下で大臣が、君主の恩恵と同意により統治するもの。次に、君主の下で諸侯が、君主の恩恵によってではなく、血統に基づき地位を保つもの」
「郭嘉の話は分かりにくい」
「講談社学術文庫を、ほぼ引用したのに、お気に召しませんか」
「もっと端的に言え」
「前者は秦の郡県制、後者は漢の郡国制です」
「それでいい。よく分かった」
郡県制と郡国制に、ほぼそのままスライドして論じられる支配方法の対立が、欧州でもあったなんて驚きました。
◆郡県制
「マキャベリ曰く、郡県制の国は強いので、負かすことは難しい。しかし一度征服してしまえば、維持はカンタンです」
「秦王の下、秦は戦国六雄でいちばん強かった。秦に勝てる国などなかった。だが、一度秦が滅びてしまえば、次の王朝は、秦が作った支配のインフラを流用できる。命令者が秦王の嬴氏であろうがなかろうが、命令系統は働いた」
「ご明察でございます」
「からかうな。郭嘉の言いたいことを代弁してやっているだけだ」
「さて、郡県制の攻略方法について述べましょう。郡県制は一枚岩ですから、敵を国内に招き入れる者はおりません。また側近の叛乱は期待できません。腐敗させるのも難しい」
「マキャベリはそう言っているか」
「ええ」
「おかしいな。秦が滅びたのは、宦官・趙高が始皇帝に背き、国を腐敗させたからだ。マキャベリは間違ったか」
「いえ。マキャベリは、こうも言っています。郡県制の弱点は、君主の血統である。君主の血統さえ絶やしてしまえば、すぐに勝利することが出来る、と」
「なるほど趙高が牛耳ったのは、始皇帝の死後だったな」
「そのようにご理解を頂けると、救われます。君主が健在のときは強いが、君主がいなくなると脆い」
「目新しい話ではない。ワンマンな組織の典型だ」
「ええ。マキャベリは、アレクサンドロス大王に着目しました。大王の死後、大帝国は保たれました」
「秦の始皇帝とは反対の結果だったんだな」
「そうです。アレクサンドロスの大帝国が保たれたのは、後継者が団結したからだと、マキャベリは言いました」
◆郡国制
「次は郡国制の攻略についてです。郡国制は一枚岩ではありませんから、容易に侵入することができます。しかし勝利しても、維持するのが難しい。君主を倒しても、自律した諸侯がウヨウヨいます。彼らを満足させられないと、統治は失敗します」
「どうすれば治まるか」
「長く統治をして、かつて諸侯に分裂していた記憶を消し去ることです。ローマがとった手法です」
「ローマ?」
「失礼。例えば漢帝国です。春秋戦国は諸侯が並び立ち、項羽も王侯を封じました。最初の漢は妥協して、郡と国を並存させました。しかし時代を経るに従い、郡と国の区別がなくなりました。郡の太守の仕事と、国の相との間に、どんな違いがありましょうか」
「違わん。国というが、実態は、中央直轄の郡と同じだ」
「然り。ローマも、漢帝国と同じ成功を収めました」
「マキャベリは、統治の成否の原因を、勝利者の力量に求めません。占領された国の元の支配スタイルに原因を求めました。もともと郡県制っぽかったか、郡国制っぽかったか」
「なるほど。それらは分かったが、オレはどんな国を目指すべきか」
「そんなツマラナイ話は、荀彧とでもして下さい」
「そうだった。郭嘉に聞いたオレが悪かった」
5章、征服前の統治方法を継承すべきか
「新しい領地を獲得したら、3つの支配方法があります。1つ、既存の体制を破壊します。2つ、支配者がその地に居住します。3つ、旧主と協調して、体制を引き継ぎます」
「どうやって方法を選ぶのか」
「マキャベリは3つに場合分けして、支配方法の選び方を述べました。
①自由な体制の国と、②誰かに支配されることが慣れている国と、③共和制の国について」
「いかに?」
「①自由でゆるい国を治めるには、現地の人を用いるか、完全に破壊するかの2択です。元の自由な風土を積極的に残すつもりもないのに、完全に破壊せずにおくと、あとで禍根となります」
「オレは青州黄巾党の風土を、積極的に残した」
「はい。マキャベリに適っています」
「次に②支配に慣れてている国は、反発する気力すらありませんから、カンタンに治められるでしょう」
「当たり前だ」
「最後に③共和国について」
「共和国とは何か。さっき郭嘉が説明を省略しただろう」
「定義を語っても無意味ですから、性質を説明します。国民は自主性があって生命力にあふれます。新しい支配者を憎み、復讐欲もたっぷり。往時の記憶を思い起こしては、やたら懐かしみます」
「オレの知っている中に、そんな性質の国があるか」
「強いて言うなら、袁紹の冀州でしょう。
郭嘉が曹操にマキャベリを説明するため、ムリに敢えて例えるならば袁紹かな、とぼくが想定しただけです。
袁紹の下で、名士たちは自己主張が強かった。名士は、好き放題をさせてくれた袁紹を、官渡の戦いの後も捨てませんでした。
冀州の名士は昔を懐かしみ、曹操様の新しい支配を邪魔に思っているかも知れません」
「かつて袁紹の下にいた郭嘉がそう言うなら、そうだろうよ。で、マキャベリは、旧袁紹領をどのように治めろと言うか」
「冀州を治めるには、名士を全滅させるか、新しい支配者である曹操様がそこに移住するかの2択です」
「オレは冀州の鄴に本拠を移した」
「そうです。鄴への移動は、マキャベリから見ても正解でした。もう1つの選択肢である、名士という社会階層を根絶させることは、残りの天下平定のために、絶対に避けるべきでした」
「当然だ。オレは人材を重んじる。郭嘉よ。マキャベリは、賢いな。オレの判断に賛同するのだから」
「そうでなければ、私が曹操様に、このようにマキャベリを講義することはありませんでしたがね」
「しかし人類の歩みは遅い。1200年経ってもこの程度を記し、1800年経っても、この程度をありがたがって読むのか」