表紙 > 読書録 > 郭嘉が曹操にマキャベリ『君主論』を講義したら

02) 呂布を殺した理由、胡族統治法

「時代考証って何だっけ?」
というトボけ方で、郭嘉がマキャベリを講義しています。

3章、伝統を取り込んだ、新しい君主権について

「曹操様は、なぜ漢皇帝を推戴しましたか」
「一途な忠節心」
「まあいいでしょう。怖い顔でニヤケた曹操様を、これ以上は追及できません。マキャベリが言うには、賢い新興勢力は、ゼロから支配権を確立するコストを避けるために、漢皇帝のような伝統を祭り上げます」
「コストとは」
「征服戦争を仕掛けると、加害した相手が仇敵になります。また味方してくれた人を、満足させ続けねばなりません。敵も味方も厄介。征服戦争は、割りに合わないものです」
「『孫子』は、百戦百勝がベストではないと言った」
「はい。マキャベリと孫子は共通しますね。権力は、いつも被支配者からの好意を必要とします。ローコストで好意を得るには、伝統のある権力と一体化してしまうのが早い
「好意か。オレは嫌われ者だからな」
「そうです」
「否定しろよ」
「いいえ。だから曹操様は、漢皇帝を推戴しておるのでしょう。徐州で大虐殺をなさった翌年に、漢皇帝を拾われた。このタイミングは、露骨です。低下した名声の回復を狙ったものでした」
「ははは。郭嘉は、オレの忠節心を穢すつもりかな」

「いちど叛乱を起こした地域を、ふたたび平定したとき、新興勢力は支配がカンタンになります」
「なぜか。叛乱が起きやすい地域なんだろ」
「私を試しますか」
「違う。お前の話を聞いてやろうというのだ」
「マキャベリ曰く、叛乱が起きた土地ならば、気兼ねなく粛清ができます。叛乱の芽を根絶できる。曹操様が、もっとも得意とするやり方です」
「言いがかりだ」
「いいえ。虐殺を受けた徐州は曹操様を避けて、呂布に従いました。逆説的ですが、もし徐州が呂布を頂いて叛いてくれなければ、曹操様は永遠に徐州に手出しが出来なかったかも知れません。虐殺は、曹操様にとって徐州への借り=負い目になりましたから」
「徐州の問題は、デリケートなんだ。遠慮しろよ」
「遠慮しないから、私は曹操様に可愛がって頂いています。そう認識しておりますが」
「勝手にしろ。で、郭嘉は何を言いたい?」
「曹操様が、ギリギリの兵糧で呂布を徹底的に叩いたのは、なぜか。呂布が虎牢関で発揮した武勇を、懼れたからではありません。そんな要素は1%です。呂布を憎むふりをして、徐州の人民と貸し借りを清算したのです。曹操様は虐殺し、徐州は曹操様に歯向かった。これでチャラです」
「郭嘉。お前も呂布の脅威を唱えて、作戦に参加したじゃないか」
「曹操様は、それをお望みだったのでしょう?」

3章つづき、征服した土地の支配方法

「新しく征服した土地は、2つに分けることができます。文化が共通する土地と、そうでない土地です」

マキャベリは、言語の異同と言っている。しかし後漢の曹操は、言語について指摘されても、ピンと来ないだろう。

「文化が同じなら、太守を追放するだけで、支配に成功します」
「中夏を統一するのは、このやり方でいいな」
「はい。マキャベリは、法や税制を変えなければ、極めて短時間で支配が完成すると言いました」
「袁紹の緩んだ行政を、そのまま引き継げと?」
マキャベリの説は、袁紹を引き継げと言います。しかし、私(郭嘉)は改革を好みます」
「それでいい」

「では、文化が共通しない土地はどう支配すべきでしょうか」
「例えば、お前に従軍してもらって平定した烏桓の話だな」

烏桓に限らず、のちに「五胡」と言われる人を想定しています。

「はい。ベストな方法は、征服者が自ら赴き、そこで政治を執ること。混乱が起きても、直ちに対処ができます。胡族たちが曹操様を慕うのは、時間の問題です」
「オレは数年を費やして北伐した。わざわざ危険を冒してオレ自ら行ったのは、異文化の征服には、大将の親征が必要だと思ったからだ。マキャベリを俟たない」
「卓見でございます」
「だがオレは、北方に留まる時間はなかった。荊州、揚州、益州を統一する仕事が、まだ残っている」
「承知しています。そこでマキャベリが教える次善は、要衝だけを点で抑えること。大々的に漢族が侵入するのではありませんから、胡族は受け入れやすい。漢族も、僅かな人員を割けば充分です」
「後漢が設置した、使匈奴中郎将みたいなものだな」
「違います」
「郭嘉は、オレに逆らうのだな」
「まあお聞き下さい。マキャベリは、胡族の土地に行政や経済活動の機能を置くことを勧めていますが、軍隊の駐留には反対です。軍隊を置いては、維持費用が高くつきます。胡族は、駐留した軍隊の潜在的な敵です。攻撃を受ける可能性があります」

マキャベリが勧めているのは、「植民」です。gooの辞書によれば、
「主として国外の領土や未開地に自国民の移住・定住を促し、開発や支配を進めること」
だそうです。後漢の曹操には理解できまい。

「郭嘉よ。後漢の胡族統治は、軍隊を用いて失敗した。これは事実だから、否定しない。だがオレは、聖徳による軍事を伴わない支配など、さらに非現実的だと思っている」
「私も同意見です。それにマキャベリは、聖徳による感化を説いているのでもありませんし」
「オレは胡族を治めるには、徙民がいいと思っているんだが」
「徙民ですか。今回の主題であるマキャベリから逸れるので、私が死んだ後にでも政策検討して下さい」
「郭嘉は、戦場だけの軍師だからな。では先へ進め」

異民族を占領した政策の成功例として、諸葛亮が有名です。孟獲を7回捕えて7回放し、心を捕えた。1人の漢人も現地に残さず統治した。諸葛亮の存命中は、1度も叛乱がなかった、とされる。
まあ実は叛乱はあったわけですが、伝説は伝説のままで。諸葛亮がやったのが、マキャベリの説く植民に近かったと仮定したら、何が見えてくるだろう?


「マキャベリは、弱小の被支配国たちが、他の強国にそそのかされて、歯向かってくることに警戒せよと言いました」
「例えば?」
「例えばでございますが、もし劉備が益州に割拠したとしましょう。劉備が、西北の胡族たちを味方に取り込み、関中を脅かす。マキャベリが警戒を促すのは、これでございます」
「はっはっは。劉備が?益州に?あいつは荊州で飼われているぞ」
「だから、例えばでございます」
「郭嘉は、例え話が下手だな。さては病の毒が、頭に回ったな」

いい例えが思い浮かばなかったので、郭嘉が未来を先取りしてます。蜀漢が、羌族を味方にして、魏領を脅かしすのは史実です。

「マキャベリは、僅かな叛乱の芽でも、早期発見&撃退せよと言っています。この手の戦争は避けられませんから、少しでも早いほうがこちらに有利です。時勢を待つ者は滅び、自ら切り拓く者は残ります」
「それはそうとして、劉備が益州とは、珍妙な比喩だ」