表紙 > 読書録 > 別冊宝島『三国志"散り様"列伝』を楽しむ

08) 楊儀、費禕

諏訪原寛幸が描く、英雄・豪傑の最期の瞬間」
蜀の14人のうち、後半7人です。

グチる相手を間違えて致命的、楊儀

荊州にいた楊儀は、主簿の官位を捨てて関羽を頼った。楊儀は蜀に入って、劉備に気に入られた。諸葛亮が軍を起こすたびに、食料調達、部隊編成などを立案した。

すごいじゃん。劉備に仕えた経緯なんか、まるで義理深い人というエピソードです。仕事内容は有能な補佐官です。

だが楊儀は、執着心と狭量さが問題視された。諸葛亮は、
「楊儀は厄介な性格の持ち主」
だと思って、後継候補から外していた。

諸葛亮が死に、蒋琬が尚書令になった。楊儀は、蒋琬よりも自分の方が仕官歴が長く、実績があるから不満だった。楊儀は費禕に、
「諸葛亮が死んだとき、魏に降っていれば良かった」
と漏らした。費禕は劉禅に、楊儀の失言を報告した。楊儀は解任されて、漢嘉郡に流された。

楊儀もバカだなあ。費禕は、蒋琬の輔佐なのだよ。のちのことを言えば、蒋琬の死後に執政するんだよ。現体制で勝ち組に回っている人に、体制批判のグチを聞かせるなよ。
楊儀が失敗したのは、別冊宝島が言うように狭量だったからではない。グチる相手を正しく見定められなかったからだ。
出世したい気持ち、目下が栄達して妬む気持ち、意見の合わない人がのさばる不満、などなどは誰にでもあるでしょう。楊儀を狭量と批判するなら、人間は全員が狭量ということになってしまうと思うなあ。

楊儀が要職に就けなかったのは、諸葛亮が生前にそうせよと上奏していたからだとも言う。

この遺言を実現するには、劉禅に主体的な意志がなければならない。そんななもの、存在したのか (笑)
だって蒋琬が諸葛亮の遺言を聞いていたとしても、王朝の中で蒋琬は楊儀の後輩であり、押し通すことができない。蒋琬が、自分が出世したいがために、諸葛亮の遺言を捏造したと言われてもおかしくない。
やはり劉禅が自ら人事に口を出したのだね。すごいなあ。

魏に転職したかったかも知れない、費禕

蜀に遊学中に、劉備が蜀を平定したので、そのまま劉備に仕えた。諸葛亮がなぜ費禕を重んじたか定かではないが、南征の後に諸葛亮が費禕を指名して車に同乗させたから、費禕の名声が確定した。

費禕が頭角を現した経緯は、定かではない、のか。本当ですか。。

費禕は頭の回転が非常に速い。執務の合間に、飲食、娯楽、賭博をやった。後任の尚書令である董允が、費禕のマネをしたら、たちどころに仕事が滞った。

蜀の四相(四英)とは、諸葛亮、蒋琬、費禕、董允を指すらしい。その割には、董允は能力が落ちるなあ。
費禕にとって、蜀漢の仕事量は足りなかった。きっと魏に行ったら、充実した毎日が送れただろう。能力未満の仕事量しか与えられないのって、本当に拷問だから!
「魏に降っていれば良かった」
は、費禕の政敵である楊儀の言葉です。上で見たばかりですね。費禕が楊儀の失言をバラしたのは、費禕自身の感想を代弁し、空気を読まず公言している楊儀が羨ましかった&憎たらしかったからかも。
「遊学のついでに、何となく人柄に共感した劉備に仕えたけれど、魏に就職活動すれば良かったなあ
と費禕は思っていた。
蜀漢では、能力に対して仕事量が全然足りない。これをアピールしたくて費禕は、執務しつつ賭博をやったとか。まだまだ余裕がありますよって、内外に示さずにはおれなかった。アピールしないと、費禕はせいぜい蜀漢の政務でイッパイイッパイになる小物だと思われてしまう。それはプライドが許さない。ちょっと勘ぐりすぎか。
董允はせいぜい蜀漢レベル、というか1州レベルの能力だった。費禕はもうちょっと大国でも務まった。それだけです。魏の高官は、費禕よりも頭の回転が速かったかもしれないが、当たり前すぎて史料に残らない。

脱線ついでに、もう1つ。
諸葛亮が執拗に北伐をくり返した理由は、退屈を紛らわすため、自らに高いハードルを課したゆえかも。益州のみを保つだけなら、諸葛亮にはラクラク過ぎた。だからわざと困難な仕事を捻り出して、自らの限界に挑んだんだ。馬謖に台無しにされる1回目は別として、以後の北伐は敢えて困難を選んでいるように見える。
「漢室復興」
という大義名分は担保しつつも、個人的な根っこの部分で諸葛亮は、
「自分の有能さを誇示したい欲求」
を満たすために、わざわざ北伐したんじゃないか。司馬懿に挑発を黙殺されて、自らの限界を見て、諸葛亮は幸せに死んだんだと思う。結果は挫折に違いないが、能力を試し切ったんだから幸せだ。

費禕は、魏から投降した郭循に殺された。堅実なエリート執政官の、意外な結末である。

三国時代に、暗殺は意外と少ない。費禕ほどの人が油断してやられたのは、頭脳の使い道の焦点がズレたからじゃないかなあ。
仕事に2割、仕事に頭脳を使えない憂さ晴らしに8割、という毎日では、いくら明晰な頭脳でも鈍るのだ。


注釈を書きすぎたので、続きは次回に回します。