表紙 > 漢文和訳 > 江戸時代の『通俗続三国志』口語訳-巻01

07) 劉備の曾孫、匈奴になる

劉備の子孫が、生き延びるお話が始まります。

蜀漢に殉じた、劉諶の子

かつて蜀漢は、劉禅が譙周にだまされて、滅びた。
蜀漢が滅びようとするとき、劉禅の三男・北地王の劉諶は、劉禅の腰抜けぶりに怒った。劉諶は、幼子を劉璩に預けて、妻や他の子供たちとともに自刃した。

ここから『通俗続三国志』オリジナルが始まる!
劉備の血統を継がせるキーマンには、劉諶が選ばれた。死に様が、蜀ファンに人気のある人です。いい演出です。

劉諶の子を預かった劉璩というのは、劉禅の三男である。

劉諶が劉禅の三男で、劉璩も三男なの? 原典のミスか?それとも明治の出版社の誤植か?
いま登場した劉璩は、重要人物なので、しっかり追いかけて下さい。

劉璩は、劉備の子孫の中では、智嚢と持てはやされた人だ。劉璩は、劉諶の最期を看取った。劉璩は、父・劉禅を説得しても、もう手遅れだと悟った。劉璩は泣いた。

劉璩の前に、劉封の次子・劉霊が現れた。

またオリジナルキャラ!
劉封は、劉備の養子だった。劉禅と帝位を競うことを防ぐため、諸葛亮に殺された人だ。その劉封の子まで、登場させますか。

劉霊は、劉璩に言った。
「蜀漢は、もうダメです。劉璩さまは、まずは逃げて、身を全うすべきだと思います」

諸葛亮の遺言どおり

楊儀の子・楊龍が、劉璩に会いにきた。

楊龍は、またもやオリジナル・キャラである。

劉璩は思った。
「楊龍は、時務を分かっていない。あまり有益な発言はできないだろう。だが楊龍は、諸葛丞相の臨終に立ち会った。丞相から、何かを聞いているかも知れない」

楊龍は、初めから評価が低い。きっと父の楊儀が、魏延と争って、つまらん終わり方をしたからでしょう。

楊龍が言う。
「諸葛丞相の言葉をお伝えします。曰く、丞相たる私(諸葛亮)が死ねば、劉氏は衰えるだろう。しかし30年以上経ってから、ふたたび英主が登場する。英主は漢室を復興して、中原を定めて下さる、と」
楊龍は、続けた。
「私が劉璩さまの容貌を拝見すると、このお方こそ、諸葛丞相の仰った英主ではないかと確信しました」
楊龍は、さらに言う。
「春秋時代に晋で、申生は国内に残って、死にました。重耳は国外に出て、文公となりました。劉璩さまは、お逃げになるべきです」

申生と重耳の故事は、諸葛亮が劉表の長男・劉琦に説いたことだ。
国内に粘るより、いちど亡命した方が有利なことがある。

斉万年が、魏軍を突破する

「何をモタモタ喋っているのです。早く逃げなさい!」
そう怒鳴り込んだのは、秦州は狄道の人、斉万年だ。斉万年は、蜀漢で、梁府の護衛親兵を総領している。

架空の設定だ。のちに西晋に叛く異民族の大将が、この斉万年です。彼のルーツを、蜀臣だと改変した。ぼくには思いつかないことです。

斉万年は、劉璩の手を引っ張った。
劉璩は思った。
「斉万年に救出してもらわねば、私は生き延びることが出来なかった。北地王・劉諶さまは、自刃してしまったが、私にお子を託された。このお子、劉曜さまを、私は必ずお助けせねばならん」

びっくりです。今まで名前を隠されていた自刃した劉諶の子は、なんと劉曜でした。
劉曜についての、正史の翻訳と考察は、
『晋書』載記の劉曜伝から、匈奴の儒教皇帝の限界を見る
でやりましたが、この小説はフィクションなので、上記のページは、小説を理解するために直接は役立ちません・・・

劉璩は悲壮な覚悟をして、涙を流した。
斉万年は、劉璩の涙を見て、忠誠を誓った。

蜀漢の智嚢・劉璩の長子は、劉聡である。

史実と物語の、接着作業です。違和感がありますが、お付き合い下さい。いちばん戸惑っているのは、これを書いているぼくなのかも。
正史の劉聡についても、以前に書きました。
『晋書』載記の劉聡伝を訳し、胡漢融合の可能性を探る

劉聡は、かつて姜維に従軍した経験を持つ。姜維は、劉聡を重く用いた。劉聡は、生来の弓馬の天才なのだ。

劉備―劉禅―劉諶―劉曜
     ―劉璩―劉聡
  =劉封―劉霊   ・・・つまらん系図を書いてしまった。

斉万年は言った。
「オレは劉曜さまを守り、北地王・劉諶さまの血統を絶やしません。私には無二の親友がいます。廖化の子・廖全です。廖全と協力して、私は劉氏のために戦います」
廖全は背中に、劉璩の子・劉曜を結びつけ、突破した。劉封の子・劉霊、楊儀の子・楊龍も、斉万年に血路を開いてもらった。

蜀臣の子孫たちも、生き残る

張飛の子は、張苞だ。張苞は諸葛亮に従軍したが、崖に落ちて再起不能になった。張苞は、妾の李氏と子をなした。
張賓、あざなは孟孫である。

張飛の初めの孫だから、孟孫。正室の子ではないから、名は賓。つまり外からきた客の意味。安易だなあ。

張賓はとくに優れ、『孫子』『呉子』をマスターしていた。姜維は張賓を可愛がり、諸葛亮から教わった兵法を、張賓に伝授した。

姜維はすでにステージから引退だから、次の役者が必要なのです。

姜維は、張賓に戒めた。
「お前の才能は、私に10倍する。しかし張賓は大器晩成タイプだから、焦ってはいけない」
張賓は、この言いつけを守った。蜀漢が滅びたとき、張賓はまだ蜀漢の命運が尽きていないと信じ、家に閉じこもった。

師匠の姜維は、いちか罰かの賭けで、成都でクーデターを起こして果てる。張賓は、姜維に殉じなかったという設定。
張賓が、ただ素で姜維を無視してたのでは感じが悪いから、大器晩成という姜維からのアドバイスを挿入したんだろう。手の込んだことだ。


張賓は、趙雲の孫(趙統の子)や、黄忠の孫と親交があった。

黄忠の場合は「曾孫」が良かったんじゃないの?

諸葛亮の孫(諸葛瞻の子)は、諸葛宣于という。諸葛亮の秘伝を受け継いだ人物だ。諸葛瞻が、蜀漢で最期の戦いに出るとき、諸葛宣于は、
「父上よ、利がないから、出陣を辞めて下さい」
と諌めた。果たして諸葛瞻は、諸葛宣于の言うとおりに死んだ。人々は、諸葛宣于の智謀を知った。
魏延の子、馬謖の子、姜維の子も張賓と親しい。

趙府の牧場師である汲桑は、軍務を諳んじている天才である。汲桑は、姜維の子を戦火から救い出した。

汲桑は、のちに西晋に叛乱する人。斉万年と同じで、のちに西晋と敵対する人は、蜀漢ゆかりの人物にアレンジされる。

張賓をはじめとする蜀臣の子孫や、汲桑たちは、魏軍の包囲を突破して、西北の張掖郡へと逃亡した。