表紙 > 三国前史 > 田横を知り、諸葛亮を知る。

2)宮城谷昌光『香乱記』(一)より

田横が割拠政権の代名詞だと、前回確認しました。
じゃあ田横は、どんな人だったのか。『史記』を読むのが正解だとは、充分に承知していますが、宮城谷昌光氏の小説から入ります。管仲・楽毅・晏嬰のときにやったのと同じ方法です。
小説のあらすじを、勝手に強弱をつけて要約します。思いのままに解説や感想を入れて、宮城谷氏の本を台無しにするので、興味を持たれた方は、もとの小説をご覧下さい。

予言の七星

主人公は田横(でんおう)を含めた、3人の田氏だ。田横と、従兄の田儋(でんたん)と、実兄の田栄(でんえい)だ。覚えにくいから、以後このサイトでは、「従兄、実兄、田横」という呼び方をする。
田横の従兄弟たちは、父の仲が良かったので、セットで育てられたから、
「田氏の三兄弟」
と呼ばれた。
彼らは、斉の湣王(びんおう)の孫である。

湣王のとき、強国だった斉は、首都の臨淄を占領された。敵軍は、楽毅がプロデュースした5カ国の連合軍。楽毅は、諸葛亮が理想とした軍師だ。湣王は、楽毅を有名にするための「やられ役」を務めさせられた。田横には、脇役の血が流れている(笑)
さっき『三国志』で諸葛亮が、
「田横は、一壮士のくせに」
と言ったが、あれは語弊がある。田横は、れっきとした斉王の孫だ。劉備より、よほどしっかりした血統があるから、人々の支持を集めた。そうではなくて、斉「王」よりも、漢「帝」が上だというニュアンスを、諸葛亮が込めたのかも知れないが。

『香乱記』は、田横たちが予言を確認していく物語だ。
「従兄は、王になる。実兄も、王になる。田横も王になる」
という予言を受けた。始皇帝が統一した秦は、
「組織が個人の欲望を徹底的に抑圧している。始皇帝の子さえ王になるのが難しい」
という時代だ。だから、三兄弟が王になるという予言を、田横たちは信じない。だが、予言は次々と本当になる。いつしか予言は、田横たちが諦めずに不屈であり続ける、拠りどころになる。

二重の罠

ふたたび田横の血筋の話がある。
湣王が敗れた後、別系統の田氏が斉王になった。だが、始皇帝とろくに戦わずに斉を滅亡させた。始皇帝の天下統一が完成した。
「湣王のほうが勇気があり、正しかった。斉という国が消えたあと、東方の民はそうおもうようになった」
と。これが、田横たち兄弟に仕える人の意見。
そんな血脈を持つ田横たちを、田氏の別派や「悪人」の県令が、ワナに嵌めて、亡き者にしようとしてくる。田横は、機略で切り抜ける。『史記』にはない話で、田横のキャラ付けをするために、宮城谷氏が創作したエピソードだろう。

田横に予言を与えた人は、このころ始皇帝の皇太子・扶蘇にも会った。
「愕然とした。この人は皇帝になれない。時代が変わるのだ」
と予言者は気づいてしまい、コメントを求められても、
「皇帝と皇太子は至尊であり、いわゆる人相をもたぬかたです。その運命は国の運命とひとしく、わたしは国の運命を占う者ではありません」
と言い逃れようとしたが、皇太子は納得しない。ついに預言者は、秦が滅ぶことを言ってしまった。

いのちの谷

田横たちは、秦の都・咸陽の労役に駈りだされた。これも『史記』には書いていないことだが、いかにも「ありそうな」話だ。
労役に向う一行には、県の役人が忍び込ませた殺し屋が混ざっていた。田横たちは途中で襲われた。田横はつり橋から飛び降りた。
一行からはぐれた田横が偶然に出会ったのが、始皇帝の孫。
えええ!
ここがいかにも小説なのだが・・・始皇帝が死に、有徳な皇太子・扶蘇が殺されて、秦が滅亡へと傾く過程を、主人公である田横を絡めて語るための設定である。
主人公・田横と無関係の出来事を、作者がしゃしゃり出て語っても、読み手が飽きる。だから、田横を皇室の中枢に飛び込ませたようだ。

沙丘の風

東南から天子の気が昇り、始皇帝は不気味がった。
乱心した始皇帝を導き、皇太子・扶蘇を確実に次の皇帝にすべきだ。そう考えた田横は、大木に天からのお告げを刻んだ。だが、たまたま落雷した。大木は燃えて、始皇帝の目に留まらなかった。
田横は歴史を変えていないが、何もしていないのではダサい。そう思った宮城谷氏が、この徒労劇を創作したのだろう。

始皇帝が死んだ。宦官の趙高は、遺勅を枉げて、二世皇帝を選んだ。扶蘇を皇太子から外そうとした。
北方を守護する武将・蒙恬は、
黙っている臣は、ほんとうの社稷の臣にはなりえない」
と作中でコメントされたように、戦争は強いが、始皇帝に逆らえない人。趙高の悪事を防げず、言われるがままに捕まった。

丞相の李斯は、趙高の悪事を却下しようとした。だが、議論の途中で、
「ついに李斯は天を仰いで嘆きの声を発した。涙をながして、大息した。敗者の姿であるといってよいであろう」
なんてことになった。口喧嘩に負けて泣き出すなんて、ガキだ。というか、ガキとして描かれた。李斯は、扶蘇を裏で援助していた。だが扶蘇を守れなかったから、宮城谷氏の弾劾は厳しい。