表紙 > 三国前史 > 田横を知り、諸葛亮を知る。

3)宮城谷昌光『香乱記』(二)より

文庫本1冊を1ページのペースで要約してます。始皇帝が死にまして、二世皇帝の胡亥が立ちました。

二世皇帝

皇太子・扶蘇は、死を賜り、剣を渡された。
「この剣は、皇帝そのものだ。皇帝を守りつづけた剣がわたしのところにきたということは、皇帝の身がわりになって死ねということだ。わたしは生まれたときから秦王の子で、父に孝行をしたことがなく、ここまで存分な生きかたをさせてもらった。死が孝行になるのであれば、喜んで死のう
宮城谷氏なりの、秦への葬送ゼリフだ。

田横は自嘲して、
「わたしは扶蘇さまも蒙将軍も助けられなかった。知恵の涸れはてた男よ」
と言ったが、
「知恵のない者は、知恵が涸れはてたとはいわぬ」
と言い返されて、老子の教義に触れた。のちに田横は老子な政治をやるが、その伏線として、皇太子の自殺という挫折が使われている。

二世皇帝は、あらぬ謀反を兄に着せた。兄は、
天よ、天よ、天よ。これは天命なのですか、わたしには罪がないのに」
と叫んで斬られた。要するに二世皇帝の治世は、ダメである。

小鳥と大鳥

章のタイトルは、あの有名な、
「燕雀、安んぞ鴻鵠の志を知らんや」
を踏まえています。二世皇帝になってから、労役の遅刻が許されなくなったので、陳勝と呉広が挙兵した。国号を「張楚」とした。

陳勝のところに、張耳と陳余がきた。この2人は「刎頚の交わり」を結んだ親友だ。彼らは田横に深く絡んでくるので、覚えておきたい名前だ。
2人は陳勝に、
「(秦に滅ぼされた戦国の)六国の王の子孫をお立てになってください」
と説いたが、却下された。陳勝は自ら王になった。 張耳と陳余は、陳勝から離れて、趙に行った。

三兄弟起つ

陳勝の将軍は、函谷関に向ったが、二世皇帝は報告を信じない。
「秦には、叛乱を起こした者の父兄と妻子、それに親戚や友人、知人を罰する厳然たる法がある」
これが、二世皇帝が叛乱を否定する理由。叛乱を報告した人を、獄に下した。死に体の法家皇帝の姿だ。
秦側は無名の章邯が迎え撃つことになった。
「皇帝のために戦うのではない。(中略)いちどでよいから万を越える兵を指揮してみたい」
という動機だ。戯水の戦いで、秦の章邯は、陳勝の将軍に勝った。

張耳と陳余は、趙王を立てた。
「趙は独自で富強をおこない、いつかくるかもしれない陳勝との決戦にそなえるべきだ」
と2人は考えた。2人は、陳勝が秦に敗れて弱っているのをチャンスと見て、趙王を陳勝の下から離脱させた。
ところが趙王は、うっかり燕の兵に捕獲されてしまった。趙の賢人は、王を取り返しに行った。
「張耳と陳余のふたりはそろそろ趙を分割して王になってもよいとおもっているが、時宜を得ないだけである。(中略)本心は、燕のほうで趙王を殺してくれないかと願っている。趙王が死ねば、ふたりは趙を二分して自立する。(中略)ふたりの賢い王が手に手をとって、趙王を殺した燕の罪を責めて、攻撃をおこなえば、燕を滅亡させることはたやすいであろう」
とよどみなく言ったから、燕は懼れて、趙王を解放した。

陳勝の将軍は、東に転じた。魏や斉を攻めた。田横は、
「わたしは故郷に帰り、兄とともに起つつもりだ。望みは、斉国の復興であり、陳勝の軍にも、秦にも与しない。ふたたび七雄の世になるにちがいないので、三兄弟で斉を治めてみたい」
と決心した。陳勝の将軍を負かし、自立を宣言した。
「このときから、県廷が小さな王朝になったといってよい」
「斉王万歳」
最初の目標は、戦国の斉の首都であった、臨淄に王朝を移すことだ。

千里烈風

陳勝のところに、
「ともに傭耕していた者」
が押しかけて、方言交じりで昔のまま、陳勝に呼びかけた。威厳を損なうと思った陳勝は、旧友を殺した。陳勝は、人望を失った。
「賢臣と良将がそろっていたときに、わきめもふらずに咸陽を攻めるべきであった。それがほんとうの鴻鵠の志というものではなかったか」
と宮城谷氏は言い、途中で立ち止まって王の贅沢を始めてしまったことが、陳勝の敗因だと分析した。
「楚人は飾りが好きだから天下を取れないのだ」

地上の星

田横は、情報網を充実させた。祖父の湣王が敗れた理由は、情報不足だったから、反面教師にした。
「会稽から発して北上してきた軍があるのです」
と田横は聞いた。
項梁のことで、項羽の季父だ。
項梁は、楚の将軍の子だ。陳勝の残党を「にせものの楚軍め」と憎んで、撃破した。楚ノ懐王の孫を、楚王に立てた。
項氏の動きを「他人事」にしないため、宮城谷氏は、項梁は田横の剣術の師匠であるという設定にして、再会させた。田横が、始皇帝の孫と偶然に知り合ったと同じく、小説のための演出だ。

斉の地元の邪悪な役人は、田横の恋人をさらった。恋人は、秦の章邯の攻城を受けている、魏の城に運び込まれたらしい。田横は恋人を取り戻すため、魏の城に忍び込んだ。
何だかよく分からないエピソードだが、田氏の斉が、魏に救援の兵を出したことの理由づけだろう。もしくは、守城戦をやる田横の活劇を、ここで挟みたかったか。
田横は城内で、魏王の人柄に触れた。籠城して、魏に食料は少ない。魏王ですら1日1膳しか食べていないのに、田横には朝夕に充分な食事を出してくれた。・・・斉からの援軍到着には、まだ日がある。