表紙 > 漢文和訳 > 『晋書』載記の劉聡伝を訳し、胡漢融合の可能性を探る

5)晋を吸収するときの矛盾

司馬熾の権威を、残らず吸い取った劉聡です。
いよいよ、西晋の愍帝の息の根を止めに行かねば。

部下は軍令違反ばかり

遣其鎮北靳沖寇太原,平北蔔珝率眾繼之。沖攻太原不克,而歸罪於珝,輒斬之。聰聞之,大怒曰:「此人朕所不得加刑,沖何人哉!」遣其禦史中丞浩衍持節斬沖。

劉聡は、鎮北将軍の靳沖に、太原郡を寇させた。

漢を滅ぼす、外戚の靳準の一族かな?

平北将軍の蔔珝が、靳沖に後続した。靳沖は太原郡を攻めたが、勝てなかった。靳沖は、敗北の罪を蔔珝になすり付けて、蔔珝を斬った。劉聡はこれを聞き、大怒した。

劉聡は平陽にいて、遠征軍の行いに「大怒」ばかりしている。劉粲が司馬模を斬り、石勒が王弥を斬り、靳沖が蔔珝を斬った。いずれも「大怒」した。
王朝の目指すところが、明確になってないから、こんなことになるのだね。君主権力なんて、そう何種類もない。胡風も漢風も、関係ないはず。でも臣下たちは、いまいち動き方が分かっていない。
『演義』劉備は「泣く」人だが、『晋書』劉聡は、怒る人だ。不機嫌の理由は、国家像の未確立だ。早急に国家像を作り、共有しないと。

劉聡は言った。
「蔔珝は、私ですら刑を加えることができない人だった。それを殺してしまうとは、靳沖はナニサマか」

蔔珝は『晋書』の列伝65、芸術伝に載っている。匈奴後部の出身だ。大物の予言者者である郭璞に認められた人です。劉聡にも、予言でアドバイスしてる。
覚えてたら、そのうち列伝を訳します。

劉聡は、禦史中丞の浩衍に、節を持たせて(裁断権を与え)靳沖を斬った。

左都水使者襄陵王攄坐魚蟹不供,將作大匠望都公靳陵坐溫明、徽光二殿不成,皆斬於東市。

左都水使者で襄陵の王攄は、怠けて魚蟹を劉聡に提出しなかった。將作大匠で望都公の靳陵は、温明殿と徽光殿を、完成させられなかった。劉聡は、仕事を果たさなかった2人を、東市で斬った。

単なる職務怠慢なら、まだ良し。だが、国家の正統性への疑問から、仕事のパフォーマンスが落ちていたなら、劉聡にとっては最高に気に食わない。

王彰の諫言、波紋

聰游獵無度,常晨出暮歸,觀漁于汾水,以燭繼晝。 中軍王彰諫曰:「今大難未夷,余晉假息,陛下不懼白龍魚服之禍,而昏夜忘歸。陛下當思先帝創業之艱難,嗣承之不易,鴻業已爾,四海屬情,何可墜之于垂成,隳之於將就!比竊觀陛下所為,臣實痛心疾首有日矣。且愚人系漢之心未專,而思晉之懷猶盛,劉琨去此咫尺之間,狂狷刺客息頃而至。帝王輕出,一夫敵耳。願陛下改往修來,則憶兆幸甚。」聰大怒,命斬之。上夫人王氏叩頭乞哀,乃囚之詔獄。聰母以聰刑怒過差,三日不食,弟乂、子粲並與切諫。

劉聡の遊猟は、節度がなかった。早朝に出かけて、夕暮れに帰った。汾水で漁業を見物し、昼なのに蝋燭を継いでライトアップした。
中軍の王彰は、劉聡を諌めた。
「まだ天下には敵が残っており、西晋は生き延びております(関中の愍帝)。劉聡さまは、白龍魚服の禍いを懼れず、何もかも忘れて夜まで遊んでいます。劉聡さまは、先帝・劉淵さまの味わった艱難を思い出して、天下統一を果たして下さい。漢族たちは、この漢帝国に心を帰属させず、まだ西晋を懐かしんでおります。西晋の劉琨は、西晋の復活を願い、劉聡さまを暗殺するかも知れません。軽々しく外出されては、ただ1人の刺客にすら、殺されてしまいます。劉聡さまが心を入れ替えれば、億兆の人民の幸せです。

漢族が帰心してないことが、もっとも劉聡の痛いトコロだ。

劉聡は大いに怒り、王彰を斬れと命じた。

また怒った。劉聡は、漢族に自分の国が受け入れられないことに、かなり苛立っていたのでしょう。かと言って、好き放題にストレス解消すれば、より漢族の心は離れる。悪いスパイラル。ストレスの末期状態だ。

上夫人の王氏は、叩頭して王彰の命乞いをした。劉聡は殺すことは思いとどまり、王彰を牢獄に入れた。
劉聡の母は、劉聡が怒りに任せて刑罰を行ないすぎるので、3日のハンガーストライキをした。弟の劉乂と、子の劉粲も、切実に劉聡の王彰への罰し方を諌めた。

聰怒曰:「吾豈桀、紂、幽、厲乎,而汝等生來哭人!」其太宰劉延年及諸公卿列侯百有餘人,皆免冠涕泣固諫曰:「光文皇帝以聖武膺期,創建鴻祚,而六合未一,夙世升遐。陛下睿德自天,龍飛紹統,東平洛邑,南定長安,真可謂功高周成,德超夏啟。往也唐虞,今則陛下,曆觀書記,未有此比。而頃頻以小務不供而斬王公,直言忤旨,便囚大將,游獵無度,機管不修,臣等竊所未解,臣等所以破肝糜胃忘寢與食者也。」聰乃赦彰。

劉聡は、怒って言った。
「どうして私が、夏の桀王、殷の紂王、周の幽王や厲王のような、暴君であろうか。しかし、あなたたち(妻・母・弟・子)は、まるで暴君を諌めるように、涙を流すんだな」

劉聡はキレても、自分を胡族の悪王に例えない。あくまで漢族に君臨した人たちに、自分を比べる。
暴君の名前を出すにしても、劉聡ほど網羅的にリストアップする例は、漢族のときは、あまりない。完璧である。つまりそれだけ、強く意識していた。

太宰の劉延年および諸公卿列侯100余人は、みな冠を外して(官位を辞退する覚悟で)涙を流して、劉聡を強く諌めた。
光文皇帝(父の劉淵)は、聖武をもって時期に応じ、鴻祚を創建されました。しかし天下統一は成っていません。劉聡さまは、東に洛陽を、南に長安を平定しました。劉聡さまの功績は、周の成王のように高く、人德は夏の啓王を超えています。

周の成王は、はじめ周公旦に輔佐された幼主。周に天下を取らせた武王の子だから、劉淵の子・劉聡が例えられた。
夏の啓王は、マイナーだが、禹の子。例えに使われたのは、どちらも古代王朝の2代目の君主である。日本で言うなら、
「あなたは、源頼家、足利義詮、徳川秀忠より優れています」
となるのかな。こっちを言われたとき、嬉しいのか?

劉聡さまの行いは、唐虞(堯と舜)のようです。
いま歴史書を見てみるに、劉聡さまほど優れた君主には、前例がありません。しかし最近では、細かいミスで王公を斬り、直言して気に食わなければ、大将を囚えます。狩猟には節度がなく、政治をご覧になりません。私たちは、ひそかに劉聡さまのことを理解しかねます。私たちは辛い思いをして、胃が痛くて、寝食もままなりません」

肝臓が破れても、沈黙の臓器だから痛くないよな(笑)
「肝」は、今日でいう肝臓ではなく、「お腹の中」くらいの意味でしょう。

劉聡は、王彰を赦した。

晋臣を従えるときの矛盾

麹特等圍長安,劉曜連戰敗績,乃驅掠士女八萬餘口退還平陽,因攻司徒傅祗於三渚,使其右將軍劉參攻郭默於懷城。祗病卒,城陷,遷祗孫純、粹並二萬余戶於平陽縣。聰贈祗太保,純、粹皆給事中,謂祗子暢曰:「尊公雖不達天命,然各忠其主,吾亦有以亮之。但晉主已降,天命非人所支,而虔劉南鄙,沮亂邊萌,此其罪也。以元惡之種而贈同勳舊,逆臣之孫荷榮禁闥,卿知皇漢之德弘曠以不?」暢曰:「陛下每嘉先臣,不以小臣之故而虧其忠節,及是恩也,自是明主伐國吊人之義,臣輒同萬物,未敢謝生於自然。」

麹特らは、長安を包囲した。劉曜は連戦して、連敗した。劉曜は、士女8万余人を拉致して、平陽に撤退した。
晋の司徒である傅祗が、三渚を攻めた。右將軍の劉參が、郭默を懷城で攻めた。傅祗が病死して、晋の城が陥落した。
傅祗の孫である傅純と傅粋は、2万余戸を合わせて、平陽縣に移住させた。劉聡は、傅祗に太保を贈った。 孫の傅純と傅粋は、どちらも給事中となった。

劉聡は、晋から降伏した人を厚遇した。敵のまま死んだ人に、官位を送った。晋の司徒と、漢の太保は、いちおう官名は同格。
晋の「公」と漢の「公」が、同価値かは、、微妙。。

劉聡は、傅祗の子である傅暢に言った。
「尊公(傅祗)は天命に達さず、漢ではなく晋に仕えた。とは言え、晋の君主に対して忠であった。私はそれを顕彰する。晋主(懐帝・司馬熾)はすでに、漢に投降した。晋の天命は、人が支えるものではない。傅祗が晋の残党として、漢の南方を荒らしたのは、罪である。だが、漢にとっての害悪となった一族に、漢の官位を与えてやった。漢の寛大さを示したから、漢の徳は広まるかな」

「西晋の残党である漢族たちは、私の度量を尊敬して、漢に帰順するかな?」と、劉聡は降伏者に聞いてる。フェアではない(笑)

傅暢は言った。
「劉聡さまは、晋に仕えたまま死んだ先臣(父の傅祗)を嘉しました。反対に、晋から漢に降伏し、あなたに従った小臣(傅暢=私)を、嘉しませんでした。劉聡さまの恩が及ぶさまは、名君が敵国を滅ぼしたときのセオリーに合っています。ただし私は万物と同じで、生きていることに、わざわざ感謝の気持ちを持ったりしません」

傅暢の言ってることは、難しい。
「劉聡さまが、晋臣を貫いた人を褒めたのは、寛大で素晴らしい。しかし、降伏者として冷遇される私は、私自身に関して言えば、劉聡さまの処置は面白くない。劉聡さまに感謝はしない。むしろ晋を見限り、漢に従ったことを、単純にプラスで評価してほしいんだけど」
ということか。傅暢その人は、官位をもらえてない。
これから劉聡の漢が吸収するのは、晋を裏切って、漢に従ってくる人です。つまり劉聡が顕彰したことと、反対の行動を、人々に期待しているわけです。
アクセルとブレーキを、同時に踏んでいる。
劉聡は、晋臣を咎めてもダメ、晋臣を褒めてもダメ。劉聡が漢族を従わせるのは、大変だなあ。矛盾したら、前にも後ろにも進めん。まあ、禅譲のときも、「前王朝を尊重しつつ、裏切りなさい」という、複雑な態度を臣下に求めるから、苦労は同じだが。
傅暢は、劉聡に感謝したのか?批判したのか?
ぼくだけではなく、劉聡も煙に撒かれたようだ。お得意の「大怒」は発動せず、劉聡側のレスポンスが書かれていない。