表紙 > 漢文和訳 > 『晋書』載記の劉聡伝を訳し、胡漢融合の可能性を探る

11)前漢の成帝で、劉粲をだます

劉聡が後宮で遊んでいるうちに、郭猗が劉粲をそそのかした。
「皇太弟の劉乂が、劉聡を譲位させる」
と。そんなわけないのに、劉粲は信じそうだ。いちおう裏を取り、むやみに叔父を殺さないように、劉粲は慎重を期します。しかし、郭猗は陰湿でドス黒く、はるかに上手だったりする。。

まんまとミスリードされた劉粲

猗密謂皮、惇曰:「二王逆狀,主、相已具知之矣,卿同之乎?」二人驚曰?:「無之。」猗曰:「此事必無疑,吾憐卿親舊並見族耳。」於是歔欷流涕。皮、惇大懼,叩頭求哀。猗曰:「吾為卿作計,卿能用不?」二人皆曰:「謹奉大人之教。」

郭猗は、密かに王皮と劉惇に言った。
「二王がクーデターを考えている。皇帝も大臣も、みな知っている。お前たちも同じく、知っているだろうな」
王皮と劉惇は、2人とも驚いて、
「いいや、知らん」
と答えた。郭猗は、
「クーデターは疑いないことだ。私は、お前たちの親類や旧縁が、族殺されることを憐れむのだ」
郭猗は、歔欷流涕して見せた。王皮と劉惇は、大いに懼れて、叩頭して哀れみを求めた。

王皮と劉惇は、なぜ叩頭を始めたか。
二王の作戦は真実で、自分たちが知らなかったと思ったか。もしくは、二王の作戦はウソにせよ、郭猗の悪巧みは現実であり、もし協力しなければ、適当な理由を付けて殺されることを悟ったか。

郭猗は言った。
「私は、お前らのために計を立てたのだ。どうして協力しないか」
王皮と劉惇は、どちらも言った。
「大いなる人の教えに従います」

猗曰:「相國必問卿,卿但雲有之。若責卿何不先啟,卿即答雲:'臣誠負死罪,然仰惟主上聖性寬慈,殿下篤于骨肉,恐言成詿偽故也。'」皮、惇許諾。

郭猗は言った。
「相國の劉粲さまは、必ずお前たちに、二王のクーデターについて質問するだろう。お前らは、ただイエスと答えるのだ。もし劉粲さまから、
『クーデターに気づいていながら、なぜ王皮と劉惇からの報告がなかったか。郭猗から聞いて、初めて知ったんだ』
と責められたら、こう言い返せ。
『死罪に相当するミスです。ごめんなさい。しかし、劉聡さまも劉粲さまも、肉親を大切になさるから、口に出せなかったのです。私たちがクーデターを告発すれば、劉乂さまが咎められてしまう』と」

郭猗の胸中から出た話だから、王皮と劉惇が先に知るわけがない。これは、王皮と劉惇を救うよりは、郭猗を救うための口裏あわせです。

王皮と劉惇は、承知した。

粲俄而召問二人,至不同時,而辭若畫一,粲以為信然。

にわかに劉粲が、王皮と劉惇を召し出して、クーデターについて聞いた。
王皮と劉惇は、劉粲の前に時間をズラして到着した。だが、王皮と劉惇の言い分は、まったく同じだった。劉粲は、郭猗が作った劉乂の架空のクーデターを信じた。

劉氏は、やらなくてもいい骨肉の争いを、させられることになった。
郭猗にすれば、皇族が潰しあえば、王沈を代表する「代理政権」が安定する。保身のために、国家を誤らせる。劉聡が、朝廷に隙を作るから悪いのだが。
三段論法を許すなら、郭猗を跋扈させて、漢を弱らせたのは西晋である。すなわち、西晋が強いから、劉聡が現実逃避した。劉聡が現実逃避したから、郭猗が暴れた、と。西晋は、意外に頑張っている。

靳准の論理マジック

初,靳准從妹為乂孺子,淫于侍人,乂怒殺之,而屢以嘲准。准深慚恚,說粲曰:「東宮萬機之副,殿下宜自居之,以領相國,使天下知早有所系望也。」

はじめ靳准の従妹は、劉乂の侍女になった。だが靳准の従妹は、侍人と淫らなことをしたので、劉乂が怒って、靳准の従妹を殺した。劉乂はしばしば、靳准をあざけった。

「やーい!淫らな従妹を持ちやがってー!」ってからかうの?

靳准は、劉乂にあざけられて、深く慚恚した。
靳准は、劉粲に言った。
「東宮(次の皇帝)は、萬機を輔佐する役割です。劉乂ではなく、劉粲さまが東宮であるべきです。劉粲さま相国と皇太子を兼任して、政治の力量を発揮され、次の皇帝には誰がベストか、天下に知らしめるべきです」

郭猗のほかに、靳准もまた独立に、劉乂がキライである。郭猗とは別ルートで、劉乂を殺すために、劉粲をミスリードする。


至是,准又說粲曰:「昔孝成距子政之言,使王氏卒成篡逆,可乎?」粲曰:「何可之有!」准曰:「然,誠如聖旨。下官亟欲有所言矣,但以德非更生,親非皇宗,恐忠言暫出,霜威已及,故不敢耳。」粲曰:「君但言之。」

郭猗が劉粲をそそのかした頃、靳准はふたたび劉粲に言った。
「むかし前漢の成帝は、子政(劉向)の発言を却下したために、王莽に簒奪されました。同じことを許していいのですか」

前漢の成帝は、後宮に意欲と資金を突っ込みすぎた。劉向が諌めたが、成帝は懲りなかった。後宮では、子のいない皇后が、他の子を呪詛した。成帝の皇子が残らなかった。前漢の皇子が減り、王莽が簒奪できた。 靳准が劉粲に悟らせたのは、
「父・劉聡は、後宮に閉じこもっているが、止めるべきだ
ですね。
靳准は外戚のくせに、自分を不利にする発言を、なぜやったのか? この疑問は、すぐに解決するので、お待ち下さい。

劉粲は、
「前漢の成帝と同じ失敗をくり返し、簒奪を許して良いわけがない」
と言った。靳准は言った。
「そのとおり。まことに、おっしゃるとおり。私は、劉粲さまから、その言葉が聞きたかったのです。私は遠慮して、直接に申し上げずにいたのです」

靳准が伝えたかったのは、皇帝である劉聡の批判だ。臣下が言えば大逆だ。皇帝の子に、自分で気づいてもらうしかない。
これが、靳准が表明したオフィシャルな言い訳だ。だが、それだけじゃない。
プライドの乗り物としてのヒトは、丸々と教えられるより、自発的に発見した方が、学習効率が良い。人は、他人の命令には従わない。だが、自分の気づきには従う。たとえ誘引されたのでも、自力で辿りついたと思い込んでいれば、効果は同じである。
靳准は、教育効果を狙ったんじゃないかなあ。勘ぐりすぎ?

劉粲は言った。
「靳准が言いたかったのは、このことだったのか」

前漢の成帝が、後宮に入れ込んだことを、反面教師にしましょうという話です。
しかし、ここから話がねじれる。
劉粲の納得(分かったふり)を逆手に取り、靳准は「劉乂を倒す」という方向に、劉粲をリードしていく。なぜ成帝の教訓が、劉乂を除くことに繋がるのか、土曜日の気持ちいいお昼を使って考えたが、ぼくには分からなかった。
論理に飛躍がある。っていうか、論理が繋がっていない。
もし前漢の成帝に「子ではなく、弟に皇位を譲ったせいで、王朝を衰微させた」という罪があるならさ、筋は通るのです。だが、それはない。
ムリに理解するとしても、、、
「劉聡は後宮に籠もりきりで、政治がなおざり。劉聡が不在のせいで、子の劉粲を押しのけて、弟の劉乂が威張っている。国政が歪んだ」
もしくは、
「劉聡が後宮でそそのかされて、劉乂を皇太弟から降ろす決心が鈍った」
という現実がないと、靳准の話は筋が通らないよな。そんな現実、1ミリもありません。
けっきょく靳准は、賢そうな故事で、劉粲を煙に巻き、私怨のある劉乂を排除しようとしているだけか。つまり、後宮批判をしても、後宮に手を突っ込むわけじゃない。外戚の靳准にデメリットはない。攻撃対象は劉乂である。


准曰:「聞風塵之言,謂大將軍、衛將軍及左右輔皆謀奉太弟,克季春構變,殿下宜為之備。不然,恐有商臣之禍。」粲曰:「為之奈何?」准曰:「主上愛信于太弟,恐卒聞未必信也。如下官愚意,宜緩東宮之禁固,勿絕太弟賓客,使輕薄之徒得與交遊。太弟既素好待士,必不思防此嫌,輕薄小人不能無逆意以勸太弟之心。小人有始無終,不能如貫高之流也。然後下官為殿下露表其罪,殿下與太宰拘太弟所與交通者考問之,窮其事原,主上必以無將之罪罪之。不然,今朝望多歸太弟,主上一旦晏駕,恐殿下不得立矣。」於是粲命蔔抽引兵去東宮。

靳准は言った。
「ウワサによれば、大將軍と衛将軍(二王)とその取り巻きは、みな皇太弟・劉乂を奉り、季春(3月)にクーデターを起こすそうです。劉粲さまは、クーデターに備えて下さい。さもなくば、商臣之禍を被るでしょう」

商臣とは、楚の成王の皇太子候補。後継者争いをやって、周囲にろくな影響を与えないことの故事かな。
郭猗がでっち上げた架空のクーデターは、「風塵之言」だって(笑)

劉粲は
「備えるとは、具体的にはどうしたら良いのか」と聞いた。
靳准は答えた。
「劉聡さまは、劉乂を愛信しておられる。恐らく、クーデターを聞いても信じないでしょう。
そこで、私のアイディアを話します。まず劉乂の禁固を緩めます。 劉乂に賓客が訪れるのを妨げず、輕薄な連中と交遊させるのです。劉乂は、根っから士人をもてなすのが好きです。軽薄な連中が来ても、嫌がらない。 軽薄な連中は、できの悪い頭で劉乂の心を推測し、クーデターを劉乂に勧めるでしょう。劉乂は自制しているが、小人には抑えが利かない。

劉聡は、弟を寛大に認めている。劉乂は、言いがかり的な仕打ちに耐えながら、じっと堪えている。劉乂は、賓客をもてなすのが好きである。
・・・どれも得がたい美徳なのに、靳准はそれを悪用ようとしている。この靳准が、やがて漢を滅ぼすのだが。邪悪なタイプの人間なのかも?

その後で私が、劉粲さまのところに、劉乂の罪を告発します。劉粲さまは、太宰ともに、劉乂に交際した人を問い詰めるのです。拷問すれば、たとえ劉乂が無実だったとしても、劉聡さまは劉乂を有罪だと判断するでしょう。
私・靳准のアイディアを採用しなければ、朝廷の人々の期待は劉乂に集まります。劉聡さまがいちど車駕のスピードを落とせば、劉乂に追い抜かれ、劉粲さまが活躍するチャンスもなくなるでしょう」
ここにおいて劉粲は、蔔抽に命じて、東宮を監視する兵を引かせた。