表紙 > 漢文和訳 > 『晋書』載記の劉聡伝を訳し、胡漢融合の可能性を探る

14)弟・劉乂を、子・劉粲が殺す

長安を落として、西晋を滅ぼした。だが併呑したのは、統一王朝の西晋ではなくて、関中の割拠政権の西晋です。
西晋ファンは、威令が関中にしか及ばず、とても無念だった。だが、劉聡ファンも無念なのです。すなわち、あたかも統一王朝を倒すかのように、軍事的&精神的代償を払った。それだけの期待もあった。だが愍帝を捕えて得られたのは、関中の土地だけ。ぜんぜん天命が流れ込んでこない。
むしろ西晋を滅ぼしたことで、割拠が進んでしまった。。

呉蜀を諦めろという天文

時東宮鬼哭;赤虹經天,南有一歧;三日並照,各有兩珥,五色甚鮮;客星曆紫宮入於天獄而滅。 太史令康相言於聰曰:

ときに東宮で鬼が哭いた。赤虹が經天し、南に一歧があった。三日はどちらも照り、それぞれ兩珥で、五色はとても鮮明だった。客星は紫宮に歴し、天獄に入って滅した。

むりに日本語にしても、どうせ意味が分からんので、天文の怪異は放置。

太史令の康相言が、劉聡に言った。

「蛇虹見彌天,一歧南徹;三日並照;客星入紫宮。此皆大異,其征不遠也。今虹達東西者,許洛以南不可圖也。一歧南徹者,李氏當仍跨巴蜀,司馬睿終據全吳之象,天下其三分乎!月為胡王,皇漢雖苞括二京,龍騰九五,然世雄燕代,肇基北朔,太陰之變其在漢域乎!漢既據中原,曆命所屬,紫宮之異,亦不在他,此之深重,胡可盡言。石勒鴟視趙魏,曹嶷狼顧東齊,鮮卑之眾星布燕代,齊、代、燕、趙皆有將大之氣。

「(抄訳)虹は東西に達したが、許水と洛水の南を象徴した分野には伸びなかった。李氏が巴蜀にいて、司馬睿が揚州にいて、天下を三分する暗示です。月は胡王を暗示します。皇漢は、二京(洛陽と長安)を苞括しました。漢の次は、北朔で基礎を固めた燕が、漢の領域を支配します。

前燕である。思いっきり当たっている。五胡十六国の年表でも見たのか(笑)

漢は中原を支配していますが、天命は漢にありません。石勒は趙魏にいて、曹嶷は東齊を狙っています。やがて鮮卑の星が、燕に代わるでしょう。

北魏である。完全にカンニングをしている!唐代の『晋書』編者のジョークか。

代、齊、代、燕、趙には、どれも將大之氣があります。

願陛下以東夏為慮,勿顧西南。吳蜀之不能北侵,猶大漢之不能南向也。今京師寡弱,勒眾精盛,若盡趙魏之銳,燕之突騎自上黨而來,曹嶷率三齊之眾以繼之,陛下將何以抗之?紫宮之變何必不在此乎!願陛下早為之所,無使兆人生心。陛下誠能發詔,外以遠追秦皇、漢武循海之事,內為高帝圖楚之計,無不克矣。」

劉聡さまは、中原の東に配慮して、西南はすっぱり諦めて下さい。呉蜀(司馬睿と李氏)は北進してくることが出来ません。それは、大漢が南に向えないのと同じです。

呉蜀は、分かれ癖が残っている。対して、旧曹魏領は、くっつき癖が残っている。劉聡の敵は、呉蜀ではなく同じ中原内の国ということだ。

いま、漢の都は守兵が少なくて弱い。石勒は兵が多くて精強です。もし石勒が趙魏の精鋭を勢ぞろいさせ、燕の突騎を使って上党から攻め込み、曹嶷が三齊の軍を率いてこれに続いたら、劉聡さまはどうやって防ぐのですか。

西晋をやっと滅ぼした劉聡だが、領土は洛陽・長安から平陽まで。
平時と戦時の戦いかたは違う。平時なら、中央を抑えたら勝ち。戦時は、中央だけでなく、全てを順に平定する必要がある。
例えば後漢の宮廷では、印綬の奪い合いで決着がついた。命令権を握ってしまえば、もう勝ちだ。
しかし董卓の乱の後は、印綬では人が動かなくなった。袁術は間違えた(笑)
西晋に劉聡が代わるなら、洛陽と長安を抑えたら、さながら印綬を手にしたように、天下統一は終わるはずだった。だが陳元達が死に、石勒が割拠を宣言したから、争い方が戦時に切り替わった。

紫宮之變は、石勒と曹嶷に攻め込まれることを、表しています。どうか劉聡さまは、早めに手を打って、民たちが漢への謀反心を抱かないようにして下さい。国外には詔を発し、秦の始皇帝や前漢の武帝のように、遠方を従えて下さい。国内は、前漢の高帝(劉邦)が楚の項羽をハメたように、鎮めて下さい。劉聡さまは、必ず勝てるでしょう」
劉聡は、太史令の康相言の意見に、悦ばなかった。

「呉蜀を諦めろ、石勒と曹嶷に本気で備えろ」は、劉聡の志と一致しない。呉蜀を治めて、石勒や曹嶷を再び従え、大統一をしたいのだ。

ついに、皇太弟・劉乂の追放

劉粲使王平謂劉乂曰:「適奉中詔,雲京師將有變,敕裹甲以備之。」乂以為信然,令命宮臣裹甲以居。粲馳遣告靳准、王沈等曰:「向也王平告雲東宮陰備非常,將若之何?」准白之,聰大驚曰:「豈有此乎!」王沈等同聲曰:「臣等久聞,但恐言之陛下弗信。」於是使粲圍東宮。粲遣沈、准收氐羌酋長十余人,窮問之,皆懸首高格,燒鐵灼目,乃自誣與乂同造逆謀。聰謂沈等言曰:「而今而後,吾知卿等忠於朕也。當念為知無不言,勿恨往日言不用也。」

劉粲は王平に命じて、劉乂に伝言させた。
「劉乂に連絡する。詔によると、京師に変事があったときのため、都城の周りで軍備を強化せよとのことだ」
劉乂はこれを信じた。劉乂は、宮臣に命じて、都城の周りに待機させた。

ネタバレすると、これはウソ。ワナである。
劉乂がなぜ信じたかと言えば、石勒や曹嶷に、都の平陽を攻められることが、現実的な脅威だからだ。本当の漢の弱みをワナに利用すると、もっともっと漢が本当に弱くなるんだけどなあ。狼少年が致命傷だ。・・・そうじゃなくて「周の幽王の故事を見よ」と言った方が、中国史サイトらしくて格好がつく(笑)

劉粲は、馬を飛ばして靳准と王沈らに伝えた。
「王平が劉乂に、ひそかに軍備せよと伝えた。次はどうしたらいいかな

劉粲は、つくづく指示待ち人間である。うんざり、、
どうでもいいが、「3月の宴で、劉乂が劉聡を廃すぞ。二王を高位に就けるぞ」というデマを流した郭猗は、名前が出てきません。なぜか。
もし劉粲が自分の頭で考える人間なら、有益な情報をリークした郭猗を、評価しただろう。だが劉粲が欲しいのは、情報に加えて、1から10まで相談に乗ってくれる人だ。郭猗はサービス不足だから、取り入り損ねた。推測ですが。

靳准は、劉乂の動きを、劉聡に報告した。劉聡は、大いに驚いた。
「そんなことが、あるはずがない」
王沈らは、声を揃えて言った。
「私たちも同じく、劉乂がクーデターの準備をしていると聞いています。しかし、劉聡さまが信じないと思ったので、黙っていました」
ここにおいて劉聡は劉粲に、東宮にいる劉乂を包囲させた。劉粲は、王沈と靳准に、氐羌の酋長10余人を捕えさせた。酋長に拷問した。酋長たちは、首を高格にかけられ、焼いた鉄で目を灼かれた。酋長たちは、
「劉乂と共謀して、クーデターを企んだ」
と自白した。劉聡は、王沈らに言った。
「これ以後、私は王沈たちの忠心を信じる。心配せずに、何でも言ってくれ。でも発言を採用しなくても、恨みに思わないでくれ」

もし本物の忠臣なら、こんな言葉を皇帝に言われたら、泣くなあ。しかし劉聡は、冤罪に目をごまかされている。
複数の人に確認して、みなが同じことを言えば、そりゃ信じるよな。もう論理を越えた感性でしか、正邪を見分けられない世界だ。


於是誅乂素所親厚大臣及東宮官屬數十人,皆靳准及閹豎所怨也。廢乂為北部王,粲使准賊殺之。坑士眾萬五千餘人,平陽街巷為之空。氏羌叛者十余萬落,以靳准行車騎大將軍以討之。時聰境內大蝗,平陽、冀、雍尤甚。靳准討之,震其二子而死。河汾大溢,漂沒千餘家。東宮災異,門閣宮殿蕩然。立粲為皇太子,大赦殊死已下。以粲領相國、大單于,總攝朝政如前。

ここにおいて、劉乂が普段から親交を結んでいる大臣が殺された。東宮に所属する役人の数十人も殺された。殺されたのは、みな靳准や宦官に、怨まれている人たちだった。
劉乂を皇太弟から廃して、北部王に封じた。劉粲は、靳准に命じて、賊に劉乂を殺させた。士人と庶民を、15000人余も穴埋めにした。平陽の街巷は、カラになった。

誇張もあるだろうが、首都の住人が、みな劉乂に結びついた人だったと分かる。

氏羌で、劉乂に従って謀反したのは、10余万落だった。

劉淵が思い描き、劉聡が練った、胡漢を越えた大帝国のプラン。匈奴だけじゃなく、北方のいろんな民族が、劉乂に親和していた。もし劉聡と劉乂の理想が実現していたら、「五胡」が入れ替わり立ち代りに荒廃する歴史はなかった。少なくとも華北は、匈奴の王朝が続いていただろうなあ。

靳准は、車騎大將軍を行ねて、氐羌を討った。
ときに漢の国内で、イナゴが発生した。平陽郡、冀州、雍州でもっとも甚だしかった。靳准はイナゴを退治した。その2子を震わし、2子は死んだ。

誰の2子?靳准の子が、イナゴにびびって死んだ?

黄河と汾水が、大いに溢れた。千余家が水没した。東宮が火災し、門閣や宮殿は蕩然として、燃え尽きた。
劉粲を皇太子に立てた。死刑以下を、大赦した。劉粲は、相國と大單于を領ねた。劉粲は、これまでと同じように、朝政を担当した。